書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

2020年に読んだ私的ベスト3

 新型コロナウイルス感染症の流行に翻弄された、2020年のプロレス界と私。生観戦のできない緊急事態宣言期間中に、プロレスへの関心を保つ助けとなったのが、『玉袋筋太郎のプロレスラーと飲ろうぜ』(白夜書房)だった。

玉袋筋太郎のプロレスラーと飲ろうぜ

玉袋筋太郎のプロレスラーと飲ろうぜ

 

  芸人・玉袋筋太郎が、構成作家椎名基樹とプロレスライター・堀江ガンツと共に、ゲストのプロレスラーたちと酒を飲みながらそのレスラー人生を掘り下げていく本書。登場するレスラーは、酒の入った状態で皆ぶっちゃけまくる。
 たとえば、1997年に女子プロレス界初の三冠王者となった井上京子。所属していた全日本女子プロレスのギャラ未払いに7ヶ月気づかないまま試合をしていたというエピソードにはじまり、若手時代に給料が安すぎてティッシュを食べて飢えを凌ぎ最近久しぶりに食べたら昔より甘い味のした話や、一緒に酒を飲んでいた先輩レスラーのブル中野が朝方に試合用のメイクと髪型のまま自動販売機の横で寝ていた話や、会社に内緒で学生プロレスの練習に参加してプロにはない技術を研究していた話など、彼女がシャンパンをあおりながら語るエピソードはそれぞれに面白さの質も違うから、読んでいて飽きがこない。
 なにより、ホスト役の玉袋が井上に〈もうたまんねえな。惚れちゃうね〉と漏らすように、最後にはどのゲストのことも好きになり、試合を見てみたいという気持ちにさせてくれるのが本書最大の魅力なのである。
 緊急事態宣言が解除されると、通常の興行も徐々に再開となる。そこで気になったのが、外国人選手たちの不在だ。日本人選手にはない身体能力やパフォーマンス力を持つ彼らのいない興行に物足りなさを感じ、入国制限が緩和されると、わざわざ隔離期間を経て参戦してくれることに頭の下がる思いだった。


 日本マット界で活躍したレジェンドレスラー10人の知られざる素顔と晩年を綴った斎藤文彦忘れじの外国人レスラー伝』 (集英社新書)は、そんなコロナ禍でも世界を股にかけて闘う外国人レスラーたちの心理を窺い知る手掛かりとなる一冊だ。

忘れじの外国人レスラー伝 (集英社新書)

忘れじの外国人レスラー伝 (集英社新書)

  • 作者:斎藤 文彦
  • 発売日: 2020/11/17
  • メディア: 新書
 

  一つの団体に定着すると勝ち続けて戦う相手がいなくなり飽きられるからと、世界各地をスポット参戦で周り続けた “大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアント。1975年にアントニオ猪木と60分フルタイムドローの激闘を繰り広げてから24年後、レスリングジムのコーチとして招かれて60歳で日本に引っ越してきた”人間風車ビル・ロビンソンなど、登場するレジェンドレスラーたちに共通するのが、一箇所に落ち着くことなく移動し続けることを厭わない性分だ。
 この性分は今の外国人レスラーたちにも脈々と受け継がれ、コロナに対する不安をも乗り越えて日本まで来ているのではないかと想像したくなる。
 声を張り上げ、密になってなんぼの競技であるプロレスは、2021年どんな展開を見せていくのか。どの団体も、感染者の発生による対戦カードの変更やライバル・因縁ストーリーの中断といった可能性を常に抱え、不確定要素の多いことは間違いない。


 『捻くれ者の生き抜き方』(日貿出版社)で、どんなテーマを持って試合に臨むのか、なぜこの技をこのタイミングで出すのかといった「整合性」の重要さを説き、〈プロレスの「適正」は、プロレスのことを考え続けられること〉だと記す著者のフリーレスラー・鈴木秀樹。この選手はコロナ禍のプロレス界において、イレギュラーな状況でもぶれずに力を発揮することで、頭一つ抜ける存在となりそうだ。

