書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

書評

『蜂の物語』ラリーン・ポール箸 川野靖子 訳

一九七〇年代前半に日本で放映されたテレビアニメを振り返ると、なぜか動物擬人化ものが目立つ。ネズミたちの船旅を描く「ガンバの冒険」や、アマガエルとトノサマガエルが恋に落ちる「けろっこデメタン」、ハゼの男子が主人公の「ハゼドン」、黒いヒヨコの…

ユーディット・シャランスキー『奇妙な孤島の物語――私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう55の島(増補改訂版)』

〈文学の棚なのか、紀行エッセイの棚なのか、地図の棚なのか、書店が置き場に悩むような本である〉――訳者あとがきの冒頭にある一文は、本書を手に取った読者の戸惑いを見事に言語化している。視界に飛び込む鮮やかなライトブルーの表紙に惹かれて手に取れば…

『ゾリー』レアード・ハント著

静かな声で雄弁に語るレアード・ハントの到達点 『ゾリー』“Zorrie”Laird Hunt Bloomsbury Publishing 柴田元幸は多くの現代アメリカ文学を翻訳、紹介してきた。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、スティーヴ・エリクソンなど、大作家から「…

『やさしい猫』中島京子著

「きみに、話してあげたいことがある」と始まる物語だ。語り手のマヤは女子高校生。「ちゃんと順を追っていかないと、きみの頭がこんがらがってしまう」から、「クマさんとミユキさんが出会うところから」話を始めてくれるという。 マヤの母・ミユキさんは夫…

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直著

「日本企業はイノベーション創出力が弱い」とよく言われるが、その一因として担い手の不足が挙げられる。イノベーション人材というと、ゼロから新しいアイデアを発想する「0→1人材」に注目が集まりやすいが、それだけでは、新しいものを生み出し、変革を起…

『象の旅』ジョゼ・サラマーゴ著

「私の作品に幸せな結末はない。旅の終わりは静かなものだ」 これは本作『象の旅』を執筆中だった著者ジョゼ・サラマーゴと、その妻で有能なマネージャーでもあるピラールに密着取材したドキュメンタリー映画『ジョゼとピラール』(*1)の中で、著者自身が語っ…

ショパン・コンクールをもっと楽しみたい人におすすめする3冊

ワルシャワで行われる5年に1度のピアノの祭典、ショパン・コンクールがクライマックスを迎えている。何やら遠い世界のことのようであるが、ネットのおかげで今やYouTubeで気軽に視聴できる時代になった。何かの間違いで偶然目に触れ、ちょっと興味が湧いてき…

『アンソーシャル ディスタンス』金原ひとみ著

コロナ禍でアルコール依存症が増えているという。ストレスの増加に加え、在宅勤務でより長くより多く飲める環境ができたことが背景にある。嗜癖は「ある習慣への耽溺」を意味する言葉で、より重症な例が依存症と呼ばれる。金原ひとみの短編集『アンソーシャ…

『長い一日』滝口悠生著

序盤のいくつかのエピソードを読んで、夫婦が仲良く「私」という一人称を共有しているのか、と思った。夫婦というのは、小説家の滝口氏とその妻のこと。本作『長い一日』はエッセイのようにして始まり、やがて小説としか捉えられない形になっていく、そうい…

【作家紹介シリーズ】高瀬隼子

隊長:それでは順に、捜索結果の報告をお願いします。今回の捜索対象は高瀬隼子作品ということで、第43回すばる文学賞受賞作の『犬のかたちをしているもの』(*1)や、第165回芥川賞候補作「水たまりで息をする」(*2)など、数こそまだ少ないものの、興味深いフ…

『星の時』クラリッセ・リスペクトル 著 福嶋仲洋 訳

漫画版が実現するなら、作画はぜひ漫☆画太郎にやってもらいたい。そう思ったのが、クラリッセ・リスペクトル『星の時』(福嶋仲洋訳・河出書房新社)。「ブラジルのヴァージニア・ウルフ」の異名を取り、世界的にも再評価が進んでいる女性作家の遺作だ。 南…

『断絶』リン・マー 著 藤井光 訳

2011年5月に中国・深圳で最初の症例が発見されたシェン熱は、瞬く間に世界中に広がった。初期症状は風邪と紛らわしく、感染者には熱病感染の自覚が生じない。傍目からも日常生活を普通に送っているように見える。しかし症状は徐々に深刻化し、思考力と運動能…

『クララとお日さま』カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳

カズオ・イシグロのノーベル賞受賞後初の、6年ぶりの新作。『クララとお日さま』の語り手クララは、太陽光を栄養源とするB2型第四世代の女子AF(人工親友)。子供の最良のパートナーとなるために開発された高価なロボットだ。クララは「推定十四歳半」…

『ペインティッド・バード』イェジー・コジンスキ 著 西成彦 訳

1936年、ナチスドイツの侵攻がせまる東欧で、6歳の「ぼく」は「せめて子どもは無事に」と願った親によって、遠い田舎村へと疎開させられる。仲介者を経て魔女じみた老婆のもとへ預けられた「ぼく」だったが、わずか数ヶ月後、彼女は死んでしまう。オリ…

『さようならアルルカン/白い少女たち 氷室冴子初期作品集』

1976年創刊の集英社コバルト文庫は、少女向けエンターテインメント小説の老舗レーベルとして、これまで多くの作家やヒット作を世に送り出してきた。看板作家のひとりである氷室冴子は、1980年刊行の『クララ白書』で少女の口語一人称によるコメディ路線を開…

