書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

『みんなのお墓』吉村萬壱著

 なんであんなことをしてしまったのか——やらかしてしまったとき、人はつい理由を探してしまう。だが、果たしてそれにどんな意味があるだろうか。人間の暗黒面を常に題材として選んできた吉村萬壱の新刊『みんなのお墓』は、多数の登場人物をゆるやかにつないで、どうしようもない人間たちのどうしようもなさを描いていく。
 全体で200ページの本書は一から三十と題された数ページずつの章に分けられている。10月から11月にかけてのひと月余りの出来事が、三人称で、幾人かの人物を渡り歩くように語られる。
 暗くなりつつある時刻に、34歳の木村麻奈がK市営共同墓地に足を踏み入れる。靴を脱ぎ、ワンピースを脱いで全裸になる。墓石を舐め、股間をこすりつける。そこに参道を歩く足音が聞こえてきた。墓石の陰に潜む麻奈は思わず脱糞・放尿してしまう。駅からの帰り、墓地で公衆便所を借りることにした内藤暁(あきら)は、ついでに自家の墓の前に来たところで、まだぬくもりの残る女物の服と靴を発見する。公衆便所の掃除道具入れにこの〈不潔な呪物〉を突っ込んで帰宅する。無人の家に帰ってきた10歳の貴子。父は海外赴任、母はボランティア活動で今夜も留守だ。翌朝、帰ってきた母に抱きつくと、なぜかウンコみたいな臭いがする。服部隼人は大学を半年で中退したあと、20年以上も自宅に引きこもっている。夜10時を回った頃、コンビニに出かけたときに、向かい側の歩道を全裸の女が走っているのを目撃する。貴子の同級生・琴未の姉である斎木俘実は、高校卒業後、月に数日ほど工場でアルバイトするほかは家でブラブラしているが、このままでいいとは思っていない。今日は最近顔つきが変わってきた浪人中の友人・持田が通う“人間力重視"の進学塾「真・神塾」の宿泊集中合宿にゲスト参加するつもりだ。
 じょじょに明らかになる人物ネットワークのうえに、新たな因縁が刻まれ、波紋が広がっていく。しかし登場人物たちはつながりのすべてを意識することはできない。一方で、ほぼ時系列どおりに語られる本作で、作中人物は了解済みでも読者には時が来るまで伏せられている情報もある。作品ごとに綿密に創作ノートをつくるという吉村の「語り/騙り」の妙が味わえる作品でもある。
 物語を覆う不気味な雰囲気も、当然読み手にしかわからない。K市そのものにも不穏な影が差しているのだ。〈その晩、幾つかの死があった〉と始まる(六)では、暴力団によるK港での事件、高速道路での車6台を巻き込んだ死亡事故、海水浴場での男子大学生を含む4人による暴力沙汰が描かれたのちに〈この日の死者は全てK市立斎場で焼かれた〉と淡々と結ばれる。K市に限らず全国で機械の不調による謎の事故が連続しており、全国に「機械の病気」の病巣があるとされている。
 俘実の住むお化け団地は墓地のそば、墓地の隣の斎場のそのまた向こうに精神科病院、高速道路の事故現場は南東に2キロ、K港は北西に2キロ。いろんな人の起こす様々な事件が、墓を中心とした方向、距離で語られるときに物語になる。
 愚行を描く作家だ。しかし、その責任を自我だけに押しつけたりはしない。終章で10歳の子供がつぶやく「ちゃんと生きても駄目に生きても、結局みんな灰になるんだよね」という言葉に、あなたが何を思うのかを、とても聞きたくなる作品だ。

 

2024年5月書評王:山口裕之
墓参りのとき、いつかは自分もここに骨としてしまわれるのかといった実感しますか。私はしません。というか無理。16歳で家を出て、なんでまた戻らんといかんとや。もすこしいい方法考えたいなと思っております。