捻くれ者の生き抜き方

捻くれ者の生き抜き方

  • 作者:鈴木秀樹
  • 発売日: 2020/10/24
  • メディア: 単行本
 

  彼がフリーランスのレスラーとして生き抜く秘訣を語る本書には、ギャラ交渉における金額の算出方法やSNSとの付き合い方、団体やスポンサーとの関係性など、ビジネス書かと思うようなパートも含まれている。そんなプロレス本っぽくない一面にも、お決まりの展開を嫌うファイトスタイルの鈴木秀樹らしさが表れていていい。

 

2021年1月書評王:藤井勉
リアルサウンド ブック」で書評を書いております。
https://realsound.jp/tag/%e8%97%a4%e4%ba%95%e5%8b%89
共著『村上春樹の100曲』(立東舎)が発売中です。
http://rittorsha.jp/items/17317417.html

『言語の七番目の機能』ローラン・ビネ著 高橋啓訳

てえへんだ、てえへんだご隠居さん。
 まあ落ち着きなさいよ、八っつぁん。いったい何がそんなに大変なんだい。
 この前ご隠居さんに教えてもらった面白れぇ本があったじゃないですか。え―っと「斬新な手法の歴史小説として驚愕と熱狂を巻き起こした-」。
 おや、私が教えたそのまんまじゃないか。ローラン・ビネの『HHhH』(*1) だろ。ナチスの高官で非情な〈金髪の野獣〉と恐れられたハイドリヒの暗殺事件を題材に、〈執念深く神経質なまでに〉私見を除いて史実だけを忠実に再現する手法で、読者はまるでその現場に居合わせているような緊迫感を共有していくんだが、最後の最後に…いやぁ、あれは強く心を揺さぶられる傑作だったねぇ。
 それそれ。そのビネさんの邦訳第2作目となる『言語の七番目の機能』がついに出たんですよ。
 ―とまぁ、長屋の粗忽者の代表格八っつぁんと知恵者の象徴ご隠居風に始めさせていただきました、読楽亭評之輔でございます。
 え~改めてご紹介いたします。ときは1980年。フランスの哲学者にして記号学者のロラン・バルトが、翌年に大統領選を控えたミッテランとの昼食会からの帰り道、小型トラックに轢かれ亡くなりました。と、ここまでは史実そのまま。バルトについての〈最も詳細な伝記〉である『ロラン・バルト伝』(*2)でも、事故当時身分証を身につけていなかったなど幾つか不審な点はあったものの最終的には事故死と判断されたとあります。にも関わらずビネさんは、実はバルトは本作のタイトル〈言葉の七番目の機能〉をめぐる陰謀によって殺されたのだというのでございます。え、あんなに史実しか認めないとおっしゃっていたじゃあないですか。前作とは真逆のアプローチですかい、と言いたくなるのはほんの一瞬。荒唐無稽万歳。これが滅法面白いのでございます。
 バルト謀殺にはどうやら彼の専門分野である記号学が関係し、おまけに誰もが血眼になって奪い合う〈言語の七番目の機能〉の謎も解く必要があるらしい。というわけで、この捜査を拝命したのが、強面で少々品位には欠けますが判断力行動力は抜群の仏総合情報局のジャック・バイヤール警視。そして記号学の指南役として巻き込まれたのが、若き大学講師シモン・エルゾク。青白い顔をして頼りなさそうなシモン君ですが、初対面でバイヤールの身元や過去を鮮やかに推理してみせる場面は、かの名探偵ホームズとワトソン博士の出会いを彷彿とさせ、ビネさんの言う〈日常生活に溢れているものを文学のように解読する〉記号学の面目躍如といったところ。
 この即席バディのふたりがパリ、ボローニャ、NY州イサカ、ヴェネツィアナポリを駆け巡って、『007』のジェームズ・ボンドばりのカーチェイスや、秘密結社〈ロゴス・クラブ〉では言葉を武器に知の格闘技をやってのけ、スリルとサスペンスてんこ盛り官能シーンもありありの、ど派手な冒険活劇を繰り広げるのです。イタリアの記号学の大家ウンベルト・エーコも重要な役どころで登場し、彼が1980年に発表した中世イタリアの修道院での連続殺人ミステリー『薔薇の名前』(*3)へのオマージュが本作のそこここに見受けられるのも一興なんでございます。
 また、ミシェル・フーコーソレルスクリステヴァジャック・デリダ等々、フレンチ・セオリーと呼ばれた哲学運動における実在のスター級の面々による、政治や哲学、思想、歴史等々について交わされる饒舌で闊達な議論は本作の白眉ともいうべきところ。後に仏大統領となったミッテランは作中で〈真の権力は言語(ランガージュ)ですよ〉と言ってのけていますが、政治や落語の世界に限らず、言語が持つ計り知れない力を改めて実感できる作品なのでございます。老婆心ながら、最後の最後まで気が抜けませんのでご用心を、そして、変化していく語り手にもご注目あれと申し添えて本日は失礼いたします。お後がよろしいようで。


