書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

『蜂の物語』ラリーン・ポール箸 川野靖子 訳

 一九七〇年代前半に日本で放映されたテレビアニメを振り返ると、なぜか動物擬人化ものが目立つ。ネズミたちの船旅を描く「ガンバの冒険」や、アマガエルとトノサマガエルが恋に落ちる「けろっこデメタン」、ハゼの男子が主人公の「ハゼドン」、黒いヒヨコの成長譚「カリメロ」など、多様な生き物が日々、ブラウン管テレビの中で暴れ回っていた。先月の書評に登場したビーバーも、七五年放映の「ドン・チャック物語」で活躍している。
 擬人化アニメの中でも蜜蜂の存在感は際立っており、「昆虫物語 みなしごハッチ」と「みつばちマーヤの冒険」はどちらも人気を博した。ハッチもマーヤも外界で冒険を繰り広げるが、多くの蜜蜂は巣の中で一生を終える。階級に分かれて分業しながら社会生活を営むことから、蟻と同様に「社会性昆虫」といわれている。社会を形成するとなると、階級が異なる蜂たちの間で抗争があるのでは? などとさまざまに想像がふくらむ。
 社会性をもつ蜂の擬人化を極限まで推し進めた作品が、イギリス在住の作家ラリーン・ポールによる小説『蜂の物語』だ。舞台は古い果樹園にある蜜蜂の巣箱。巣の中では雌の働き蜂数万匹と一匹の女王蜂、少数の雄蜂が生活している。働き蜂はアザミ族やスミレ族など花の名前を冠した族に分かれ、頂点に君臨するのは女王の家系とされるサルビア族。女王は卵を産む神聖な役割を担い、雄たちは王女との交尾に備えて、働かずに蜂蜜や花粉ケーキをむさぼる毎日を送っている。
 働き蜂の間には“受け入れ、したがい、仕えよ”“完璧なのは女王だけ”といったスローガンが浸透し、社会の秩序を乱す者はただちに粛清される。陰謀が渦巻き、権力争いが繰り広げられる世界だが、友情や仲間意識も存在する。統制された近未来社会を描く小説『侍女の物語』の作者であるマーガレット・アトウッドは、自作と『蜂の物語』との間に共鳴し合う点を見いだしたのか、ツイッターで“Oddly gripping”(不思議と心をつかまれる)と賞賛した。
 物語の主人公であり、フローラ(植物)族という最下層に生まれた雌蜂フローラ七一七(通称フローラ)は、身体が大きすぎる規格外として誕生直後に警察蜂から殺されるところだった。しかし、サルビア族の巫女に賢さを認められ、フローラ族の本来の役割である衛生(清掃や死体処理)の仕事を免除されて育児蜂として働くようになる。その後、巣内を襲撃するスズメバチに果敢に立ち向かった功績を評価され、女官として女王に仕える。体内に卵が宿ったのはそのときだった。“子を産めるのは女王だけ”という厳格な掟に支配される世界で、フローラは持ち前の機転で新しい命を守ろうとするが……。
 花から蜜を集めてきた外役蜂による8の字ダンスや、育児蜂がつくる王乳(ロイヤルゼリー)の秘密、交尾できないまま冬を迎えた雄蜂の末路、越冬の工夫。本作では、蜜蜂の生態が緻密に紹介されるだけでなく、それぞれのトピックがプロットを転がす重要な要素として機能している。
 主人公フローラのキャラクター設定も、物語に深みを与える。賢く勇敢で、上層蜂からの圧力に屈せず自力で考えて行動する一方で、食欲にかられたせいでスズメバチに取り囲まれたり、自分の有能さを証明しようとして命からがらな目に遭ったりと隙も多い。そのフローラが、ときに罪を犯しながら大切なものを守り抜いて生ききる姿が熱い共感をもたらすのだ。蜜蜂の働き蜂の寿命は約一か月、冬季でも数か月と短いそうだ。読者は花に寄り添う蜜蜂に出会うたび、「自分はフローラのように凝縮した人生を全うしているか?」と自問することになるだろう。
 作者のラリーン・ポールは、イルカを主人公とした海洋小説『POD』を二〇二二年に上梓した。今回はどんな擬人化世界を見せてくれるのか、日本での翻訳出版が待ち遠しい。

