書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

※番外編※【作家紹介シリーズ】春日武彦

(以下の記事は、当ブログの1つ前の記事「『八月の御所グラウンド』万城目学著」執筆者である関根さんが、講師の豊崎由美さんのリクエストに応え、前月提出書評を3000字にブラッシュアップして再提出した書評です。なお、ここに登場する「捜索隊」が初登場する書評「【作家紹介シリーズ】高瀬隼子」もあわせてお楽しみ下さい。(編集))

 

隊長:作家の作品世界に分け入る、我ら捜索隊もこれで3回目の結成*1です。みなさん積極的なのは大いに結構なのですが、え~、ライバル心だとかはですね、ちょっと抑えてもらってですね、今回は仲良くやっていただきたいなと思います。


隊員1・2・4:(し~ん)


隊員3:はい、もちろんです。


隊員2:(むっ。小さい声で)また、ひとりだけいい子*2になっちゃって。


隊長:(諦めて)古くは森鴎外北杜夫、近年では帚木蓬生や夏川草介など、医師との二刀流を実践する作家は案外多いですが、今回はサイコドクターの呼び名も高い、春日武彦の作品が捜索対象ですね。それでは報告をお願いします。


隊員1:はい!モチーフ担当、隊員№1です。自分は〝猫″も大量採取したんすけど、最頻出モチーフは断トツで〝母″っすね。現代短歌の旗手、穂村弘とは〈ヘタレ系ひとりっ子同士〉で何度も対談していて、それをまとめた『人生問答集』*3や『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』*4でも、それから、幼い頃に母親がダイナマイトで若い男と心中したという強烈な記憶を持つエッセイスト、末井昭との往復書簡『猫コンプレックス母コンプレックス』*5等々、採取フィールドは多岐に亘りました。っつうか、むしろ〝母″が登場しない著作はないくらい。


隊長:え、著作数80超えてますよね。


隊員1:〈ルックスは魅力的で(中略)華があり、頭の回転が速〉いが、ときに驚くほどシニカルで子どもの想いなど簡単に蹴散らした〝母″が、カスガ先生にとってどれほど絶大な存在だったか、繰り返し繰り返し繰り返し語られて、そりゃもう、鬼気迫る感じっす。


隊員2:はい!はい!プロフィール担当№2です。これまでは出番が(№1と№3を睨みながら小声で)横取りとかされてぇ、少なかったけど、今回は採取してきたものが多いんで張り切ってま~す!


隊長:(頭を抱えて)それが余計なのよ。


隊員2:(聞いてない)1951年京都府に生まれたカスガ先生は、父も医者、親戚もほぼ医者って環境と、母に認めてもらいたい一心から同じ道に進むことを決意しま~す。産婦人科医として6年間、その後精神科医に転向。〈殺人犯ばかりを収めた超ヘヴィな病棟〉の担当等々を経て、今も臨床医師として勤務しながら、1993年に『ロマンティックな狂気は存在するか』*6を上梓して以来、30年超で著述業も継続中というわけ。初期には『はじめての精神科』*7とか、『ザ・ストーカー-愛が狂気に変わるとき』*8みたいな、テキストっぽい著作も多いんだけど~。


隊長:ああ、興味深い症例から専門分野の知見をレクチャーしてくれる〈精神科医枠〉ニーズに上手く嵌まった感じか。


隊員2:初期は、ね。精神医学史を辿りながら写真や漫画も例に引いて、狂気は顔に表出するかを検証した『顔面考』*9や、不穏な〈幻の同居人妄想〉から、住居と病理の関係性を考察する『屋根裏に誰かいるんですよ』*10あたりから、カスガ先生いよいよ本領発揮し始めま~す。


隊員3:(小さくて誰にも聞こえていないが)その語尾やめてください。伸ばさないでください。


隊員1:穂村弘は初対面で〈「あ、この人は変」と直感した〉って言うし、『「狂い」の調教』*11では、〈グロ系〉ホラー作家平山夢明と一括りで〈鬼畜コンビ〉扱いだものね(笑)。


隊員2:それまでも、しれっと毒吐いたりはしてるけど。でも、カスガ先生が本当に〝振り切った″のは、2015年刊の『鬱屈精神科医、占いにすがる』*12からじゃないかな~。


隊員4:カスガ先生の真骨頂とも言うべき〝鬱屈精神科医″シリーズの1作目ね。あ、プロット担当の隊員№4です。


隊員2:〈「いかがわしげ」な方法〉って冷笑しつつ各地の占い師を訪ねる中で、自己開示度がブワっと上がった感がすごいの。3年前に父が、半月前に母が亡くなったとあるから、その影響は相当あったんだろうと思うけど。美しく聡明な母親に認めてもらうには〈ルックスの良さが絶対条件〉で、〈「さらに誰もが感心するような業績を上げてみせなければならない」という絶望的なミッション〉に挑んだ日々の回顧がこれでもかと。

隊長:ルッキズムなんて、とか言ってあげたいけど相手は精神科医だもんなぁ。


隊員2:〈親が死んでも〉〈患者が死んでも〉30年以上涙を流したことのなかったカスガ先生が、胡散臭いと思ってる占い師の前で、中学生の頃は、母親が睡眠薬中毒でいつ死に取り込まれてもおかしくない、不安な日々だったことを告白して嗚咽しちゃうんだから。(低くボソッと)現役精神科医でさえ、親との関係性の拗れは断ち切れないのかと思うと、その根深さに絶望しましたよ。


隊長:〈ハヤカワ・ポケットミステリを全部揃えているような人だった〉という母が、なぜ子どものカスガ先生をそんなに不安にさせるほどの状態になってたんだろう?