2020年に読んだ私的ベスト3

新型コロナウイルス感染症の流行に翻弄された、2020年のプロレス界と私。生観戦のできない緊急事態宣言期間中に、プロレスへの関心を保つ助けとなったのが、『玉袋筋太郎のプロレスラーと飲ろうぜ』(白夜書房)だった。 玉袋筋太郎のプロレスラーと飲ろうぜ…

『言語の七番目の機能』ローラン・ビネ著 高橋啓訳

てえへんだ、てえへんだご隠居さん。 まあ落ち着きなさいよ、八っつぁん。いったい何がそんなに大変なんだい。 この前ご隠居さんに教えてもらった面白れぇ本があったじゃないですか。え―っと「斬新な手法の歴史小説として驚愕と熱狂を巻き起こした-」。 お…

『白い病』カレル・チャペック著 阿部賢一 訳

世界で四千万人の命を奪ったスペイン風邪は、第一次世界大戦の終息に影響したとも、また第二次世界大戦の火種にもなったともされている。いま猛威を振るっている新型コロナウイルスは、世界を、社会を、どのように変えるのだろうか。 パンデミックが及ぼす影…

『突囲表演』残雪 著 近藤直子 訳

聞き手(以下「聞」):こんにちは。書評人生相談です。まずご年齢をお聞かせ下さい。相談者(以下「相」):私の年齢より、われらが五香街によそからやってきたX女史のそれについてお話しましょう。聞:X女史?相:全長5キロそこそこの街に、X女史は夫…

『忖度しません』斎藤美奈子著

「忖度しません」とあらためて言われるまでもなく、そりゃしないでしょ、してこなかったでしょ、と思ってしまうのが斎藤美奈子という書き手なのだ。森鴎外から辻仁成までを「望まない妊娠」というキーワードで斬ってみせた『妊娠小説』(筑摩書房)で単行本…

『アムラス』トーマス・ベルンハルト著 初見基・飯島雄太郎 訳

(嵐か鳥の羽ばたく音か重い扉の音。灯りに男1が浮かび上がる。同じ背格好の男2を背負っている) ヴァルター、聞こえるか?ヴァルター。〈わたしたち〉は幽閉された。この塔の闇の中に。さあ、此処に座って。(男2を座らせる)鎧戸を開けて見るがいい。どう…

『十二月の十日』ジョージ・ソーンダーズ著 岸本佐知子訳

司会:本日のディベートの論題は「人間の本性は善か悪か」。世の東西を問わず、誰も明確な答えが出せずにいる永遠のテーマですね。今回のルールとして議論を展開する際には、ソーンダーズの10篇の短編を収めた『十二月の十日』をテキストとして根拠を示す…

『息吹』テッド・チャン著/大森 望 訳

わたくし読楽亭評之輔(どくらくていひょうのすけ)と申します。どうぞお見知りおきを願います。 え~、ありがたいことにわたくしもお客様から「待ってました」なんてお声をいただくことがあるんですが、いやいや「待ってました」たぁ、こういうことだ!って…

『黄金列車』佐藤亜紀著

巷で〝公務員″といえば、官僚主義・縦割り・非効率等々のネガティブワードとがっちりスクラムを組んでいるのが常である。いや、待たれよ!肩を落とすのはまだ早い。緻密なプロットと圧倒的な筆力で知られる佐藤亜紀が、史実を基にして戦時下の官僚たちの奮闘…

【作家紹介シリーズ】山口晃

「天は二物を与えず」なんぞといいますが、いえいえ、二物を与えられた人というのはやっぱりいるもので、画家の山口晃氏もそのひとりと言えましょう。 大和絵を思わせる伝統的な手法で人や建築物を緻密に描き、同じカンヴァスにお侍とサラリーマンが縦横無尽…

『モンスーン』ピョン・ヘヨン著/姜 信子 訳

日本で言えば芥川賞に当たる、李箱(イサン)文学賞など数々の文学賞に輝き、韓国若手作家の旗手のひとりであるピョン・ヘヨンが、日常の中に秘かに仕掛けられた曖昧な分岐点を越えてしまった人々を描いた9篇。邦訳3作目となる短編集だ。 表題作の「モンス…

【作家紹介シリーズ】朝倉かすみ

それでは、乾杯の発声を仰せつかりましたので、ひと言ご挨拶申しあげます。 今を去ること12年前。エッセー集『ぜんぜんたいへんじゃないです。』で〈年女だ。次に干支がひと回りしたら、還暦というところまできた〉と書いておられた朝倉かすみさん。この度は…

『完訳 ロビンソン・クルーソー』ダニエル・デフォー著・増田義郎訳

子供の頃、わくわくして読んだ『ロビンソン漂流記』。今回、はじめて抄訳ではなく「完訳」を通読してみて、印象がだいぶ変わったので、意外だったところを中心に紹介したい。1.ロビンソン社長、カネと奴隷に執着 遭難するまでに70ページくらいかかる。その…

『小説伊勢物語 業平』高樹のぶ子著

初読のオレ:ようやく『伊勢物語』がどういう話なのかわかった。再読のオレ:これまで受験勉強的にというか、断片的にしか知らなかったもんな。初読:和歌に短い状況説明がついてる「歌物語」形式で、平安期の有名歌人・在原業平が出てきてってくらいしか。1…

『ピエタとトランジ 〈完全版〉』藤野可織著

〈私は小説家じゃない。これは小説じゃない。記録だ〉という語り手の独白から、この「小説」は始まる。なぜ、こうした枠組みが必要なのか? この小説世界が現実世界そのままを下敷きにした世界観のもとにはないということを、逆説的に宣言するためだ。 語り…