*1『HHhH‐プラハ、1942年』ローラン・ビネ著 2013年 東京創元社
*2『ロラン・バルト伝』ルイ=ジャン・カルヴェ著 1993年 みすず書房
*3『薔薇の名前ウンベルト・エーコ著 1990年 東京創元社 

 

2020年11月書評王:関根弥生

読書(特に海外文学)好きの落語家が、寄席演芸専門雑誌の書評欄「読楽亭評之輔のお薦め本コーナー」で書いているという設定です。どうぞごひいきに。

 

 

『白い病』カレル・チャペック著 阿部賢一 訳

 世界で四千万人の命を奪ったスペイン風邪は、第一次世界大戦の終息に影響したとも、また第二次世界大戦の火種にもなったともされている。いま猛威を振るっている新型コロナウイルスは、世界を、社会を、どのように変えるのだろうか。
 パンデミックが及ぼす影響を考えようとするとき、非常に興味深い作品の新訳が刊行された。「ロボット」の語源ともなった作品でも知られるチェコの国民的作家、カレル・チャペック(1890~1938)が1937年に発表した戯曲『白い病』だ。
 今まさに隣国に侵略戦争を仕掛けようとしているヨーロッパの独裁国家で、ある病が〈雪崩のように広がっている〉。〈白い病〉と呼ばれるその病気は、45歳もしくは50歳以上の人間に感染し、数ヶ月のうちに死に至らしめる。予防法も治療法もなく、すでに500万人が亡くなった。国の枢密顧問官を務めるジーゲリウス教授の病院でもなすすべがなかったところへ、名もなき町医者・ガレーンが現れ、この病院で臨床試験をさせてくれと訴える。治療費の払えない患者だけを集めた病室で奇跡的な治療成果をあげた彼だったが、一方で金持ち、権力者は診ようとせず、肝心の薬についての情報も渡さない。集まった記者に、彼は告げる。〈こう書いてください……この薬を入手できるのは……二度と、二度と、二度と戦争をしないと誓う民族だけだと〉。
 病気を人質に戦争放棄を訴える〈ユートピア的な脅迫〉者。「あなたは、人が亡くなるのを放っておくのですか?」と問う記者に、「では、人々が殺し合いをするのを、あなたは放っておくのか?」とガレーンは答える。権力者は脅し、なだめ、すかして治療法を明かすように説得するが、ガレーンは頑なに聞き入れない。そうこうするうち、軍需産業のトップも病に罹患し、ついにこの国の統治者にして戦争を主導する元帥にまで病の手が伸びる。元帥の選択は、民族の勝利か、それとも命か。
 第二次世界大戦前夜、ナチス支配下の隣国ドイツからの圧力が日に日に強まるなかで発表された本作は、プラハの貴族劇場で初演が行われ、単行本としてもわずか二年で九版を重ねたという。この新訳は、新型コロナウイルス感染拡大のさなかに訳者のウェブサイトで数場ずつ公開され、それが版元の目にとまっての緊急出版となった。戯曲とはいえ非常に読みやすい訳で、ボリュームも文庫で150ページほど。いまこのタイミングで、いま生きている日本語で読めることに感謝したい。
 80年以上前に発表されたこの作品が今日に響くのは、疫病がもたらす「分断」を描いているからだ。親世代は死の恐怖におびえて〈恒久平和〉を求めるが、この病に冒されることのない若者たちは上の世代の退場によって職を得られるのを期待し、〈正義は我々の側にある〉という元帥の演説に魅惑されて戦争を求めている。2020年のこの世界でも、おもに貧しい者が犠牲となり、必死の努力をつづける医療従事者がいる一方で、「GOTO」で「無限くら寿司」を満喫する人、果ては人気取りをしたり税金を私物化したりするチャンスと考えているのではと勘ぐってしまう政治家さえいる。疫病は、世界の構造を無残に浮き彫りにするのだ。
 本作は〈反ファシズムのメッセージを鮮明にする作品として読まれてきた〉と訳者後書きにある。ファシズムは独裁者ひとりだけに責があるものではなく、行動に伴う責任を積極的に為政者に預け、「正義」の名の下に「敵」を排除する喜びに身を任せ、集団への帰属感に陶酔する「群衆」がいてはじめて完成するものだということが、近年の研究で明らかになってきている。本作の結末は、じつは独裁者ではなく、「群衆」が決定している。新型コロナウイルスがもたらすものが何になるか。それは私たち一人ひとりの意思と選択にかかっているのだということも、この作品は伝えようとしているのかもしれない。

