書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

『小説伊勢物語 業平』高樹のぶ子著

初読のオレ:ようやく『伊勢物語』がどういう話なのかわかった。
再読のオレ:これまで受験勉強的にというか、断片的にしか知らなかったもんな。
初読:和歌に短い状況説明がついてる「歌物語」形式で、平安期の有名歌人在原業平が出てきてってくらいしか。125段に分かれている独立した小話を「業平の一代記」として読めるように順番を組み替えて、一本のストーリーにしてくれたというのがありがたい。
再読:じゃあどういう話なのか、言ってみ?
初読:業平シックスティーンから55歳没まで、下は童女から上は白髪頭まで、いろんな女性を口説いたり浮気の言い訳したりするたびに和歌をつくって有名になったという話。
再読:頭いてぇ。も少し整理しようか。とくに印象に残った女性は?
初読:ふたりかな。一人目はのちに天皇に嫁ぐ藤原氏の箱入り娘、高子(たかいこ・17歳)。生まれは高貴なのに、思うままに市中を馬で駆けたいとかいうやんちゃ娘。当代きっての和歌アーティスト業平(34歳)がお近づきになろうと「いずれ文など届けたく」と迫ると「わたくしが欲しいものは、かたちばかりの文ではありませぬ。真心無くても、いかようにも言の葉は操れます」と突っぱねる。こりゃ、業平やられちゃうよね。迫った甲斐あって思い通じるが、身分の違いもあり、業平は駆け落ち同然に高子を抱えて京を飛び出すんだけど、油断したすきに追っ手に取り戻され、地団駄踏んで大泣きしつつ一首よむ。
再読:冷静に考えると、そこで一首がマジスゴイ。
初読:で、もう一人は伊勢神宮斎宮の恬子(やすこ)。もちろん未婚でないと務まらないお役目だし、帝の代わりに神に仕えているんであって、その任期中にいたしちゃうとかヤバイ。もともと自分の妻の父の姪という関係で、20歳以上離れてるのに、童女の内にツバつける的な描写があって背筋がぞわってくる。
再読:結果的には振られるんだけど、あとから子どもができたのがわかって、背筋どころか首筋が涼しくなるよな。
初読:で、伊勢物語はだいたいOKかなと。
再読:OKじゃねぇよ。「小説」であって「現代語訳」じゃないって意味わかってない。
初読:えー、どこが?
再読:最初に自分で「短い状況説明」って言ったよな? 原文では数行しかないのを、著者は何十倍にも膨らませてるわけ。たとえば2段の「西の京の女」。川上弘美の現代語訳(※1)では和歌の解説まで入れても250字程度なのに、本書では約1万字ある。
初読:40倍か。そりゃまるごと創作だな。
再読:もひとつ、解釈の問題。もともと原文は「男がいた」「女がいた」としか書かれてなくて、この「男」は誰かというとあらかた業平でいいだろうとしてもだ、じゃあ女は? いろいろだろうというのが従来解釈。でも、著者はこの「女」も10人くらいに集約しちゃったわけ。たとえば前半のヒロイン・高子が登場するのは3~6段と65段の全5段というのが従来解釈とすれば、本書では13段、26段、53~57段、ついでに76・100・106・110・116段もぜんぶ「女=高子」で読み解いている。こじつけとまでは言わないが、かなりの豪腕ぶり。
初読:お前それ、どうやって数えたの?
再読:出てくる和歌は変わってないから、モトと付け合わせた。で、そうすると伏線がつくれたり、回想を挿入できたりするし、なにより業平にすごい人間味が出るというか、少なくとも節操のないかんじがだいぶ減る。
初読:今なら10人でもすごいが、平安だしな。光源氏のモデルという話も有名だよね。
再読:臣籍降下されたコンプレックスで身分が上の姫を求めるところとか説得力ある感じに脚色されてるし、源氏物語をさらに本歌取りする解釈もあって、そういうところも「小説」ならではの読みどころ? 
初読:再読がおもしろそうでよかったよ。
再読:マンガでは木原敏江さん(※2)が描いてるけど、これ原作で新たにどうよ? 海野つなみさん(※3)とか、水城せとなさんとか(※4)、久保ミツロウさん(※5)とか? さらに解釈上乗せで、楽しくしてくれそう。
初読:妄想乙。


※1 『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集03』(河出書房新社)に収録。
※2 『伊勢物語』(集英社)。高子、恬子の顛末のほか「筒井筒」「九十九髪」など5編を収録。言わずと知れた花の24年組。代表作は『摩利と新吾』ほか多数。
※3 時代的背景も織り込んだ上で女性側の自意識をきちっと描写してくれそう。代表作に『逃げるは恥だが役に立つ』(講談社)。
※4 業平がナメてる恋愛の「恐ろしさ」を存分に描いてくれそう。代表作に『失恋ショコラティエ』。(小学館
※5 業平の“ダサさ”“かっこ悪さ”に焦点を当てて、一周回って好きになれるキャラを作ってくれそう。代表作に『モテキ』(小学館)。

2020年7月書評王:山口裕之

すんません、これ「初読・再読」というシリーズで、書評講座では継続的に出しております。最初は面食らうかもですが、自分の読んだ感想を素直に書けるフォーマットとして、重宝しております。

小説伊勢物語 業平

小説伊勢物語 業平