書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

【作家紹介シリーズ】高瀬隼子

隊長:それでは順に、捜索結果の報告をお願いします。今回の捜索対象は高瀬隼子作品ということで、第43回すばる文学賞受賞作の『犬のかたちをしているもの』(*1)や、第165回芥川賞候補作「水たまりで息をする」(*2)など、数こそまだ少ないものの、興味深いフィールドワークとなったのではないでしょうか。

隊員1:はい!モチーフ担当の隊員№1です。私は〝犬″と〝祖母″を採取してきました。デビュー作『犬のかたち―』の主人公薫は、卵巣の病気を抱え<セックスがしんどい>。それでも<薫が好きだから大丈夫>という郁也とセックス抜きの半同棲を続けていましたが、ある日郁也の子どもを宿したというミナシロさんが現れ、〈子どもをもらってくれませんか〉と申し出てきます。

隊長:性交のもつ両面、愛情表現と生殖が分裂しちゃったわけね。そこに〝犬″?

隊員1:薫にとって今は亡き飼い犬ロクジロウに注いだ愛情が最大値で、常にそれと比較してしまう。不在の犬の存在が物語を支配しているんです。作者の実体験も投影されていると思われ、エビデンスとして飼い犬の思い出を綴ったエッセイ「犬と散歩をした話」(*3)があります。

隊員2:え、ちょっと待って!プロフィール担当の隊員№2ですけど、そこエッセイから持っていっちゃいます?

隊員1:作家が描こうとしているものを捜索するんだから、小説もエッセイも未分化ということでいいんじゃないっすか?

隊員2:そしたらプロフィール担当は、ただの経歴紹介でしかないじゃん。1988年生まれ愛媛県出身。立命館大学文学部在学中から<高瀬遊>名義で同人誌に作品を発表してきた、ぐらいのことしか採取報告ができなくなっちゃう。

隊員3:まあまあ。せっかく高橋源一郎センセイの対談(*4)でのひと言から結成された、我が捜索隊じゃないですか。ケンカはやめましょうよ。

隊員1・2:(むっ。小さい声で)ひとりだけいい子になっちゃって。

隊員3:ああ、〝いい子″の閉塞感やそこからの脱出は大きなテーマになっていますよね。申し遅れました、テーマ担当の隊員№3です。

隊長:いや、テーマに移る前に二つ目のモチーフ〝祖母″はどこいったの?

隊員1:すいません。〝祖母“の採取フィールドは彼氏が途絶えたことがない華やかな美貴花と恋愛に興味がない澄子、幼馴染みのふたりの友情を描いた<高瀬遊>名義の「隣の家の子」(*5)です。澄子の祖母は澄子の母を罵倒するわ殴るわで、しかも父はそれを見て見ぬふり。高瀬作品で〝祖母″は憎悪や、古い因習を押し付けてくる世間の象徴として描かれることが多いですね。エッセイ「かわいい顔の人」(*6)には、〈かわいい、いい子〉の孫娘(=高瀬)に<女の子なんだから>で始まる数々のジェンダーバイアスをかけまくってきた祖母への憎しみと、それが小説を書く強い動機になっていることが記されています。

隊長:なるほど。で〝いい子″問題に戻ると。

隊員3:はい。〝いい子″の鬱屈が堰を切ったときの怖さを切れ味鋭く描いた「いい子のあくび」(*7)では、女性であるがために軽んじられたりする場面が多く見受けられました。でも、芥川賞候補作の「水たまり-」では、ある日から入浴することを止めてしまった夫が、いとも簡単に社会からこぼれ出てしまう様を妻の視点から描いているんです。もはや男女問わず、社会が要求するルールに従い続けることの困難さは増すばかり。その中で高瀬隼子は女であることで侮られたり、男であることで強いられたりすることにもう迎合しない、身勝手な許容を強いる圧力に従わないぞと高らかに、でも繊細に宣言しているのだと思います。

隊員2:すみませ~ん!プロフィールもう1個ありました。かなりの緊張しいで下痢体質(*8*9)!

隊長・隊員1・3:締めがそれってあんまりなんじゃ…。

*1『犬のかたちをしているもの』2020年 集英社
*2「水たまりで息をする」『すばる』2021年3月号
*3「犬と散歩をした話」『新潮』2020年2月号
*4「受賞対談 高橋源一郎×高瀬隼子」『青春と読書』2020年3月号
  この時の高橋センセイの発言により本捜索隊が結成された。<書いた人間は書いたことにしか関与していない。あとは、そこに何があるか捜索隊が出て発見すればいいんです>
*5「隣の家の子」高瀬遊『京都ジャンクション11』2017年11月
*6「かわいい顔の人」『文學界』2021年6月号
*7「いい子のあくび」『すばる』2020年5月号 
*8「わたしの正直な体」『青春と読書』2020年1月号
*9「生き残る・腹をなでる」高瀬遊『京都ジャンクション14』2020年11月
 

2021年7月書評王:関根弥生
 私も高瀬氏に劣らぬ下痢族です。緊張度の高い場面ほど危険性は上昇。なにしろ子どもの入学式でも中座した私です。ここ書評王の島には「便秘で悩み苦しむ人におすすめしたい3冊」という名書評が上陸していますが、これで両派が出揃いました。とても嬉しいです。