書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

便秘で悩み苦しむ人におすすめしたい3冊

書いた人:林亮子 2018年5月度書評王
韓国のドラマ、小説、映画が好きな30代。時折「ダ・ヴィンチニュース」(https://ddnavi.com)に書評記事を書いています。
Twitterアカウント:@ahirudada

 

・パク・ミンギュ「ヤクルトおばさん」(『カステラ』所収、ヒョン・ジェフン/訳、クレイン)
鹿島茂『モンフォーコンの鼠』(文藝春秋
伊藤比呂美『犬心』(文春文庫)

 

 出したいのに出ない不快感、出そうで出ない残便感、ある時突然襲う腹痛……一難去ってまた一難。乳酸菌?食物繊維?適度な運動?そんなものとっくに全て試している。それでもなお出ないから便秘はつらいのだ。そんな〈便秘族〉の皆さんのために、物語を読むことで自律神経を刺激し、大腸のぜん動運動を促そうというのが今回の目的である。
 パク・ミンギュの短編「ヤクルトおばさん」は、実際に評者が読んでいる最中に便意を催し、この書評を書くきっかけとなった作品だ。
 便秘で苦しむ語り手の〈僕〉。2週間経っても1ヶ月経っても、なんと3ヶ月経っても、一向に出る気配はない。トイレでいきむ際のお供は、友人に借りた〈『お笑い経済学』〉なる本。市場経済の真実が皮肉をもって語られており、読み進めていくと突如〈ヤクルトおばさん〉なる謎の存在が出てきて――。果たして〈僕〉の便秘は解消されるのか。注目すべきは、“こんなに便秘に苦しむ人間の心境に寄り添った小説はないのでは?”ってくらい便秘族に響く表現があちこちに散りばめてあること。〈憶えておいてもらいたい。あんたたちがどこで何をしていようが、今、ここに便が出なくて苦しんでいる一人の人間がいるってことをな〉は大腸に響いた。

 

カステラ

カステラ

 

 

  「ヤクルトおばさん」の〈僕〉はトイレで本を読みながら排便しようとしたが、そもそも現代を生きる我々の排便環境は恵まれている。そう思うことで便意を促すのにおすすめなのが鹿島茂の“一大汚物処理施設スペクタクル巨編”、『モンフォーコンの鼠』だ。
 19世紀、下水道も整備されていなかった時代のパリ。郊外にあるモンフォーコンには、市民の糞尿と、移動や運搬のために使った大量の廃馬がうず高く積まれ、悪臭を放っていた。更にその大量の汚物からは夥しい数の鼠が生まれ、パリ市民の脅威となることは時間の問題。おまけにパリの地下には、空想社会主義フーリエ一派が怪しいユートピアを作り上げていて……。公衆衛生学者パラン・デュ・シャトレ、警視総監アンリ・ジスケ、小説家バルザックなど、実在の人物がフィクションの世界を縦横無尽に走り回ることになる。
 19世紀パリだのバルザックだのフーリエ主義だのが出てくると、「フランスの歴史に詳しくないし……」などと肛門がきゅっと固く締まりそうだが、身構える必要はない。本作は、いってみれば、鹿島茂による渾身の“おふざけ小説”なのである。ミステリ、アクション、ホラー、エロ、何でもあり。仏文化学者としての確かな知識に裏付けられた描写と確かな“モンフォーコン愛”があるからこそ、読者にとって楽しめるものと成り得ているのだ。疾風怒濤のエンターテイメントに身を任せながら、この現代日本の広くキレイな個室で思う存分いきめる幸せを噛み締めよ。そうすれば大腸も反応してくれるかも。

 

モンフォーコンの鼠

モンフォーコンの鼠

 

 

 ……え?作者渾身の素晴らしい文学作品を排便に利用するな?作者に失礼だ?いやそれはあなた、うんこに対するリスペクトが足りないよ。もしかしたら、“うんこ=臭い、汚い”と忌み嫌ってばかりいるから、大腸の動きも固くなるんじゃないのか。そんな人には、伊藤比呂美『犬心』をすすめたい。本作は、筆者とその家族とペットたちの、世話と介護の日々を綴ったエッセイ集だ。本作には実によくうんこが出てくるのだが、単なるドタバタ奮闘記と思うことなかれ。〈シモの世話おそるるに足らずと、大海原に向かって足を踏ん張って立っているような気分である〉と綴るまでに至る筆者の生活は、排泄と向き合うことの大切さを教えてくれる。読後、〈排泄は、生きざまそのものだ〉との筆者の思いを噛み締めずにはいられない。

 

犬心 (文春文庫)

犬心 (文春文庫)

 

 

  以上3冊を紹介したが、評者としてはこれからも、便秘に効能のある作品を探求していきたい。そこで、今回紹介した作品を読んでみて、実際に排便に変化があったかどうか、感想をお寄せいただければ幸いである。