書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

『ふぞろいの林檎たちⅤ 男たちの旅路〈オートバイ〉 山田太一未発表シナリオ集』 山田太一著

 名シナリオとよい料理レシピには共通点がある。どちらも文字を追いながら作品を脳内で創り上げることができるところだ。レシピを読めば味や見た目、食感、匂い、温度をイメージできるのと同じように、物語に引き込まれる時間の中で、目の奥にモニターが浮かび、俳優たちが勝手にドラマを演じ始めてくれるのだ。
 そんな名レシピ……ではなくシナリオ作品が、執筆から数十年を経て公開された。作者は山田太一向田邦子倉本聰と共に1970年代から’80年代にかけてのテレビドラマ黄金期を担った脚本家だ。きっかけをつくったのは、文学紹介者の頭木弘樹だった。頭木はこの大御所シナリオライターの全作品に関するインタビューを2017年から行っているのだが、山田邸の書庫で諸事情で映像化に至らなかった多くの未発表シナリオを発見したそうだ。うち数作品が今回、『ふぞろいの林檎たちⅤ 男たちの旅路〈オートバイ〉 山田太一未発表シナリオ集』として1冊にまとめられたのだ。
 収録作品は、松竹勤務時代に初めて書いた習作「殺人者を求む」、2時間サスペンス枠を想定した「今は港にいる二人」、NHKで放映された人気シリーズドラマ「男たちの旅路」第4部の第2話として書かれた〈オートバイ〉、そして「ふぞろいの林檎たちⅤ」(前・後編)だ。巻頭には、山田による「ボツ」という表題のエッセイも掲載されている。
 「男たちの旅路〈オートバイ〉」では、特攻隊の生き残りの警備員(鶴田浩二)とぶつかり合う若手警備員として、今や“ザ・相棒”の水谷豊がキャスティングされているのが目を引く。水谷は第3部まで「男たち~」シリーズにレギュラー出演していたが、初の主演ドラマ「熱中時代」が決まっていたため続投できなくなり、シナリオはお蔵入りになったという。この作品も「今は港に~」も「殺人者を求む」も、題材はともかく、テーマは決して古びていない。
 山田ファンにとって感涙ものは「ふぞろいの林檎たちⅤ」だろう。1983年から’97年まで4シリーズにわたってTBS系列で放映された8人の男女による群像劇「ふぞろいの林檎たち」は、その後のドラマに大きな影響を与えた作品。学歴コンプレックスやパワハラ、自分探しなど普遍的なトピックを詰め込んだ内容はもちろん、サザンオールスターズの曲が全編に流れる演出も人気を呼んだ。特に、1983年放映のⅠ(学生編)と’85年のⅡ(新社会人編)は大きな話題になった。
 ただ、「ふぞろい」シリーズに関して、心にモヤモヤを残す人は多いのではないだろうか。というのも、ⅠとⅡでは8人が一堂に会して感情をぶつけ合うシーンがひとつの見せ場になっていたのだが、ⅢとⅣではこの「集合シーン」がほとんど見られなかったからだ。そしてⅣ以降、シリーズ新作が放映されることはなかった。
 そこへ今回現れたのが、2003年頃に執筆された幻のⅤ。「林檎たち」は40代になっており、仲手川良雄(中井貴一)と水野陽子(手塚理美)が婚活パーティでばったり再会するところからドラマが始まる。驚きのカップルが誕生したり、あの人とあの人が元サヤに戻ったり、風来坊的だったメンバーが堅実に働いていたり。意外な展開もありながら、クライマックスで8人が集まる場面はしっかり押さえてあり、十二分に満足させてくれる。往年の視聴者は、これでやっと「ふぞろい」が完結した、と安心できるはずだ。
 Ⅴのシナリオ完成から20年が経ち、主演俳優たちは現在50代後半から70代。当時のキャストでのⅤ映像化は叶わないだろう。でも、悪いことばかりではない。優れたレシピから料理を想像して楽しむように、読者は既存の映像に縛られることなく。時任三郎石原真理子(現・石原真理)をいい感じの40代に仕立てたり、なんならまったく別の俳優をあてたりして、自分だけの「ふぞろい」を脳内で創れるからだ。例えば西寺実柳沢慎吾)役をディーン・フジオカに、なんて無茶振りも想像上なら問題なし。映像に縛られず自由に空想して楽しめるのは、山田氏には申し訳ないが怪我の功名、いや「ボツ」の功名だろう。

 

 

2023年11月書評王:田中夏代
書評王をいただいた直後、山田太一さんの死去が発表され喪失感でいっぱいに…。脚本家教室の最前列で山田さんの特別講義を聴いた時間を思い出します。1980年代刊行の長編小説『異人たちとの夏』がイギリスで映画化され、2024年春に日本でも「異人たち」として公開予定。頭木弘樹氏による全作品インタビュー本も、国書刊行会から遠からず出版される模様。じっくり味わいたいと思います。