書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

【作家紹介シリーズ】赤染晶子

 読書の醍醐味の一つに「この埋もれた名作をよくぞ刊行してくれた!」と出版社に拍手を送りたくなる作品との出会いがある。

 palmbooksという小さな出版社が2022年12月、記念すべき第一号として刊行した赤染晶子のエッセイ集『じゃむパンの日』。刊行当初からその面白すぎる中身に魅了される人が続出し、先日ついに7刷を達成。文芸誌や新聞紙に2006年から2011年の間に連載されたエッセイをまとめた本作は、かつて一世を風靡した漫画家さくらももこによるエッセイ集『もものかんづめ』を彷彿とさせる。それだけ日常を切り取る視点の鋭さとユーモアセンスの高さを備えた作品なのである。

 1編2〜3頁、全部で55編もあるが、そのどれもが個性的で、一度読めばタイトルを見ただけでどんな話か思い出せてしまうほど。「夏の葬式」「安全運転」「君の名は」……こうしたタイトルの話がまさかあんなオチになるとは!
 エッセイの他に翻訳家・岸本佐知子との交換日記が収録されているのだが、これがまた抱腹絶倒モノ。岸本さんに〈赤染さんの芸人としての底力を感じました〉と言わしめた程のギャグセンスを堪能いただきたい。まさに「東のももかん、西のじゃむパン」とでも言うべき傑作なのである。

 じゃむパンで「こんな面白い作品書く作家がいたなんて」と読者を驚かせた勢いそのままに、今年初めには2010年の芥川賞受賞作『乙女の密告』が新潮社から文庫で復刊。本作は関西の外国語大学に通う女子大学生たちと『アンネ・フランクの日記』をつなぎ、見事に融合させた作品だ。匿名の密告によりゲシュタポに拘束されたアンネと、関西の外国語大学で教授と女子学生にまつわる黒い噂に振り回される〈乙女〉たちがリンクする。ユダヤ人迫害と日本の女子大学生を同列に論じるなんてと言われるかもしれないが、そこに説得力を持たせている点が小説家としての赤染晶子の力量なのだ。

 『乙女の密告』は舞台を関西としているが、赤染作品を語る上で外せないキーワードが「京都」だ。本人も〈小説の舞台を必ず京都にしている〉(『じゃむパンの日』所収「影の町」)と書いているように、その小説世界は生まれ育った京都をベースに描かれている。
 2004年の文學界新人賞受賞作「初子さん」(『うつつ・うつら』(文藝春秋)所収)では、京都の田舎町の空気を水銀に例えた。外の人間から見れば〈いつまでも美しい水に見える〉古都・京都は〈本当は水銀〉だという。水銀は腐らないから〈いつまでもきらきらと澄んだ水のように輝いている〉。その実、中では〈田舎ののどかさとは違う、どろりとした空気〉が流れている。主人公の初子さんは、昭和50年代の京都に流れる水銀の中で、洋裁一筋で暮らす。〈夢だけ追っていてはだめよ〉〈あんたは独り身やから苦しいねん〉としたり顔で声かけしてくる周囲に戸惑いつつも、水銀の重苦しさに負けまいと懸命に生きていく。

 他にも、『WANTED!!かい人21面相』(文藝春秋)所収の短編「少女煙草」では〈京都一の美人だった〉綾小路夫人に成りすまそうと必死になる家政婦・いも子を、同「恋もみじ」では、京都のじゅうたん工場を舞台に恋に恋い焦がれる女工たちの日々を描く。夢と現の狭間をたゆたうような、なんとも幻想的な2編。かと思えば表題作「WANTED‼かい人21面相」では、かの有名なグリコ・森永事件をベースに、得体の知れない事件に翻弄される女子高生たちの日常をユーモアたっぷりに描いた。いずれの作品にも、根底にはデビュー作と同じどろりとした水銀が流れている。

 今後も赤染晶子が京都を通して人間を描くとしたらどんな物語が生まれただろうか。だがそれを知る術はない。2017年、42歳という若さで世を去ったからだ。新作が出ないということは、もしかしたら傑作の数々がこのまま忘れ去られていた可能性もある。そこにpalmbooksが光を当てた。京都で培われた唯一無二の視点と芸人顔負けのユーモアを併せ持つ赤染文学。『じゃむパンの日』『乙女の密告』以外は絶版のため、これから全作品の復刊を期待したい。

 

2023年4月書評王:林亮子
書評講座に通い始めてちょうど10年が経ちました。その記念すべき回で書評王に選んでいただき本当に嬉しいです。講座は毎回新鮮で、発見があって、勉強になって、めちゃめちゃ楽しい!トヨザキ社長、受講生の皆様いつもありがとうございます。