フランツ・カフカ様。あなたがこの世を去った1924年から100年余。生前はあまり評価されなかったとうかがっていますが、現在ではあなたの著作は世界中の人に選ばれていますね。さらに書き手の中にも、あなたが残した作品や言葉にインスパイアされて作品を創り上げた人が大勢います。
例えば、短編小説の名手として知られるアメリカの作家、スティーヴン・ミルハウザー。彼の短編集『高校のカフカ、一九五九』所収の表題作は、「もしもカフカが1959年のアメリカで高校生だったら?」という設定で書かれた中編小説です。物静かな高校生カフカが、授業中にも関わらずロシア文学に集中しすぎて先生に睨まれたり、気になる女子に声をかけそこなって意気消沈したり、子犬を虐待する青年に義憤から立ち向かっていったり。はたまた「自分は何を知っているだろう?」と繰り返し自問したり。ビビッドながらのどかな毎日が、カフカの人となりを語る同級生たちの言葉と共に綴られています。
のちの読者の中には、あなたを「不安と絶望を感じ続けて生きた人」と考える人も多いでしょう。でもそれは、19世紀末のヨーロッパでユダヤ系の家庭に生まれ、病気がちだったからこそつくられたパーソナリティなのでしょうね。「高校のカフカ~」の世界では、あなたは好きな読書を楽しみ、自意識に翻弄されながらもおおらかに生きています。そこに作者ミルハウザーの、あなたの本質に迫ろうとする真摯な思いを感じます。
あなたが訴え続けた絶望や不安に注目した書き手は少なくありませんが、日本の文学紹介者、頭木弘樹もその一人です。20歳で難病にかかり13年間も闘病生活を送った来歴の持ち主だけに、病弱だったあなたへの傾倒はかなりのもの。『絶望名人カフカの人生論』(新潮文庫)の編訳をはじめ、あなたに関する著作を多数上梓しています。中でも強い存在感を放つのが、『カフカ俳句』という一冊。あなたが書き残した短い言葉に自由律俳句(五・七・五や季語の制約がない俳句)の雰囲気を感じ取った彼は、あなたの短編小説や手紙、日記、ノートなどから言葉を拾い、俳句に見立てて味わう試みを本書で実現したのです。
〈鳥籠が鳥を探しにいった〉、〈可能性が息絶える〉、〈世間に逃げ込む〉……。どこかわかるような、でも状況を明確に説明しづらいフレーズを、編訳者の頭木は自分の体験も交えながらていねいに解説しています。例えば〈誰かの腕のなかに倒れたのは、どうもわたしらしい〉というフレーズには、〈貧血で倒れたとき、こんな感じがしたことがある〉と共感。彼が自分事としてとらえたくなるのは、あなたの残した言葉が心からのものだからでしょう。
『カフカ俳句』に収められた80の言葉のうち、チェコ人のミレナ・イェセンスカーという恋人に宛てた手紙からの引用は13もあります。ミレナとあなたがひんぱんに手紙を交わしたのは1年足らずですが、彼女への手紙は100通をはるかに超え、『ミレナへの手紙』(池内紀訳 白水社)などの形でまとめられています。ミレナからの手紙は現存しないけれど、フランスの作家、マリ=フィリップ・ジョンシュレーはあなたの手紙を深く読み込んで「ミレナが書いた手紙はどんなものだったのか」と想像力を振り絞り、『あなたの迷宮のなかへ カフカへの失われた愛の手紙』という書簡小説を生み出しました。
あなたがミレナと実際に会ったのは、ほんの数回だそうですね。しかし本作からは、手紙で気持ちをやり取りするからこそ愛が燃え上がっていく様子が、痛々しいほどリアルに伝わります。ミレナが憑依したような作者の筆致を、あなたはどう受け止めるでしょうか。カフカ愛に撃ち抜かれた? それとも、重すぎて自分には耐えられない? いずれにしても、あなたの作品や言葉に創作欲をかき立てられた作者ジョンシュレーの思いは、ミレナ本人の手紙に劣らず熱いはずです。
2026年1月書評王:田中夏代
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