書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

『蜂の物語』ラリーン・ポール箸 川野靖子 訳

 一九七〇年代前半に日本で放映されたテレビアニメを振り返ると、なぜか動物擬人化ものが目立つ。ネズミたちの船旅を描く「ガンバの冒険」や、アマガエルとトノサマガエルが恋に落ちる「けろっこデメタン」、ハゼの男子が主人公の「ハゼドン」、黒いヒヨコの成長譚「カリメロ」など、多様な生き物が日々、ブラウン管テレビの中で暴れ回っていた。先月の書評に登場したビーバーも、七五年放映の「ドン・チャック物語」で活躍している。
 擬人化アニメの中でも蜜蜂の存在感は際立っており、「昆虫物語 みなしごハッチ」と「みつばちマーヤの冒険」はどちらも人気を博した。ハッチもマーヤも外界で冒険を繰り広げるが、多くの蜜蜂は巣の中で一生を終える。階級に分かれて分業しながら社会生活を営むことから、蟻と同様に「社会性昆虫」といわれている。社会を形成するとなると、階級が異なる蜂たちの間で抗争があるのでは? などとさまざまに想像がふくらむ。
 社会性をもつ蜂の擬人化を極限まで推し進めた作品が、イギリス在住の作家ラリーン・ポールによる小説『蜂の物語』だ。舞台は古い果樹園にある蜜蜂の巣箱。巣の中では雌の働き蜂数万匹と一匹の女王蜂、少数の雄蜂が生活している。働き蜂はアザミ族やスミレ族など花の名前を冠した族に分かれ、頂点に君臨するのは女王の家系とされるサルビア族。女王は卵を産む神聖な役割を担い、雄たちは王女との交尾に備えて、働かずに蜂蜜や花粉ケーキをむさぼる毎日を送っている。
 働き蜂の間には“受け入れ、したがい、仕えよ”“完璧なのは女王だけ”といったスローガンが浸透し、社会の秩序を乱す者はただちに粛清される。陰謀が渦巻き、権力争いが繰り広げられる世界だが、友情や仲間意識も存在する。統制された近未来社会を描く小説『侍女の物語』の作者であるマーガレット・アトウッドは、自作と『蜂の物語』との間に共鳴し合う点を見いだしたのか、ツイッターで“Oddly gripping”(不思議と心をつかまれる)と賞賛した。
 物語の主人公であり、フローラ(植物)族という最下層に生まれた雌蜂フローラ七一七(通称フローラ)は、身体が大きすぎる規格外として誕生直後に警察蜂から殺されるところだった。しかし、サルビア族の巫女に賢さを認められ、フローラ族の本来の役割である衛生(清掃や死体処理)の仕事を免除されて育児蜂として働くようになる。その後、巣内を襲撃するスズメバチに果敢に立ち向かった功績を評価され、女官として女王に仕える。体内に卵が宿ったのはそのときだった。“子を産めるのは女王だけ”という厳格な掟に支配される世界で、フローラは持ち前の機転で新しい命を守ろうとするが……。
 花から蜜を集めてきた外役蜂による8の字ダンスや、育児蜂がつくる王乳(ロイヤルゼリー)の秘密、交尾できないまま冬を迎えた雄蜂の末路、越冬の工夫。本作では、蜜蜂の生態が緻密に紹介されるだけでなく、それぞれのトピックがプロットを転がす重要な要素として機能している。
 主人公フローラのキャラクター設定も、物語に深みを与える。賢く勇敢で、上層蜂からの圧力に屈せず自力で考えて行動する一方で、食欲にかられたせいでスズメバチに取り囲まれたり、自分の有能さを証明しようとして命からがらな目に遭ったりと隙も多い。そのフローラが、ときに罪を犯しながら大切なものを守り抜いて生ききる姿が熱い共感をもたらすのだ。蜜蜂の働き蜂の寿命は約一か月、冬季でも数か月と短いそうだ。読者は花に寄り添う蜜蜂に出会うたび、「自分はフローラのように凝縮した人生を全うしているか?」と自問することになるだろう。
 作者のラリーン・ポールは、イルカを主人公とした海洋小説『POD』を二〇二二年に上梓した。今回はどんな擬人化世界を見せてくれるのか、日本での翻訳出版が待ち遠しい。

2022年6月書評王:田中夏代
書評講座でひそかに続く「動物書評リレー」の1本として書きました。今後どんな生き物が登場してくるのか、とても楽しみです。