2022年6月書評王:田中夏代
書評講座でひそかに続く「動物書評リレー」の1本として書きました。今後どんな生き物が登場してくるのか、とても楽しみです。

ユーディット・シャランスキー『奇妙な孤島の物語――私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう55の島(増補改訂版)』

 〈文学の棚なのか、紀行エッセイの棚なのか、地図の棚なのか、書店が置き場に悩むような本である〉――訳者あとがきの冒頭にある一文は、本書を手に取った読者の戸惑いを見事に言語化している。視界に飛び込む鮮やかなライトブルーの表紙に惹かれて手に取れば、サブタイトルに「私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう55の島」とある本書。それだけですでに、本書が単なる孤島ガイドブックではなく、一筋縄ではいかない作品であることがうかがえる。

 著者のユーディット・シャランスキーは旧東ドイツ生まれの作家・ブックデザイナー。1989年、9歳でベルリンの壁崩壊を経験した彼女は、本書のはしがきで〈私は地図帳と共に大きくなった〉と述べている。ただ、愛読していた地図帳が東西ドイツを別々の頁に配置する〈イデオロギーに染まっていた〉ことにドイツ統一後に気付き、〈あれ以来、政治的な世界地図には疑いの目を向けている〉と言う。文、地図作製、装幀すべてを手がけた本書においても、欧米中心主義や植民地主義的思想に批判的な目を向けて作成したことが読み取れる。

 本書では、見開き2頁で一つの島が紹介され、右側の頁に島に関する文章と簡単な年表、左側に島の地図が描かれている。くすみのあるマットなブルーの海の中心に、一つの島だけがグレーの濃淡でポツンと描かれる。1平方kmに満たない小さな島であっても頁の中心に鎮座し(ちなみに本書では1km=0.5cm)、周囲には何も描かれない。まるで世界が孤島と海だけしかないような感覚に陥る、インパクトのあるデザインだ。また、地図上の地理名称もあえて言語統一していない。たとえば、日本領の「硫黄島」にある湾は〈Hiraiwa-wan〉と表記されているように。

 著者は2009年、初版である『奇妙な孤島の物語――私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島』で「もっとも美しいドイツの本」賞とドイツデザイン賞銀賞を受賞。邦訳は2016年に刊行され、この度、新たに5つの島を加えた増補版が登場した。

 見開きの右側の頁に書かれている文章は全て実話であり〈本書に記載されたすべてのテクストは、調査にもとづいている〉とのことだが、それらは決して孤島の魅力を伝え、行ってみたいと思わせるような内容ではない。

 〈島は天国だ。また地獄でもある〉と語る著者。周囲から遮断された孤島ならではの無垢さ、残酷さ、謎めいた奇習など全てひっくるめて淡々と綴る。たとえば、大西洋に浮かぶ「セント・ギルダ」では、どれだけ新生児が産まれても1~2週間で謎の死をとげ、とうとう無人島になってしまう。太平洋のソロモン諸島にある「ティコピア島」では、1200人の住民の食糧を守るため、次の家族を築いてよいのは長男のみ。他の兄弟が子を成せば殺される。太平洋にある「ピトケアン島」では2004年、島の成人男性の半分が何十年もの間女性と子どもに性的暴行を加えた罪により有罪判決を受けた。被告人たちは性的暴行につき、先祖代々おこなわれてきた慣習だと主張し、自己弁護したという。

 〈果てのない地球の端で招いているのは、手つかずのエデンの園ではない。その逆に、遠路はるばるやって来た人間たちが、ここで化け物になる〉と著者は言う。タイトルにあえて「生涯行くこともないだろう」と付けているのは、著者の孤島に対する畏怖を表してもいるのだ。

 さて、本書を書店のどのコーナーに置くかであるが、ガイドブックでは決してないこと、大いに想像をかきたてられる作りになっていることから、個人的には文学の棚に置いてほしい。もっとも、あえて紀行エッセイのコーナーに置いて、鮮やかな表紙に惹かれて手に取った人たちを、孤島が中心となった天国とも地獄とも言える世界へ誘ってほしいとも思う。

 

2022年5月書評王:林亮子

今回紹介した作品は、私自身、初版の時に知人から薦められた作品です。とにかくデザインが素敵なので、ぜひ実物を手に取ってご覧ください。プレゼントにも最適だと思います!