2020年12月書評王:山口裕之

書評講座14年生になりました。今年のおせちはローソン100円ストアでどれだけ揃えられるかにチャレンジする予定。

白い病 (岩波文庫)

白い病 (岩波文庫)

『突囲表演』残雪 著 近藤直子 訳

聞き手(以下「聞」):こんにちは。書評人生相談です。まずご年齢をお聞かせ下さい。
相談者(以下「相」):私の年齢より、われらが五香街によそからやってきたX女史のそれについてお話しましょう。
聞:X女史?
相:全長5キロそこそこの街に、X女史は夫と子供の三人でやってきました。煎り豆屋を営み、年齢は22〜50歳位まで<少なくともしめて二十八通りの意見>があるのです。
聞:それは気になりますね。
相:容姿がセクシーという人もいれば、首筋に老いが見られるとか戸籍を見たという証言も。煎り豆屋の仕事の傍ら、怪しげな巫術に夢中で、そのX女史がQ男史とW不倫であることがわが街全体の関心事となっています。
聞:Q男史はどういう方ですか?
相:よき夫よき父です。妻と子供ふたり、絵に書いたような心温まる家庭だったのですが、X女史の罠にハマり、突然ゴムまりをつきまくる奇行も目立つようになりました。
聞:ところで今回のお悩みは?
相:私は今回の姦通事件について人々から証言を聞き出し、街の会議にかけてさらに検証しています。私は<幾多の試練を経た個性と才気溢れる現代芸術家として>、この出来事を丁寧に書き留めています。街に入り込んだ異分子であるX女史は、住民たちが尾行したり噂話をしてもどこ吹く風という様子。そんな彼女を盲信したり、今回の桃色事件を追っかける輩がおります。一方で、この問題を特別視してしまうと<まるでわれわれが彼らを重視し、問題にしているようで、ふたりをかえって大物にしてしまうではないか>と危惧する住民もおり、<われわれの生活が彼らを中心に置き、われわれの歴史が彼らによって創造されたような具合になってしまう>と危機感を覚えています。
聞:なるほど。今日は“あなたの心に付箋をつけます”でおなじみの、マダムポストイット先生にお越し頂きました。
マダムポストイット(以下「マ」):あなたの話、ちょっと不可解なのね。あなた、本当にその街を愛しているの?ひいては自分自身を愛することができているのかしら。
相:なんのことですか?わが五香街は<整然たる秩序の在り処>であり、<多種多様な思想観念と個体を受け入れてきた組織>で、相手を徐々に同化させていく、実に他人に寛大で懐の深い愛すべき街です。そして私は<一貫して公正な立場から、このことの発端について客観的な描写をしたい>と考えてきただけです。しかしX女史の<無法きわまるやり口には、みなはらわたが煮えくり返り、今に思い知らせたい>と。彼女はわれわれの、古来からの優美で伝統的な言葉、例えば<業余文化生活>のことも、あんな露骨な言い方をして。この街の文化を冒涜している!
マ:あなた自身の中に、この街を誇らしく思うしかない、どこか切羽詰まった感情を読み取ってしまうんです。X女史がどうのQ男史がどうのというのは表面上の理由でしかない。むしろ彼らに対しての憧れにも似た、自身に対する問いかけにも似た・・。
相:いや、これはどこまでいってもX女史という人物の問題なんです。
マ:あなたは、とても優秀ですばらしいと自負しているにもかかわらず、誰にも認めてもらったことがないんじゃない?
相:それはX女史のほうです。彼女は私のような天才を攻撃する意見を言うけれど、それは<心の底で常に、いつか人々に承認されたい、天才と肩を並べたいと思っているから>なんです。なんなんですか、わが街の恥をさらしてまで相談したというのに。
マ:己の内面を素直に見つめないと、この事件を延々と書き続ける事になるでしょうね。
聞:はい、とても良い場所に付箋をつけて頂きました。ちなみに<業余文化生活>って?
相:「一発やる」ことだよ!

