書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

書評

『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』シーグリッド・ヌーネス著/桑原洋子訳

“スペイン映画界の巨匠”と賞されるペドロ・アルモドバル監督最新作『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』が日本でも公開された。不治の病に冒されたマーサが旧友イングリッドと再会し、ある頼み事をするところから物語は動き出す。マーサは「安楽死のための薬を手…

『ゲーテはすべてを言った』鈴木結生著

座談会とか、イベントとかで、頭のいい人どうしの会話を聞いていると、なんだかすごく楽しいんですけど!と思うことがないだろうか。自分には理解が及ばないことが世の中にはたくさんあって、でもそれを息をするように自然に使いこなしている人がいるのだと…

『国宝』上下巻 吉田修一著

6月6日に公開された映画『国宝』の勢いが止まらない。3時間の長尺上映にも関わらず、7月6日時点の映画ランキング(興行通信社提供)でも首位を走り、SNSでは大絶賛の嵐。特に、主人公・喜久雄を演じる吉沢亮や、ライバル・俊介役の横浜流星を筆頭に、渡辺謙…

『ミスター・チームリーダー』石田夏穂著

第169回芥川賞候補作を収録した『我が手の太陽』(講談社)以来、1年少々ぶりの単行本。石田夏穂の『ミスター・チームリーダー』は、減量に苦しむ社会人ボディビルダーが主人公だ。 31歳の後藤は4人の部下を持つ新米係長。大手のリース屋で、各地の建設現場…

『無形』井戸川射子著

『無形』は月刊誌「群像」で十三回にわたって連載された長編で、作中の季節も春に始まり翌年の春まで約一年、少しずつ移り変わっていく。舞台となるのは、海辺に立つ老朽化した団地。取り壊しがほぼ決定していて、最初は盛り上がった住人たちの反対運動もす…

『関心領域』マーティン・エイミス著/北田絵理子訳

マーティン・エイミス作品では最後に邦訳された『関心領域』は、原題では〈The Zone of Interest〉。第二次世界大戦中にナチス・ドイツが使用した、ポーランド南部オシフィエンチム市の一部とその周辺計40平方キロメートルを超える地域を指す呼称だ。ここに…

『よむよむかたる』朝倉かすみ著

直木賞候補作にも選出された朝倉かすみ『よむよむかたる』の書評。

『銭湯』福田節郎著

福田節郎のデビュー作『銭湯』には、文芸ムック「ことばと」の新人賞を獲得した「銭湯」と書き下ろしの「Maxとき」が収録されている。この中編二作はどちらも、三十代の男性主人公が主に酒場を飲み歩き、いろいろな人と言葉を交わす二日間を、回想や夢に見…

『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む 走れメロス・一房の葡萄・杜子春・本棚』かまど・みくのしん著

いまや悪意と中傷とデマとインプレゾンビが群がるツールになってしまったツイッター(現X)だが、ごくごく稀に綺羅星のような奇跡を見つけることがある。「ゆるく笑えるコンテンツ」に特化したWEBメディアサイト「オモコロ」で、2022年10月31日に公開された…

『神秘的じゃない女たち』イム・ソヨン著/オ・ヨンア訳

テレビをつければパリ五輪。戦争が続く中でのお祭り騒ぎに批判があるのは当然、だが結局スポーツというものの面白さに引き込まれてまんまと楽しんでしまっている。人間とは多くの矛盾を抱えた生き物だ。 さまざまな賛否が巻き起こるのも五輪の光景のひとつだ…

『みんなのお墓』吉村萬壱著

なんであんなことをしてしまったのか——やらかしてしまったとき、人はつい理由を探してしまう。だが、果たしてそれにどんな意味があるだろうか。人間の暗黒面を常に題材として選んできた吉村萬壱の新刊『みんなのお墓』は、多数の登場人物をゆるやかにつない…

『関心領域』マーティン・エイミス著/北田絵理子訳

アウシュヴィッツ強制収容所と壁一枚隔てた家に住む、収容所所長と家族の暮らしぶりを描く映画『関心領域』を見て、打ちのめされた。直接的な虐殺の描写はなく、表情のクローズアップもなく、時折ひびく不穏な音も説明されない。なのに、見る側がそこに「意…

『うらはぐさ風土記』中島京子著

新たな出会いや再出発というと、日本では春のイメージだが、『うらはぐさ風土記』の主人公、田ノ岡沙希52歳の新生活の幕開けは夏だ。 大学卒業と同時に渡米した沙希は、カリフォルニア州の大学で20年近く日本語を教えてきたが、全米的な人文系学科の危機のあ…

『恐るべき緑』ベンハミン・ラバトゥッツ著 松本健二訳

ノンフィクションを愛する読者にとっても見逃すことのできない小説だ。チリの作家ラバトゥッツが2021年に発表、このほど邦訳された『恐るべき緑』は、4つの独立した短中編とそれらを結ぶエピローグからなる。実在の科学者・数学者の人物伝という体なのに、作…

『八月の御所グラウンド』万城目学著

えへん。みなさま、こんにちは。いやぁ、ついに獲りましたね。万城目学さんの『八月の御所グラウンド』が!え?先に自己紹介を?ハイハイ、ちょっと興奮しちゃって。では、改めまして。 派手な柄シャツを着た太目のおじさんにしか見えないと思うけど、これで…

『続きと始まり』柴崎友香著

出来事がおこったときはよくわからず、振り返ってはじめて見えてくるものがある。それも、思ったよりたくさん。柴崎友香の新作長編『続きと始まり』は、そんなことに気づかせてくれる。 視点人物は三人。石原優子は三十代後半。夫の実家のある滋賀県で、雑貨…