 

『ゾリー』レアード・ハント著

静かな声で雄弁に語るレアード・ハントの到達点 『ゾリー』
“Zorrie”Laird Hunt  Bloomsbury Publishing


 柴田元幸は多くの現代アメリカ文学を翻訳、紹介してきた。ポール・オースタースティーヴン・ミルハウザー、スティーヴ・エリクソンなど、大作家から「知る人ぞ知る」作家まで、自分が好きな小説であることを基準に。レアード・ハントは後者の代表格だろう。
 2000年にデビューし、過去8作の長篇を持つレアード・ハント。昨年の最新作“Zorrie”は、全米図書賞の最終候補になった。主人公の声は過去作以上に静かで雄弁だ。痛ましい史実に端を発しながら、それは声高に語られず、中心となるのはあくまでもその事象を生きた人間の来し方行く末である。
 インディアナ州の農場主ゾリー・アンダーウッドは、50年以上評判の働き者だ。冒頭、疲れやすくなった彼女は農作業の途中で午睡を取る。160ページ足らずの本作は、ゾリーがこの静かな老境に至るまでをたどる。
 幼時に両親を亡くしたゾリーは、峻厳なおばに育てられた。1930年、叔母は「玄関の鍵も」残さずに他界。住まいを失った21歳の彼女は、イリノイ州ラジウムダイアル社で時計の文字盤にラジウム塗料を塗る職を得て、指示通り唇で筆先を揃えて塗っていく。夜光塗料にまみれ、仕事帰りの夜道で光る女性工員は、「ゴースト・ガールズ」と呼ばれた。その時代、ラジウムは健康に良いとして、コーラに入れて飲む人さえいたという。
 二か月後、彼女は故郷恋しさに仕事を辞めてインディアナに戻り、何とか生計を立て続ける。数年後、ひょんなきっかけで知り合った老夫婦に一人息子のハロルドを引き合わせられ、二人は結婚。建国記念日に催される地元のピクニックで、地域の人々がゾリーに、そして読者に手際よく紹介される様は、映画の一場面のようだ。ここで訳ありの青年、ノアも姿を現す。そう、柴田元幸訳の『インディアナインディアナ』の主人公だ。
 結婚3年目に妊娠したゾリーは、体調を整えようとして、大切に取ってあったラジウム粉末を毎朝水に溶かして飲む。彼女は流産し、二度と子を授からなかった。その後1942年に出征したハロルドは翌年オランダ沿岸で戦死する。ここまででざっと三分の一。
 夫を亡くしたゾリーと義父母の生活、近隣の人々との交流。『インディアナインディアナ』の読者なら覚えているだろう、ゾリーとノアのなりゆきは、前作と反対の視点から描かれる。時がたち、親しかったゴースト・ガールと数十年来の再会を果たし、ゾリーはひとり遠方への旅にさえ出る。後年、ラジウムによる健康被害で複数の友人に先立たれたゾリーは、自分の流産の原因に思いあたる。それでも彼女は、早世せずに老年を迎えられたのだ。
 レアード・ハントの小説の、とりわけ『ゾリー』の魅力は、人々のまっすぐな気持ちの持ちようだ。人生の荒波に溺れそうな人には、周囲から手が差し伸べられる。夫ハロルドの喪失に苦しむゾリーには、地域の友人が子犬を届けた。愛しく思う異性ができれば、食事を届けて食卓を共にする。微細な駆け引きは極力排除されている。それが好ましい。
 作者が『インディアナインディアナ』のサブキャラを主人公に据えて長篇を書こうと思いついた時、それとは別に興味を持っていた同時期のラジウム禍を思いだし、インディアナと隣接するイリノイ州にある工場でゾリーが働いていたら?と構想が広がったという。この着想のあざやかさよ。しかし、重ねて言うが、実話であるラジウムダイアル社による健康被害という重いテーマを持ちながら、本作の中心にあるのは、ひとりの女性が、別れも、孤独も、喪失もやり過ごし、インディアナの土地を愛し、農場で日々を過ごし、生き続ける日常だ。
 過去作の柴田訳は三冊。未訳作品すべてを日本語で読みたいのはやまやまだが、柴田元幸には、次はこの美しい傑作を翻訳して、日本で多くの読者が読めるようにしてほしい。

*参考 Zorrie: Laird Hunt in conversation with Cristina Herriquez (YouTube)

 

2022年4月書評王:田仲真記子

書評講座で「自由課題」と聞いて、一度チャレンジしてみたかった英語の小説の書評を書きました。昨年読んだ本の中で、いちばん心に残った作品です。

 