 

2020年11月書評王:森田純
いずれにせよパンケーキと人生相談が好きなんじゃないでしょうか。

 

突囲表演 (河出文庫)

突囲表演 (河出文庫)

  • 作者:残雪
  • 発売日: 2020/09/05
  • メディア: 文庫
 

 

『忖度しません』斎藤美奈子著

 「忖度しません」とあらためて言われるまでもなく、そりゃしないでしょ、してこなかったでしょ、と思ってしまうのが斎藤美奈子という書き手なのだ。森鴎外から辻仁成までを「望まない妊娠」というキーワードで斬ってみせた『妊娠小説』(筑摩書房)で単行本デビュー。『紅一点論』(ビレッジセンター出版局)、『物は言いよう』(平凡社)といったフェミニズム視点の評論、恐れ知らずにも1960年代から2010年代までの文学を概観する『日本の同時代小説』(岩波新書)などの評論だけでなく、時事問題をとりあげる東京新聞「本音のコラム」でも抜群の切れ味。『忖度しません』は話題のニュースや現象を、3冊の関連本で論じるという連載のまとめ。書評としても時評としても読める42本の論考が収められている。
 まず目を引くのが、採録されている分野の幅広さ。政治、社会問題、経済、歴史から沖縄・アイヌ、LGBT、もちろんホームグラウンドの文学まで、紹介される本の広がりが圧倒的だ。時事的なものに限っても、目次を見るだけでも「この5年間、いろいろあったな」と思ってしまう。格差は広がり、右傾化がますます進行し、東京五輪は風前の灯火で、果てはコロナウイルスときた。ただ、斎藤美奈子は現状をただ悲観するのではなく、この現在にいたった理由やそれを変える対策を、本の中から探そうとする。
 対象への距離感が絶妙だ。対立する相手を馬鹿にしない。たとえば価値観を絶対に共有しないだろう安倍政権を擁護する言説にだって、それを「反知性主義」と揶揄する本には〈手の込んだやり方で「バカが世の中を悪くする」といいたいだけ、に見えるんですけどね〉と痛烈に批判。安倍政権が7年8か月も続いたことにだって理由がある。願望に沿って世の中を見るのではなく、今ある事象そのままを見ようとする現実主義が本書には貫かれている。
 あるテーマに沿って「3冊紹介」というスタイルが、著者のバランス感覚を際立たせている。ときには反対の主張をしている本を同時に取り上げる。たとえば「隠れキリシタン」が信じていたのは〈従来の神仏信仰の上に、さらにキリシタンという信仰要素をひとつ付け加えたにすぎなかった〉ものなのか、いやいや〈宣教師との接触が断たれる前のキリシタン信仰の要素がそのまま継承され〉たものなのか、両方の本をとりあげて「さあ、困った」「どちらも本当なんじゃないか」「人によっても時と場合によっても異なる。それでよくない?」とする。鉄道の行く末について「経営多角化で解決!」とする本と「鉄道は公器であって、会社が存続するだけじゃ意味ないでしょ」とする本を同時にまな板にのせたうえ、残る1冊に希望を見いだす。こうした態度に触れると、1冊読んだだけでわかったふりをしてはいけないと、自分を戒めたくなる。
 そして本書の何よりの美点は、紹介されている本を「わからせた」うえで「読みたくさせる」ことだ。著者には名作の「最後の一文」をとりあげて書評する『名作うしろ読み』(中央公論新社)や、週刊誌の文芸時評をまとめた『文芸誤報』(朝日新聞出版)といった単行本もあるが、正直1冊1000字の世界では物足りない。それが本書では3冊紹介して7ページ(約5000字)。このくらいあってはじめて本の中身が論じられるのではないか。そして表現もうまい。「源氏物語」の現代語訳(角田光代訳と、英語訳を日本語に戻したA・ウェイリー版)を紹介する一編では〈新しい翻訳の最大のメリットは、現代人の感覚にフィットした日本語でスピーディーに読めることで、すると、ドローンで物語を空から眺めるような感覚が獲得できる〉って、おー獲得したい!となるではないか。
 書評集とは「ああ、おもしろかった」と閉じるものではなく、ここから出発するためのものである。『忖度しません』は、現状を肯定してくれる甘言にすがるのではなく、自分を広げていこうという気にさせる1冊なのだ。

2020年10月書評王:山口裕之

異動で突如忙しくなり、 月-金は13時間会社に います。ワークアットホームって何?

忖度しません (単行本)

忖度しません (単行本)

  • 作者:斎藤 美奈子
  • 発売日: 2020/09/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

