書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

ユーディット・シャランスキー『奇妙な孤島の物語――私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう55の島(増補改訂版)』

 〈文学の棚なのか、紀行エッセイの棚なのか、地図の棚なのか、書店が置き場に悩むような本である〉――訳者あとがきの冒頭にある一文は、本書を手に取った読者の戸惑いを見事に言語化している。視界に飛び込む鮮やかなライトブルーの表紙に惹かれて手に取れば、サブタイトルに「私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう55の島」とある本書。それだけですでに、本書が単なる孤島ガイドブックではなく、一筋縄ではいかない作品であることがうかがえる。

 著者のユーディット・シャランスキーは旧東ドイツ生まれの作家・ブックデザイナー。1989年、9歳でベルリンの壁崩壊を経験した彼女は、本書のはしがきで〈私は地図帳と共に大きくなった〉と述べている。ただ、愛読していた地図帳が東西ドイツを別々の頁に配置する〈イデオロギーに染まっていた〉ことにドイツ統一後に気付き、〈あれ以来、政治的な世界地図には疑いの目を向けている〉と言う。文、地図作製、装幀すべてを手がけた本書においても、欧米中心主義や植民地主義的思想に批判的な目を向けて作成したことが読み取れる。

 本書では、見開き2頁で一つの島が紹介され、右側の頁に島に関する文章と簡単な年表、左側に島の地図が描かれている。くすみのあるマットなブルーの海の中心に、一つの島だけがグレーの濃淡でポツンと描かれる。1平方kmに満たない小さな島であっても頁の中心に鎮座し(ちなみに本書では1km=0.5cm)、周囲には何も描かれない。まるで世界が孤島と海だけしかないような感覚に陥る、インパクトのあるデザインだ。また、地図上の地理名称もあえて言語統一していない。たとえば、日本領の「硫黄島」にある湾は〈Hiraiwa-wan〉と表記されているように。

 著者は2009年、初版である『奇妙な孤島の物語――私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島』で「もっとも美しいドイツの本」賞とドイツデザイン賞銀賞を受賞。邦訳は2016年に刊行され、この度、新たに5つの島を加えた増補版が登場した。

 見開きの右側の頁に書かれている文章は全て実話であり〈本書に記載されたすべてのテクストは、調査にもとづいている〉とのことだが、それらは決して孤島の魅力を伝え、行ってみたいと思わせるような内容ではない。

 〈島は天国だ。また地獄でもある〉と語る著者。周囲から遮断された孤島ならではの無垢さ、残酷さ、謎めいた奇習など全てひっくるめて淡々と綴る。たとえば、大西洋に浮かぶ「セント・ギルダ」では、どれだけ新生児が産まれても1~2週間で謎の死をとげ、とうとう無人島になってしまう。太平洋のソロモン諸島にある「ティコピア島」では、1200人の住民の食糧を守るため、次の家族を築いてよいのは長男のみ。他の兄弟が子を成せば殺される。太平洋にある「ピトケアン島」では2004年、島の成人男性の半分が何十年もの間女性と子どもに性的暴行を加えた罪により有罪判決を受けた。被告人たちは性的暴行につき、先祖代々おこなわれてきた慣習だと主張し、自己弁護したという。

 〈果てのない地球の端で招いているのは、手つかずのエデンの園ではない。その逆に、遠路はるばるやって来た人間たちが、ここで化け物になる〉と著者は言う。タイトルにあえて「生涯行くこともないだろう」と付けているのは、著者の孤島に対する畏怖を表してもいるのだ。

 さて、本書を書店のどのコーナーに置くかであるが、ガイドブックでは決してないこと、大いに想像をかきたてられる作りになっていることから、個人的には文学の棚に置いてほしい。もっとも、あえて紀行エッセイのコーナーに置いて、鮮やかな表紙に惹かれて手に取った人たちを、孤島が中心となった天国とも地獄とも言える世界へ誘ってほしいとも思う。

 

2022年5月書評王:林亮子

今回紹介した作品は、私自身、初版の時に知人から薦められた作品です。とにかくデザインが素敵なので、ぜひ実物を手に取ってご覧ください。プレゼントにも最適だと思います!