他人の読書が気になる人にお薦めしたい3冊の「本の本」

自分以外の人がどのように本を読んでいるかというのは、基本的に分からない。A「あの本読んだ?」B「読んだ!面白かった!」A「面白かったよねー」といった会話が交わされたとしても、AとBが感じた面白さは全然違うかもしれない。私が書評や評論を好んで読む…

『ふぞろいの林檎たちⅤ 男たちの旅路〈オートバイ〉 山田太一未発表シナリオ集』 山田太一著

名シナリオとよい料理レシピには共通点がある。どちらも文字を追いながら作品を脳内で創り上げることができるところだ。レシピを読めば味や見た目、食感、匂い、温度をイメージできるのと同じように、物語に引き込まれる時間の中で、目の奥にモニターが浮か…

『未来散歩練習』パク・ソルメ著 斎藤真理子訳

かかとを浮かせて、その分だけ少し詩に近づいたような軽やかな文体で、1990年頃と思われる時期の中学生スミと、現在の物書きの〈私〉、人生のいっときを釜山で暮らす二人の物語が交互に語られる。二人はそれぞれ日常のなかで、時空や虚実の境を越えて他者と…

『ラウリ・クースクを探して』宮内悠介著

優れた建築家が自然の地形を生かして美しい建物を建てるように、世界の歴史と現実を土台に見事な虚構を組み立てるのが宮内悠介という作家だ。『あとは野となれ大和撫子』(2017)では、環境破壊によって干上がった中央アジアの湖の上に架空の国を興し、少女…

【作家紹介シリーズ】石田夏穂

デビュー作『我が友、スミス』(2021年)で第166回、2023年『我が手の太陽』で第169回芥川賞候補となった石田夏穂。1991年埼玉県生まれ、東京工業大学工学部卒。プラント建設会社の社員としての顔もある。今回、惜しくも受賞はならなかったが、私はこの作家…

酷暑でエアコンが壊れた人にお薦めする3冊

え~、今年7月の平均気温が45年ぶりに記録を更新し、観測史上最高となったそうで。そんな最中に我が家のエアコンが壊れ、絶望している読楽亭評之輔でございます。 せめてもの涼を求めんと、怪談やホラー、ゴースト・ストーリー等々読み漁りまして。その中で…

『自称詞〈僕〉の歴史』友田健太郎著

〈俺〉〈私〉〈僕〉。英語ではすべて「I」なのに、日本語では役割が異なる。さらにこの3語について、とくに男性は使い分けを社会的に訓練される。〈俺〉は私的領域でしか使わない、公的な場では〈私〉を使うべきだと。しかし〈僕〉は? 公的ではないが、私…

乳がんになった人にもなっていない人にもお薦めしたい3冊

20年ほど前、38歳で乳がんを患った。右乳房の切除と同時再建、半年の抗がん剤治療後は再発、転移なく安泰に過ごしている。 乳がんは罹患者が多いが生存率も高い。ただし術後10年は転移の可能性があるし、遠隔転移が見つかると完治は難しい。総じて穏や…

『われら闇より天を見る』クリス・ウィタカ―著 鈴木恵訳

お馴染み、読楽亭評之輔でございます。 え~〈子は鎹(かすがい)〉なぞと申します。鎹ってのはDIYが趣味の方はご存じでしょうが、木材と木材を繋ぎとめるのに使う、コの字型の釘でございますな。 古典落語の演目「子は鎹」は、腕はいいが酒癖の悪い大工の熊…

『鉄道小説』乗代雄介/温又柔/澤村伊智/滝口悠生/能町みね子

短編小説に与えられる今年の川端康成賞が滝口悠生の「反対方向行き」に決まった。今はもうこの世にはいない祖父・竹春の家がある宇都宮に向かうために、渋谷駅から湘南新宿ラインに乗り込んだ三〇代の女性・なつめ。しかしその電車の行き先は反対方向の小田…

【作家紹介シリーズ】赤染晶子

読書の醍醐味の一つに「この埋もれた名作をよくぞ刊行してくれた!」と出版社に拍手を送りたくなる作品との出会いがある。 palmbooksという小さな出版社が2022年12月、記念すべき第一号として刊行した赤染晶子のエッセイ集『じゃむパンの日』。刊行当初から…

『インヴェンション・オブ・サウンド』チャック・パラニューク著 池田真紀子訳

物語を支配しているのは静寂だ。だが、それは呻吟を歯を喰いしばって封じ、慟哭の涙さえ涸れた果てにもたらされている。 『インヴェンション・オブ・サウンド』は、今やカルト的人気を誇る、ブラッド・ピット主演、デヴィッド・フィンチャー監督の映画『ファ…

『破果』ク・ビョンモ著 小山内園子訳

どんな職業に就いていても、だれもがいつかは老いと向き合わなければならない。ク・ビョンモによる長編小説『破果』は65歳の女性殺し屋を主人公とする異色のノワールだ。 爪角(チョガク)は「防疫業」に携わって45年になる。彼女が駆除しているのは、ネズミ…

『ビューティフルからビューティフルへ』日比野コレコ著

ワールドカップ、日本代表初のベスト8なるかと盛り上がった本大会、ルールもわからず観戦していたが、すぐに夢中になった。選手の体の動きがすごい。まさにバネのごとく筋肉を収縮させて走る、倒れそうな角度に傾いてシュートを打つ、空中で仲間同士ぶつか…