『アムラス』トーマス・ベルンハルト著 初見基・飯島雄太郎 訳

(嵐か鳥の羽ばたく音か重い扉の音。灯りに男1が浮かび上がる。同じ背格好の男2を背負っている)
ヴァルター、聞こえるか?ヴァルター。〈わたしたち〉は幽閉された。この塔の闇の中に。さあ、此処に座って。(男2を座らせる)鎧戸を開けて見るがいい。どうだ?〈奇形にされた林檎の樹〉が〈曲馬団の天幕〉が見えるか〈生存する不快感を催す人の群〉が!沈黙だ…。ああ、駄目だ駄目だ発作だ。お前の死病よ。〈ティロール癲癇〉は悪化するばかりだ。わかるか?案ずるな、此処はアムラスの闇を愛する叔父の塔の中だ。〈わたしたち〉は保護されている。
3の付く月の3の日〈わたしたち〉は謀り間違えた。父の事業の零落と母の死病とお前に遺伝した病。故郷ティロールの〈精神の高山性近親交配のなか〉に。充分な錠剤とグラス。〈1羽の死んだ猛禽が街路へ墜落した〉〈巨大化するばかりの鳥が〉〈絶望して辺りの壁にぶつかりながら〉。〈計画通り〉両親は死んだ。〈わたしたちは〉残った。〈一糸まとわず、馬用の毛布2枚と犬の毛皮に包まれ〉。自殺と自殺未遂の時間の差を誰かが喧しく言い立てている。案ずるな、そして怖気付け、ヴァルター。わたしは〈ヴァルターとわたし〉を此処に、この塔に幽閉する!
さあ、ヴァルター。此処へおいで。くん製肉を切ってやろう。怖いのか?この〈アウクスブルクの小刀〉が、小刀の煌めきが。ならば貯蔵庫の林檎を齧って、歌ってくれ。また沈黙だ…。お前の音楽の素養よ。天性の芸術的精神の鋭敏よ!今や音楽は絶え沈黙だけが全てを歌っている。さあ藁のベッドを転げまわり、1つ年下の〈1点のしみもない肌〉に。19歳の身体のそこかしこに。互いに損傷をあたえ、〈悦びのあまりわたしたちの衣服、わたしたちのズボン、わたしたちのシャツを引き裂いた〉。塔の中の濛々とした埃が全ての感覚の呼びかけに舞い上がり。朦朧状態朦朧状態、〈わたしたちは〉〈道化とその相棒だ〉〈人間の中で燃える曲馬団の天幕の像〉だ‥‥。〈自然科学的〉宇宙の充足だ!
