書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

2021-01-01から1年間の記事一覧

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直著

「日本企業はイノベーション創出力が弱い」とよく言われるが、その一因として担い手の不足が挙げられる。イノベーション人材というと、ゼロから新しいアイデアを発想する「0→1人材」に注目が集まりやすいが、それだけでは、新しいものを生み出し、変革を起…

『象の旅』ジョゼ・サラマーゴ著

「私の作品に幸せな結末はない。旅の終わりは静かなものだ」 これは本作『象の旅』を執筆中だった著者ジョゼ・サラマーゴと、その妻で有能なマネージャーでもあるピラールに密着取材したドキュメンタリー映画『ジョゼとピラール』(*1)の中で、著者自身が語っ…

ショパン・コンクールをもっと楽しみたい人におすすめする3冊

ワルシャワで行われる5年に1度のピアノの祭典、ショパン・コンクールがクライマックスを迎えている。何やら遠い世界のことのようであるが、ネットのおかげで今やYouTubeで気軽に視聴できる時代になった。何かの間違いで偶然目に触れ、ちょっと興味が湧いてき…

『アンソーシャル ディスタンス』金原ひとみ著

コロナ禍でアルコール依存症が増えているという。ストレスの増加に加え、在宅勤務でより長くより多く飲める環境ができたことが背景にある。嗜癖は「ある習慣への耽溺」を意味する言葉で、より重症な例が依存症と呼ばれる。金原ひとみの短編集『アンソーシャ…

『長い一日』滝口悠生著

序盤のいくつかのエピソードを読んで、夫婦が仲良く「私」という一人称を共有しているのか、と思った。夫婦というのは、小説家の滝口氏とその妻のこと。本作『長い一日』はエッセイのようにして始まり、やがて小説としか捉えられない形になっていく、そうい…

【作家紹介シリーズ】高瀬隼子

隊長:それでは順に、捜索結果の報告をお願いします。今回の捜索対象は高瀬隼子作品ということで、第43回すばる文学賞受賞作の『犬のかたちをしているもの』(*1)や、第165回芥川賞候補作「水たまりで息をする」(*2)など、数こそまだ少ないものの、興味深いフ…

『星の時』クラリッセ・リスペクトル 著 福嶋仲洋 訳

漫画版が実現するなら、作画はぜひ漫☆画太郎にやってもらいたい。そう思ったのが、クラリッセ・リスペクトル『星の時』(福嶋仲洋訳・河出書房新社)。「ブラジルのヴァージニア・ウルフ」の異名を取り、世界的にも再評価が進んでいる女性作家の遺作だ。 南…

『断絶』リン・マー 著 藤井光 訳

2011年5月に中国・深圳で最初の症例が発見されたシェン熱は、瞬く間に世界中に広がった。初期症状は風邪と紛らわしく、感染者には熱病感染の自覚が生じない。傍目からも日常生活を普通に送っているように見える。しかし症状は徐々に深刻化し、思考力と運動能…

『クララとお日さま』カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳

カズオ・イシグロのノーベル賞受賞後初の、6年ぶりの新作。『クララとお日さま』の語り手クララは、太陽光を栄養源とするB2型第四世代の女子AF(人工親友)。子供の最良のパートナーとなるために開発された高価なロボットだ。クララは「推定十四歳半」…

『ペインティッド・バード』イェジー・コジンスキ 著 西成彦 訳

1936年、ナチスドイツの侵攻がせまる東欧で、6歳の「ぼく」は「せめて子どもは無事に」と願った親によって、遠い田舎村へと疎開させられる。仲介者を経て魔女じみた老婆のもとへ預けられた「ぼく」だったが、わずか数ヶ月後、彼女は死んでしまう。オリ…

『さようならアルルカン/白い少女たち 氷室冴子初期作品集』

1976年創刊の集英社コバルト文庫は、少女向けエンターテインメント小説の老舗レーベルとして、これまで多くの作家やヒット作を世に送り出してきた。看板作家のひとりである氷室冴子は、1980年刊行の『クララ白書』で少女の口語一人称によるコメディ路線を開…

2020年に読んだ私的ベスト3

新型コロナウイルス感染症の流行に翻弄された、2020年のプロレス界と私。生観戦のできない緊急事態宣言期間中に、プロレスへの関心を保つ助けとなったのが、『玉袋筋太郎のプロレスラーと飲ろうぜ』(白夜書房)だった。 玉袋筋太郎のプロレスラーと飲ろうぜ…

『言語の七番目の機能』ローラン・ビネ著 高橋啓訳

てえへんだ、てえへんだご隠居さん。 まあ落ち着きなさいよ、八っつぁん。いったい何がそんなに大変なんだい。 この前ご隠居さんに教えてもらった面白れぇ本があったじゃないですか。え―っと「斬新な手法の歴史小説として驚愕と熱狂を巻き起こした-」。 お…