書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

『言語の七番目の機能』ローラン・ビネ著 高橋啓訳

てえへんだ、てえへんだご隠居さん。
 まあ落ち着きなさいよ、八っつぁん。いったい何がそんなに大変なんだい。
 この前ご隠居さんに教えてもらった面白れぇ本があったじゃないですか。え―っと「斬新な手法の歴史小説として驚愕と熱狂を巻き起こした-」。
 おや、私が教えたそのまんまじゃないか。ローラン・ビネの『HHhH』(*1) だろ。ナチスの高官で非情な〈金髪の野獣〉と恐れられたハイドリヒの暗殺事件を題材に、〈執念深く神経質なまでに〉私見を除いて史実だけを忠実に再現する手法で、読者はまるでその現場に居合わせているような緊迫感を共有していくんだが、最後の最後に…いやぁ、あれは強く心を揺さぶられる傑作だったねぇ。
 それそれ。そのビネさんの邦訳第2作目となる『言語の七番目の機能』がついに出たんですよ。
 ―とまぁ、長屋の粗忽者の代表格八っつぁんと知恵者の象徴ご隠居風に始めさせていただきました、読楽亭評之輔でございます。
 え~改めてご紹介いたします。ときは1980年。フランスの哲学者にして記号学者のロラン・バルトが、翌年に大統領選を控えたミッテランとの昼食会からの帰り道、小型トラックに轢かれ亡くなりました。と、ここまでは史実そのまま。バルトについての〈最も詳細な伝記〉である『ロラン・バルト伝』(*2)でも、事故当時身分証を身につけていなかったなど幾つか不審な点はあったものの最終的には事故死と判断されたとあります。にも関わらずビネさんは、実はバルトは本作のタイトル〈言葉の七番目の機能〉をめぐる陰謀によって殺されたのだというのでございます。え、あんなに史実しか認めないとおっしゃっていたじゃあないですか。前作とは真逆のアプローチですかい、と言いたくなるのはほんの一瞬。荒唐無稽万歳。これが滅法面白いのでございます。
 バルト謀殺にはどうやら彼の専門分野である記号学が関係し、おまけに誰もが血眼になって奪い合う〈言語の七番目の機能〉の謎も解く必要があるらしい。というわけで、この捜査を拝命したのが、強面で少々品位には欠けますが判断力行動力は抜群の仏総合情報局のジャック・バイヤール警視。そして記号学の指南役として巻き込まれたのが、若き大学講師シモン・エルゾク。青白い顔をして頼りなさそうなシモン君ですが、初対面でバイヤールの身元や過去を鮮やかに推理してみせる場面は、かの名探偵ホームズとワトソン博士の出会いを彷彿とさせ、ビネさんの言う〈日常生活に溢れているものを文学のように解読する〉記号学の面目躍如といったところ。
 この即席バディのふたりがパリ、ボローニャ、NY州イサカ、ヴェネツィアナポリを駆け巡って、『007』のジェームズ・ボンドばりのカーチェイスや、秘密結社〈ロゴス・クラブ〉では言葉を武器に知の格闘技をやってのけ、スリルとサスペンスてんこ盛り官能シーンもありありの、ど派手な冒険活劇を繰り広げるのです。イタリアの記号学の大家ウンベルト・エーコも重要な役どころで登場し、彼が1980年に発表した中世イタリアの修道院での連続殺人ミステリー『薔薇の名前』(*3)へのオマージュが本作のそこここに見受けられるのも一興なんでございます。
 また、ミシェル・フーコーソレルスクリステヴァジャック・デリダ等々、フレンチ・セオリーと呼ばれた哲学運動における実在のスター級の面々による、政治や哲学、思想、歴史等々について交わされる饒舌で闊達な議論は本作の白眉ともいうべきところ。後に仏大統領となったミッテランは作中で〈真の権力は言語(ランガージュ)ですよ〉と言ってのけていますが、政治や落語の世界に限らず、言語が持つ計り知れない力を改めて実感できる作品なのでございます。老婆心ながら、最後の最後まで気が抜けませんのでご用心を、そして、変化していく語り手にもご注目あれと申し添えて本日は失礼いたします。お後がよろしいようで。


*1『HHhH‐プラハ、1942年』ローラン・ビネ著 2013年 東京創元社
*2『ロラン・バルト伝』ルイ=ジャン・カルヴェ著 1993年 みすず書房
*3『薔薇の名前ウンベルト・エーコ著 1990年 東京創元社 

 

2020年11月書評王:関根弥生

読書(特に海外文学)好きの落語家が、寄席演芸専門雑誌の書評欄「読楽亭評之輔のお薦め本コーナー」で書いているという設定です。どうぞごひいきに。