 

 

【作家紹介シリーズ】ピエール・ルメートル

 仏作家ピエール・ルメートルの現時点での邦訳単行本最新刊(※1)『僕が死んだあの森』の訳者あとがきを読んで驚いた。なんと彼は、2021年5月にフランスで発表した長編(※)が〈自身にとって「最後のミステリー」となる〉と宣言しているというのだ。
 ルメートルといえば、2014年に邦訳が刊行された『その女アレックス』が「このミステリーがすごい!」他4つのミステリーランキングで1位となり数十万部を超えるヒットを記録した作家なだけに、日本ではミステリー作家としての印象が強い。
 もっとも彼の場合、ミステリーでないからといって作品の吸引力が目減りするような作家ではもちろん、ない。これまでルメートル作品は、緻密な構成、次の1行で世界をガラリと変える手法、リアリティを持つ描写、大どんでん返し等々といった評価がされてきた。ミステリー作品に欠かせないこうした美点と共に、ルメートル作品の吸引力の根底にあるもの。それは”持たざる者”としての主人公のキャラクター設定だ。権力に振り回されながらもレジスタンスを試みる登場人物の姿が読者の共感を呼ぶ。今回はそうした視点でルメートルを考察したい。
 上記『その女アレックス』を含むヴェルーヴェン警部シリーズの主人公、カミーユ・ヴェルーヴェンは見た目に分かりやすく”持たざる者”だ。母親のニコチン依存症が原因で、彼の身長は145cmしかない。相手をいつも見上げなければならず〈それは二十歳で屈辱となり。三十歳で呪いとなった〉。一方で、母親は著名な画家であり、カミーユは低身長と同時に画才も受け継いだ。この両極端な授かりもののせいで、カミーユは母親に対し複雑なコンプレックスを持っている。こうした設定が、彼をただ正義感の強い有能な警部にとどめず、より人間味溢れる人物にしているのだ。
ノンシリーズもののミステリー長編『監禁面接』は、会社をリストラされバイトもクビになった57歳、アランが主人公。八方塞がりの中、運よくとある企業の最終試験に残るが、彼に提示された試験内容はおよそ理解しがたいものだった――〈就職先企業の重役会議を襲撃し、重役たちを監禁、尋問せよ〉。
 冴えない無職オヤジの奮闘記なる体で始まるが、もちろんそこはルメートル。読者の予想を軽々と超えた大胆なストーリー展開が待っている。アランを通して、経営層に搾取されそうになりながらも知恵を振り絞って必死に抵抗する労働者の姿が描かれるのだ。
 ルメートルはミステリーだけじゃないことを見せつけてくれたのが、戦争三部作の第一作『天国でまた会おう』。1918年、4年にわたるドイツとの戦争が終わろうという中、爆撃で下顎を吹き飛ばされ言葉を失ったエドゥアールと、なけなしの身銭を切ってエドゥアールの看護をするアルベール。奇妙な縁で結ばれたこの元フランス兵2人はやがて、国を巻き込むとんでもない詐欺を企てることに。国家や組織に翻弄され泥水をすすらされた若者たちが、人を食ったような計画で権力に対するレジスタンスを試みる姿が、国や時代を超えて多くの読者に刺さるのだ。
 魅力的な人物は主人公に限ったことではない。『天国でまた会おう』でエドゥアールと心を通わせる11歳の無口な少女・ルイーズ(しかも戦争三部作の最後は彼女が主人公)。『監禁面接』の、捉えどころのない飄々としたキャラクターながらアランのピンチに手を差しのべる車上生活者のシャルル。ヴェルーヴェン警部の愛猫として、登場回数は少なめながらもインパクトを残すドゥドゥーシュのツンデレぶりも忘れてはいけない。
 今年で71歳を迎えるルメートル。「最後のミステリー」宣言は寂しいものの、見方を変えれば、彼が今後いかなるジャンルの作品を書くのか予測がつかない分楽しみが増したと言える。次はどのようなキャラクターが読者の心を掴むのか、ますます目が離せないのだ。

※1 文庫本の最新刊は『われらが痛みの鏡』上下(平岡敦訳、ハヤカワ文庫)
※2 『Le Serpent majuscule』(Albin Michel、2021年12月)