ねえヴァルター。『行く』を読んだか?癲狂院に入ったカラーの代わりにエーラーと歩くことになった〈わたし〉。思考することやカラーが発狂した顛末についてエーラーは延々と話し続ける〈?とエーラーは言った〉〈?とエーラーは言った〉。徐々に〈カラーは言った〉とエーラーが言い出すから〈〈カラーは言った〉とエーラー言った〉と〈わたし〉語ることになる。人が思考することなどは、いつか誰かが思考したことに違いはない。癲狂院に行ったのが、エーラーでもわたしでも話しとしては成立はするはずなんだ。無論〈わたしたち〉でも。とても滑稽でとても怖い小説だよ。作家の名はトーマス・ベルンハルト!〈わたしたち〉を産み落とした奴め!ふん。
ねえ、ヴァルター。この塔には小さな頃、入ったことがあっただろう?この叔父さんの塔に…。ヴァルター、父さんと母さんの声だ。ほら、僕たちを呼んでいる。迎えに来たんだ。窓から見て。ああ、ヴァルターの誕生日の時みたいな声だ。見える?手を振っている?
〈何にもない!〉(男2が叫んだように)
…今、何て言った‥‥。
今、何て言った!ヴァルター!さあマントを被るんだ、すっぽりと。そして階段を上れ!1段目には〈癲癇電気椅子〉!お前の席だ上れ!その上にたくさんの顔。父と母と〈わたし〉と。ティロールの亡霊たちの墓を上って行け!その先の楽譜の束を、今はもうないお前の楽譜を踏みつけ曲馬団のリズムで進め!
塔の天辺に立つお前は。ヴァルター。鴉鴉鴉。鋭い嘴の、透明な目の、しなやかな漆黒の、鴉鴉。ティロールに影を落とす巨大な鳥の羽で飛べ!いや飛ぶな、待つな待て、行け!早く飛ばないか!飛べ飛べ飛べ!‥‥。
(人影が窓の向こうに弧を描く様に消え。溶解する灯りの中 )
ヴァルター!
〈そして鐘の音がひとつひとつ〉
〈どうしてぼくたちはまだ生きなければならないのか〉
―幕―
*ヴァルター役(男2)は人形を用いるのが望ましい。

(試みとしての ひとり芝居による書評)

2019年12月社長賞:成毛満千子

アムラスは兄弟の話です。書評では兄弟と言うキーワードは出しませんでした。その方が良い気がします。兄の一人称小説なのですが、もし弟のヴァルター目線で書かれていたら、まったく違う話になったんだろうなと思います。それがこの小説の素晴らしいところです。

