書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

2023年書評王

他人の読書が気になる人にお薦めしたい3冊の「本の本」

自分以外の人がどのように本を読んでいるかというのは、基本的に分からない。A「あの本読んだ?」B「読んだ!面白かった!」A「面白かったよねー」といった会話が交わされたとしても、AとBが感じた面白さは全然違うかもしれない。私が書評や評論を好んで読む…

『ふぞろいの林檎たちⅤ 男たちの旅路〈オートバイ〉 山田太一未発表シナリオ集』 山田太一著

名シナリオとよい料理レシピには共通点がある。どちらも文字を追いながら作品を脳内で創り上げることができるところだ。レシピを読めば味や見た目、食感、匂い、温度をイメージできるのと同じように、物語に引き込まれる時間の中で、目の奥にモニターが浮か…

『未来散歩練習』パク・ソルメ著 斎藤真理子訳

かかとを浮かせて、その分だけ少し詩に近づいたような軽やかな文体で、1990年頃と思われる時期の中学生スミと、現在の物書きの〈私〉、人生のいっときを釜山で暮らす二人の物語が交互に語られる。二人はそれぞれ日常のなかで、時空や虚実の境を越えて他者と…

『ラウリ・クースクを探して』宮内悠介著

優れた建築家が自然の地形を生かして美しい建物を建てるように、世界の歴史と現実を土台に見事な虚構を組み立てるのが宮内悠介という作家だ。『あとは野となれ大和撫子』(2017)では、環境破壊によって干上がった中央アジアの湖の上に架空の国を興し、少女…

【作家紹介シリーズ】石田夏穂

デビュー作『我が友、スミス』(2021年)で第166回、2023年『我が手の太陽』で第169回芥川賞候補となった石田夏穂。1991年埼玉県生まれ、東京工業大学工学部卒。プラント建設会社の社員としての顔もある。今回、惜しくも受賞はならなかったが、私はこの作家…

酷暑でエアコンが壊れた人にお薦めする3冊

え~、今年7月の平均気温が45年ぶりに記録を更新し、観測史上最高となったそうで。そんな最中に我が家のエアコンが壊れ、絶望している読楽亭評之輔でございます。 せめてもの涼を求めんと、怪談やホラー、ゴースト・ストーリー等々読み漁りまして。その中で…

『自称詞〈僕〉の歴史』友田健太郎著

〈俺〉〈私〉〈僕〉。英語ではすべて「I」なのに、日本語では役割が異なる。さらにこの3語について、とくに男性は使い分けを社会的に訓練される。〈俺〉は私的領域でしか使わない、公的な場では〈私〉を使うべきだと。しかし〈僕〉は? 公的ではないが、私…

乳がんになった人にもなっていない人にもお薦めしたい3冊

20年ほど前、38歳で乳がんを患った。右乳房の切除と同時再建、半年の抗がん剤治療後は再発、転移なく安泰に過ごしている。 乳がんは罹患者が多いが生存率も高い。ただし術後10年は転移の可能性があるし、遠隔転移が見つかると完治は難しい。総じて穏や…

『われら闇より天を見る』クリス・ウィタカ―著 鈴木恵訳

お馴染み、読楽亭評之輔でございます。 え~〈子は鎹(かすがい)〉なぞと申します。鎹ってのはDIYが趣味の方はご存じでしょうが、木材と木材を繋ぎとめるのに使う、コの字型の釘でございますな。 古典落語の演目「子は鎹」は、腕はいいが酒癖の悪い大工の熊…

『鉄道小説』乗代雄介/温又柔/澤村伊智/滝口悠生/能町みね子

短編小説に与えられる今年の川端康成賞が滝口悠生の「反対方向行き」に決まった。今はもうこの世にはいない祖父・竹春の家がある宇都宮に向かうために、渋谷駅から湘南新宿ラインに乗り込んだ三〇代の女性・なつめ。しかしその電車の行き先は反対方向の小田…

【作家紹介シリーズ】赤染晶子

読書の醍醐味の一つに「この埋もれた名作をよくぞ刊行してくれた!」と出版社に拍手を送りたくなる作品との出会いがある。 palmbooksという小さな出版社が2022年12月、記念すべき第一号として刊行した赤染晶子のエッセイ集『じゃむパンの日』。刊行当初から…

『インヴェンション・オブ・サウンド』チャック・パラニューク著 池田真紀子訳

物語を支配しているのは静寂だ。だが、それは呻吟を歯を喰いしばって封じ、慟哭の涙さえ涸れた果てにもたらされている。 『インヴェンション・オブ・サウンド』は、今やカルト的人気を誇る、ブラッド・ピット主演、デヴィッド・フィンチャー監督の映画『ファ…

『破果』ク・ビョンモ著 小山内園子訳

どんな職業に就いていても、だれもがいつかは老いと向き合わなければならない。ク・ビョンモによる長編小説『破果』は65歳の女性殺し屋を主人公とする異色のノワールだ。 爪角(チョガク)は「防疫業」に携わって45年になる。彼女が駆除しているのは、ネズミ…