2022年3月書評王:林亮子
初めて読んだルメートル作品は『悲しみのイレーヌ』。ラストのあまりの凄惨さに怒りすら覚え、いったん嫌いになりかける。しかし1作だけで決めつけるのもよくないと思い他の作品も読み始めたところ、気づいたらルメートル沼にハマっていました。

 

・本文で紹介したルメートル作品

《ヴェルーヴェン警部シリーズ》(全て橘明美訳、文春文庫)

《災厄の子供たち三部作(戦争三部作)》(全て平岡敦訳、ハヤカワ文庫)

 

【作家紹介シリーズ】リュドミラ・ウリツカヤ

 現代ロシアを代表する女性作家、リュドミラ・ウリツカヤの『緑の天幕』が刊行された。分厚い大長篇に二の足を踏むあなたに、ウリツカヤ三段階攻略法を伝授しよう。

 ノーベル文学賞候補とも目されるウリツカヤの小説は、奇をてらったものではない。市井の人を、子どもから老人まで性別を問わず、分け隔てなくあざやかに造形し、豊かな物語を構築する。心温まる優しさだけでなく、ユーモラスな毒を交えて。

 手始めには、ウラジーミル・リュバロフのキモかわいい絵が添えられた短篇集『子供時代』がいい。遠縁の老女と暮らす姉妹が、お使いのお金を落として途方に暮れる「キャベツの奇跡」。少年がひと夏を田舎のおじいさんの作業場で過ごす「釘」。1949年のモスクワらしき町を舞台に、第二次大戦後の困難な時代を生きる子供たちを、1943年生まれの作者が郷愁を込めて描いた佳品そろいだ。

 その他の短篇集には、性がにおい立つ少女たちを書いた『それぞれの少女時代』と、嘘をつく女たちのエピソードから、女の切実さが見えてくる『女が嘘をつくとき』がある。

 短篇をクリアして中篇に進むなら『ソーネチカ』。ウリツカヤ作品中日本で最も親しまれているだろう、1992年発表の出世作だ。

 読書好きで地味なソーネチカは、第二次大戦中、年上の画家と結婚する。時がたち、自宅に住ませてあげた娘の友人が夫の愛人になってしまった後も、ソーネチカは彼らと一緒に暮らし、周囲の人への柔らかな愛情を持ち続ける。ウリツカヤの手にかかると、現実離れしたそのてん末が必然に思えて、ソーネチカの奇跡のような生き方に心を打たれる。

 もう一作の中篇『陽気なお葬式』は、ニューヨークに住む亡命ロシア人画家が主人公で、『ソーネチカ』のにぎやかな変奏曲と言える。

 短篇や中篇でウリツカヤ沼にはまった読者に喜ばしいことに、彼女の長篇は、日本で三作も刊行されている。なかでも代表作と言えるのが、実在の人物をモデルにした『通訳ダニエル・シュタイン』だ。

 第二次大戦中、ユダヤ人としての出自を隠してナチスの通訳を務めたダニエルは、ユダヤ人300人のゲットーからの逃亡を手引きした。彼は戦後イスラエルに渡り、カトリック神父として布教に生きる。その一生が、一人称の語りや周囲の人々の証言など、様々な視点から語られる。純粋無垢なのに一筋縄でいかないダニエル。史実を踏まえ、愛、寛容、宗教をテーマにした大きな物語だ。

 一方、ロシア・ブッカー賞を受賞した『クコツキイの症例』では、スターリン時代のモスクワを舞台に、産婦人科医クコツキイ一家がすれ違い、壊れていくさまが綴られる。

 そして『緑の天幕』。1953年、スターリンの死から、ソ連崩壊後の90年代までを、モスクワで育った六人の男女を軸に追った大河小説だ。中心となる男女の一生は前半に駆け足で語られ、その後は同時代の人々のエピソードが幾層にも重ねられる。30ある各章には、独立した短篇として楽しめるものも多いが、点在する登場人物たちのつながりをたどりながら読めば、さらに時代を俯瞰する感覚に浸ることができる。

 文学や思想が統制された時代に、作中の人々は身の危険にさらされても、貪欲に書物を求め、芸術に触れる喜びを堪能した。この容易に言い尽くせない混とんとした半世紀を記すには、100人以上の人物と700ページの長さが必要だったのだろう。

