書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

『忖度しません』斎藤美奈子著

 「忖度しません」とあらためて言われるまでもなく、そりゃしないでしょ、してこなかったでしょ、と思ってしまうのが斎藤美奈子という書き手なのだ。森鴎外から辻仁成までを「望まない妊娠」というキーワードで斬ってみせた『妊娠小説』(筑摩書房)で単行本デビュー。『紅一点論』(ビレッジセンター出版局)、『物は言いよう』(平凡社)といったフェミニズム視点の評論、恐れ知らずにも1960年代から2010年代までの文学を概観する『日本の同時代小説』(岩波新書)などの評論だけでなく、時事問題をとりあげる東京新聞「本音のコラム」でも抜群の切れ味。『忖度しません』は話題のニュースや現象を、3冊の関連本で論じるという連載のまとめ。書評としても時評としても読める42本の論考が収められている。
 まず目を引くのが、採録されている分野の幅広さ。政治、社会問題、経済、歴史から沖縄・アイヌ、LGBT、もちろんホームグラウンドの文学まで、紹介される本の広がりが圧倒的だ。時事的なものに限っても、目次を見るだけでも「この5年間、いろいろあったな」と思ってしまう。格差は広がり、右傾化がますます進行し、東京五輪は風前の灯火で、果てはコロナウイルスときた。ただ、斎藤美奈子は現状をただ悲観するのではなく、この現在にいたった理由やそれを変える対策を、本の中から探そうとする。
 対象への距離感が絶妙だ。対立する相手を馬鹿にしない。たとえば価値観を絶対に共有しないだろう安倍政権を擁護する言説にだって、それを「反知性主義」と揶揄する本には〈手の込んだやり方で「バカが世の中を悪くする」といいたいだけ、に見えるんですけどね〉と痛烈に批判。安倍政権が7年8か月も続いたことにだって理由がある。願望に沿って世の中を見るのではなく、今ある事象そのままを見ようとする現実主義が本書には貫かれている。
 あるテーマに沿って「3冊紹介」というスタイルが、著者のバランス感覚を際立たせている。ときには反対の主張をしている本を同時に取り上げる。たとえば「隠れキリシタン」が信じていたのは〈従来の神仏信仰の上に、さらにキリシタンという信仰要素をひとつ付け加えたにすぎなかった〉ものなのか、いやいや〈宣教師との接触が断たれる前のキリシタン信仰の要素がそのまま継承され〉たものなのか、両方の本をとりあげて「さあ、困った」「どちらも本当なんじゃないか」「人によっても時と場合によっても異なる。それでよくない?」とする。鉄道の行く末について「経営多角化で解決!」とする本と「鉄道は公器であって、会社が存続するだけじゃ意味ないでしょ」とする本を同時にまな板にのせたうえ、残る1冊に希望を見いだす。こうした態度に触れると、1冊読んだだけでわかったふりをしてはいけないと、自分を戒めたくなる。
 そして本書の何よりの美点は、紹介されている本を「わからせた」うえで「読みたくさせる」ことだ。著者には名作の「最後の一文」をとりあげて書評する『名作うしろ読み』(中央公論新社)や、週刊誌の文芸時評をまとめた『文芸誤報』(朝日新聞出版)といった単行本もあるが、正直1冊1000字の世界では物足りない。それが本書では3冊紹介して7ページ(約5000字)。このくらいあってはじめて本の中身が論じられるのではないか。そして表現もうまい。「源氏物語」の現代語訳(角田光代訳と、英語訳を日本語に戻したA・ウェイリー版)を紹介する一編では〈新しい翻訳の最大のメリットは、現代人の感覚にフィットした日本語でスピーディーに読めることで、すると、ドローンで物語を空から眺めるような感覚が獲得できる〉って、おー獲得したい!となるではないか。
 書評集とは「ああ、おもしろかった」と閉じるものではなく、ここから出発するためのものである。『忖度しません』は、現状を肯定してくれる甘言にすがるのではなく、自分を広げていこうという気にさせる1冊なのだ。

2020年10月書評王:山口裕之

異動で突如忙しくなり、 月-金は13時間会社に います。ワークアットホームって何?

忖度しません (単行本)

忖度しません (単行本)

  • 作者:斎藤 美奈子
  • 発売日: 2020/09/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)