隊員2:その驚愕の理由がシリーズ第2弾の『鬱屈精神科医、お祓いを試みる』*13や『猫コンプレックス母コンプレックス』(前出)でかなり詳しく明かされてて、これは辛い、無理もない、とも思うんだけどね~。


隊員4:タイトルの〈お祓い〉は、いわゆる神事のことではなく、〈エッフェル塔が嫌いなモーパッサンエッフェル塔を見ないですむように、あえて塔内のレストランで食事をしたというエピソードに因〉んで*14、かつて両親が暮らした三鷹のマンションの一室を、〈ブルックリンの廃工場〉にするというコンセプトのもと、完膚なきまでにリノベーションして住むことで〈母親の呪縛から逃れようという捨て身の作戦〉のことなんです。医者って理系のイメージあるけど、文学や映画にも造詣が深くて*15博覧強記のカスガ先生らしい〈お祓い〉だなぁ、と感じたわけですが。でも、これを読んでハタと膝を打ったんですよ。


隊長:ハタと…どういうこと?


隊員4:〈医療者としても物書きとしても二流以下〉とか〈精神科医という立場を利用して「表現者」を装って〉きたとか、頻々に独白する先生が、それでも両者の立場を手放さないのはなぜか。


隊員2:〈鳥なき里の蝙蝠〉って、よく言ってるもんね~。


隊員4:つまりカスガ先生の著作のプロットは、すべてが〈お祓い〉なのではないかと。自身の記憶や患者の症例を〈モーパッサン式〉に俎上に載せて、検証して言語化して文章にすることで、ようやくあの出来事にはこういう意味があったのだと対象をタグ付けしてカテゴライズして、気持ちの収まり先を見つけることで〈祓って〉いるんじゃないでしょうか。先生も読者も。


隊員3:テーマ担当の№3です。カスガ先生の著作は精神医学分野での考察や、そこに立脚した対談のほか、『様子を見ましょう、死が訪れるまで-精神科医・白旗慎之介の中野ブロードウェイ事件簿-』*16などの小説もありますが、それらから私が採取したテーマは〝異界″です。自分の精神のありようを本当の意味で把握できている人はいません。誰もが自身の中に不可視の〝異界″を内包しているわけです。不安迷い悲しみ怒り(チラリと隊員2を見て)妬み恐れ等々、自分の中の〝異界″に一体何が潜んでいるのか。どこまでが〝正常″で、どこからが〝異常″の領域なのか。最新作『自殺論』*17で述べられているように、正気と狂気のあわいは実に曖昧で、何時その境界を踏み越えてしまうかわからない。そのわからなさゆえの興味と恐怖に唆されて、私たちは〝異界″の水先案内人を求め、その深淵を覗き込むようにして春日作品を手に取ってしまうのだと思います。


隊員2:また、いい子にまとめちゃって。


隊長:も、もう、や・め・て~。


*1 3回目の結成:高瀬隼子がすばる文学賞を受賞した際、高橋源一郎との対談が行われ、この時の高橋センセイの発言により本捜索隊が結成された。〈書いた人間は書いたことにしか関与していない。あとは、そこに何があるか捜索隊が出て発見すればいいんです〉「受賞対談 高橋源一郎×高瀬隼子」『青春と読書』2020年3月号
ちなみにカスガ先生は高橋源一郎と同い年。第2回の結成は、全米図書賞を2度にわたって受賞したジェスミン・ウォードが捜索対象。
*2 いい子:高瀬隼子作品のテーマとして採取されたが、隊員2が隊員3を揶揄するときに使用している。 
*3 『人生問題集』春日武彦/穂村弘著 角川書店 2009年
*4 『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』春日武彦/穂村弘/ニコ・ニコルソン著 イースト・プレス 2021年
*5 『猫コンプレックス母コンプレックス』末井昭/春日武彦著 イースト・プレス 2022年 
*6 『ロマンティックな狂気は存在するか』大和書房 1993年(新潮OH!文庫2000年)
*7 『はじめての精神科‐援助者必携』医学書院 2004年
*8 『ザ・ストーカー-愛が狂気に変わるとき』祥伝社 1997年
*9 『顔面考』紀伊國屋書店 1998年
*10『屋根裏に誰かいるんですよ-都市伝説の精神病理』河出書房新社 1999年(河出文庫2022年)
*11『「狂い」の調教-違和感を捨てない勇気が正気を保つ』春日武彦/平山夢明著 扶桑社 2023年3月
*12『鬱屈精神科医、占いにすがる』太田出版 2015年
*13『鬱屈精神科医、お祓いを試みる』太田出版 2017年
*14 モーパッサンのエピソード:*13でロラン・バルトの小著『エッフェル塔』(宗左近訳ちくま文芸文庫1997年)の冒頭に紹介されていると記述があり、カスガ先生の文学的教養の深さが窺える。
*15『鬱屈精神科医、怪物人間とひきこもる』キネマ旬報社 2021年〝鬱屈精神科医シリーズ″第3弾 仕事を辞めてB級映画を観まくり、暗がりでモンスターたちと親しんだ日々が綴られる。
*16『様子を見ましょう、死が訪れるまで-精神科医・白旗慎之介の中野ブロードウェイ事件簿-』 幻冬舎 2014年
*17『自殺帳』晶文社 2023年10月

 

執筆者:関根弥生

2024年1月講座に提出したものを、トヨザキ社長の3000字で!とのリクエストにお応えして手直しした結果、捜索隊メンバー各々にどんどん我が出てきてしまいました。書評王のおまけとして、お読みいただけたら嬉しいです。