 『通訳ダニエル・シュタイン』の作中には、ウリツカヤからエージェントへの書簡が挟まれる。そこで書かれる創作中の苦闘を読めば、短篇から長篇まで、ひとりひとりの人物に目を配り、作家としての想像力をつぎ込んで、彼らの生きかた、感じかたに寄り添いながら、物語を作り上げているからこそ、彼女の作品に外れがないのだと感じる。その人物造形こそ、彼女の豊かな文学世界の中心にある。

 

2022年2月:田仲真記子

1月はウリツカヤを読みまくり、ウリツカヤのことばかり考えて過ごしました。幸せでした。

 



『やさしい猫』中島京子著

「きみに、話してあげたいことがある」と始まる物語だ。語り手のマヤは女子高校生。「ちゃんと順を追っていかないと、きみの頭がこんがらがってしまう」から、「クマさんとミユキさんが出会うところから」話を始めてくれるという。
 マヤの母・ミユキさんは夫を亡くして以来、保育士をしながらマヤを育てている。マヤが小3のとき東日本大震災のボランティアで知り合った8歳年下のスリランカ人の青年クマさんと、1年後に自宅の近くで再会。互いに惹かれていくのだが、娘のためを思い、ミユキさんは2度までもクマさんのプロポーズを断ってしまう。それでもクマさんは諦めなかった。マヤが小6のときにとある事件をきっかけに3人で同居することになり、クマさんはとうとうミユキさんから結婚の同意を得る。
 ところが、ある事情からクマさんは在留カードの期限が切れ、不法滞在者になってしまう。結婚すれば配偶者ビザが発行されるからという知人のアドバイスに従い、さまざまなトラブルと手続きを乗り越えて、マヤが中3のときにようやく結婚。ところが、クマさんは在留資格の手続きに入管へ行く途中で、不法残留者として警察に捕まってしまうのだ。
 直木賞作家・中島京子が読売新聞で『やさしい猫』の連載を始めたのは2020年5月、名古屋入管に収容中のスリランカ人女性・ウィシュマさんが亡くなる10か月前だ。ウィシュマさんだけではない。全国の入管施設では2007年以降で少なくとも17人もの収容者が病死している。著者は本書刊行の4年ほども前から入管行政を巡る問題に関心を持ち、連載の題材として選んだのだという。
 審理官は2人の結婚を「配偶者ビザ目的の偽装結婚」と決めつけ、クマさんは国外退去処分を言い渡される。処分を受け入れ帰国すれば5年間は再入国禁止となり、かといって出国を拒否すれば強制送還されるまで無期限で収容所に入れられる。クマさんは長期収容施設へ移され、事態を打開するには99%負けるとされている裁判に訴えるしかない、というところまで家族は追い込まれるのだが……。
 国際人権NGOによれば、日本の収容所では6か月以上の長期にわたって収容されている人が54%にものぼるという。入管職員の裁量ひとつで何か月も、ときには何年ものあいだ収容者の自由を奪う日本の制度は、国連の人権条約機関から再三にわたる勧告を受けているにもかかわらず改善されてこなかった。本書はこうした入管行政の問題を、物語の中でていねいに理解させてくれる。〈まずは“知る”こと。それが酷い状況を変える大きな力になっていくと思います〉と、本書についてのインタビューで著者は語っている。
 ともすれば説教臭かったり押しつけがましい感じがしたりしがちな題材なのに、本書にはそうしたところがない。高校生のマヤを語り手に立て、彼女自身が問題をだんだん理解していくという構成が読者にやさしい。それに加え、たんに外国人収容の問題におさまらず、LGBTQやその他のマイノリティの差別問題、難民受け入れや外国人労働者問題、国籍や国境をどう考えるのかといったより大きな視点がある。窮地に陥った3人を助けてくれる弁護士の恵や元入管職員の上原、マヤが幼い時からの親友のナオキや、入管施設で知り合ったクルド人難民申請者の息子ハヤトなど、多彩な登場人物がそうした視点を開いてくれる。終盤ではスリリングな法廷での対決もあり、ミユキさんとマヤも証言台に立つ。これまでの「思い出」が偽装結婚という決めつけを覆す「証拠」として提出され、家族に力を与える展開には胸が熱くなる。
 語り手マヤが話してあげたい「きみ」とは誰のことか。それはぜひ、本書を読んで確かめてほしい。入管行政はよく知らない「外国人」の問題ではなく、だれにとっても大事な「家族」の問題なのだということが、とても切実に伝わってくるのだ。

