書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

【作家紹介シリーズ】朝倉かすみ

 それでは、乾杯の発声を仰せつかりましたので、ひと言ご挨拶申しあげます。
 今を去ること12年前。エッセー集『ぜんぜんたいへんじゃないです。』で〈年女だ。次に干支がひと回りしたら、還暦というところまできた〉と書いておられた朝倉かすみさん。この度は恙なく還暦を迎えられましたこと、誠におめでとうございます。
 朝倉さんは1960年北海道小樽市でお生まれになり、2003年43歳という“遅咲き”とも“機が熟した”ともいえるタイミングで、〈乙女と年増が一番どんくさい配合でミックスされてる〉ОLのささやかな転機を描いた「コマドリさんのこと」で北海道新聞文学賞を受賞され、翌年、〈ぱぴっとしない〉年下の恋人御堂くんに業を煮やし東京から彼の赴任先稚内までやってきた真穂子の奮闘記「肝、焼ける」で小説現代新人賞を受賞、小説家デビューを果たされました。あ、〈ぱぴっと―〉の意味は、冒頭に挙げた朝倉さんの日常や心の内が垣間見えて非常に興味深いエッセー集『ぜんぜん―』p82をご参照ください。
 さて、朝倉さんの作品の魅力は数々ありますが、そのひとつは同じ作者が書いたと思えないほどの振り幅の広さにあると思っております。片や“同級生もの”(勝手に命名)に代表される温かさ・共感・切なさがじんわり来る作品群。例えば2009年吉川英治文学新人賞受賞の『田村はまだか』。小学校の同級生で〈全員丙午満40歳〉の男女5人が、深夜のスナックで〈田村〉の到着を待ちわびる連作短編集です。“人はなぜ生きるのか”という弩級の命題に小学6年生にして答えを持っているなんて、田村君がかっこよすぎてしびれます。
 また、〈大人の『世界の中心で、愛をさけぶ』をやってみようと〉して書かれたという『平場の月』では、50歳で再会した中学時代の同級生、青砥(男子)と須藤(女子)のリアルで真摯な恋を描いて、2019年山本周五郎文学賞を受けておられます。須藤の頑なさに、素直になれ、ここは青砥に甘えてくれ!と何度歯噛みしたことか。その他にも、小説家になることへの不安を抱え泥酔した加賀谷を励ましてくれた〈ムス子〉と偶然再会する短編「ムス子」や、同級生同士で結婚したその後を描いた「たそがれどきに見つけたもの」など、まだ社会に対して身構える術を持たず素の自分をさらけ出していた者同士の、そこはかとない連帯感が胸を打つ“同級生もの”に外れなしです。
 その一方で、朝倉ワールドの闇の深さに震撼とする作品もまた同じくらい魅力的なのです。一途な思いはときに人を狂わせ、この世界の規範からは逸脱したものになっていきます。『ほかに誰がいる』の親友である少女に恋焦がれ、それ以上の関係を求める女子高校生本城えりの迸る狂気。また、琥珀色の瞳を持つ美しい眉子の抱える空虚が引き起こす悲劇を描いた『満潮』など、色素の薄い中性的なタイプの人物が出てきたら要注意。だいたいヤバい奴です。その筆頭ともいえるのが、色素薄い系のデブ〈太一郎と菊乃〉が、少女を誘拐して〈陰部封鎖〉の手術を施し支配下に置くことを企てる短編「村娘をひとり」。名づけて〈奪って、去る〉作戦の成功を祝し〈「夢が現実になっていく最初の夜に」「ドリカム」〉と乾杯を交わすシーンでは首筋がざわざわします。
 (「ビールの泡が消えるぞー」の声)申し訳ありません。原稿用紙4枚分の長いひと言になってしまいました。ご還暦はまだまだ道半ば。山本周五郎文学賞受賞の際「いいものを書いていきたいです」とおっしゃっていた朝倉さん。その作品をこれからももっともっと読みたいと願うわたしたち読者、双方の夢が叶いますよう祈念いたしまして乾杯したいと思います。みなさま「村娘をひとり」の極悪コンビに倣いご唱和願います。
では、〈ドリカム〉!〈ドリカム〉!!
〈拍手、拍手、拍手。鳴りやまぬ、拍手〉(←こちらは『田村はまだか』より)

2020年8月書評王:関根弥生

朝倉かすみさんの還暦を祝う会の様子を採録し、書評誌で掲載したという想定です。朝倉作品を長らく愛読してきた者として、この書評で書評王をいただけて本当に光栄です。

ぜんぜんたいへんじゃないです。

ぜんぜんたいへんじゃないです。

肝、焼ける (講談社文庫)

肝、焼ける (講談社文庫)

田村はまだか (光文社文庫)

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平場の月

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わたしたちはその赤ん坊を応援することにした

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たそがれどきに見つけたもの (講談社文庫)

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ほかに誰がいる (幻冬舎文庫)

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満潮 (光文社文庫)

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植物たち (徳間文庫)

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