アムラス

アムラス

「アベノマスク」になったガーゼにおすすめする3冊

 あなたたちが誕生したとき、どんな形に裁断・縫製され、どんな用途で誰のもとで過ごすのか、どこかわくわくしながらまだ見ぬ未来に思いを馳せていたのでしょうか。あまく撚った糸を粗めに平織りし、ふんわりと仕上げられ、誰かの傷を覆ったりデリケートな肌を保護したり、人々の生活にそっと寄り添うことのできる存在になりえるはずでした。
 赤ちゃんのおくるみや産着になる可能性もあったでしょう。2016年にアジア人初の国際ブッカー賞を受賞した韓国人作家ハン・ガンの『すべての、白いものたちの』は、〈白いものについて書こうと決めた〉で始まり、目録と称して〈おくるみ うぶぎ しお ゆき・・・〉と白いものが並べられます。粉雪が舞い降りるような静かな書き出しと、続く語り手の〈傷口に塗る白い軟膏と、そこにかぶせる白いガーゼのようなものが私には必要だったのだと〉という一文が何かに傷ついた人の痛みを予感させます。語り手の〈私〉は、ワルシャワにしばらく滞在する事になった韓国人女性。〈私〉の母が若い頃、丸いお餅の〈タルトックのように真っ白で美しかった赤ん坊〉を出産し、2時間で死んだと語られます。白い産着を着せて〈しなないでおねがい〉と娘に呼びかけ続けた母。かつてナチスにより破壊されたワルシャワの街と、2時間しか生きられなかった姉の運命を重ね、もし〈彼女〉が生きて、この街を歩いていたらどんな風にこの世界を見たのだろうかと、いくつもの白いものたちとともに語られます。
 あなたたちが配られる。誰もがエイプリルフールのネタだと思ったあの日、それは嘘のような本当の話でした。武田砂鉄著『わかりやすさの罪』では、わかりやすさが常に求められ、わかりにくいものが排除されることへの違和感と〈わかりやすく考えてみようよと強制してくる動きに搦め捕られないようにしよう〉という著者の抗いが綴られています。〈自分にわかりやすく見えているものだけが世界であるとする人たちが国を動かしているというのは、実に怖いことである〉。給食当番マスクのような佇まいとなったあなたたちを約4ヶ月間、意固地になって口元につけ続ける日本のトップの姿が確かにありました。
 全国に散らばったあなたたちは今、どうしていますか?〈この国から「おじさん」が消える〉の帯が印象的な松田青子著『持続可能な魂の利用』では、「おじさん」から少女たちが見えなくなり、少女たちは「おじさん」から常に見られる存在であることから解放されるというエピソードで始まります。「おじさん」はある年齢層の男性に限らず、若者にも女性にも存在する家父長制や男尊女卑的な思考を持つ人。男性優位の社会で、理不尽な理由により退職に追い込まれた30代の敬子は、この社会に違和感を覚えながら、ここ数十年、日本で主流の量産型アイドルのうち欅坂46を連想させるグループに出会い、笑顔が求められるアイドル業界にあって何かに抗うような目をしているセンター〈XX〉にハマります。どのグループも同じ一人の「おじさん」にプロデュースされていることを承知の上、のめりこみ〈「おじさん」が作ったこの社会の悪意にからめとられて〉しまわないよう、敬子は仲間と共にこの〈おっさん地獄〉に、ある方法で抗う決意をするのです。
 コロナ禍でのマスク不足で、とりあえず何でもいいから配布すれば国民は納得すると本気で「おじさん」が考えた結果があなたたちでした。マスクであるはずなのに巷では活用法が検討され、靴磨きにいいとか、お地蔵さんの着用によりほっこりアイテムになるだとか。『すべての、白いものたちの』に〈汚されることのない白いものが私たちの中にはゆらゆら揺れていて、だからあんな清潔なものを見るたびに、心が動くのだろうか?〉という一文があります。あなたたちは悪くない。あなたたちを携えて「おじさん」たちの罪を後世に語り継いでいかなければなりません。

2020年9月書評王:森田 純

間違ったら、躊躇なくスピード感を持って全身全霊で軌道修正できる人でありたいです。

すべての、白いものたちの

すべての、白いものたちの

わかりやすさの罪

わかりやすさの罪

持続可能な魂の利用

持続可能な魂の利用