 

 

2022年1月書評王:山口裕之
著者の中島京子さんは某紙のインタビューで、自分にとって小説を書くということは「今、自分自身が生きている世界を理解して形にすることだ」と述べられていて、それがほんとうに現れている作品だと思います。

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直著

 「日本企業はイノベーション創出力が弱い」とよく言われるが、その一因として担い手の不足が挙げられる。イノベーション人材というと、ゼロから新しいアイデアを発想する「0→1人材」に注目が集まりやすいが、それだけでは、新しいものを生み出し、変革を起こすのは難しい。アイデアを実用に落とし込む「1→10人材」も不可欠なのだ。
 小説も、新しい世界を創出するという意味で一種のイノベーションといえるだろう。文芸評論家の川本直による小説デビュー作『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』は、二人のイノベーターによる、創作をめぐる葛藤の物語とも読める。主人公はアメリカ人男性ジュリアン・バトラーと、ジュリアンの同性愛パートナーであるジョージ・ジョン。十代の頃に、全寮制の寄宿学校で同室になった二人は恋に落ちる。その後、恋愛関係でなくなっても、ジュリアンが五十代で亡くなるまで二人は共に生きた。
 ジュリアンは、アメリカで同性愛がタブーだった一九四〇年代に、男性同士の恋愛を描いた小説を書いて海外でデビュー。同性愛をモチーフとした作品を精力的に発表する一方で、過激な発言や華美な女装、トルーマン・カポーティなど有名人との親交でメディアを賑わせた。パートナーのジョージは、寡黙で、ごく限られた友人にしか心を許さず、文芸誌の編集者としてキャリアを積んだのちに文芸評論家として書物と向き合う生活を送った。
 本書では、ジュリアンとジョージの最大の秘密が描かれる。きっかけは、ジュリアンが小説を書き始めたことだった。完成した作品を読んだジョージは、〈文体が酷い。(中略)結末も取ってつけたようだ〉と感じ、気がつくと文章を書き換え始めていた。寄宿学校時代にジョージは、ジュリアンが課題用に書く稚拙な文章を整えてやっていた。その延長線のつもりで行ったのだ。「0→1」タイプであるジュリアンの創作物を、「1→10」のジョージが作品として完成させたわけだ。
 これを知ったジュリアンは泣いて怒りをぶつけるが、すぐ〈「やっぱりジョージが書き換えた方がよかったかも」〉と機嫌を直し、「自分名義の小説として発表する」と宣言する。作品は『二つの愛』という書名で出版される。こうして、進め方は作品ごとに違うものの「メディアに出るのはジュリアン、作品を形にするのはジョージ」という創作スタイルが構築される。ジョージは晩年、手記で真実を発表。それを川本直が翻訳し、考察と共にまとめたのが本書『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』というわけだ。
「1→10」のジョージは、「自分がいなければ小説は成り立たない」という自尊心を抱いている。それは、有名作家となったジュリアンに対するコンプレックスの裏返しでもある。しかし、共犯歴が二十年に及ぶ頃、ジュリアンは完成形に近い作品のアイデアを音声で残す。録音を聴いたジョージは、内容の革新性に〈文字起こしすればそのまま小説になる〉と感じる。そして書き上がった『終末』に関して、ジュリアンは出版交渉もプロモーションも一人でやってのけた。ジョージは〈ジュリアンはもう私を必要としていない〉と打ちのめされる。「0→1」のはずだったジュリアンが、アイデア想起から運用までを一人でこなせる「0→10」になっていたからだ。
 自分の能力にプライドを持つのは大切なことだ。しかしそれは、「他人を下に見る」という感情と紙一重でもある。ジョージは、ジュリアンという天才を支配しようとするあまり、純度の高い矜持を忘れてしまった。相手へのリスペクトを保ちながら意見をぶつけ合い、質の高いイノベーションを起こすのは本当に難しいことだと気づかされる。
 さて、“訳者”の川本直は明らかに「0→10」タイプだ。その理由は、本書を一読すればわかる。豊穣な作品世界を最大限に楽しむために、どうかネットで事前に情報を漁ったりせず、できれば帯の文言も読まずに、川本によるイノベーションを体験してほしい。

2021年12月書評王:田中夏代
教育やビジネスの分野で活動するライターです。書評講座歴1年。普段手に取らない本との出合いが急増し、刺激を受けまくっています。