書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

他人の読書が気になる人にお薦めしたい3冊の「本の本」

 自分以外の人がどのように本を読んでいるかというのは、基本的に分からない。A「あの本読んだ?」B「読んだ!面白かった!」A「面白かったよねー」といった会話が交わされたとしても、AとBが感じた面白さは全然違うかもしれない。私が書評や評論を好んで読むのは、「他人がどのように本を読んでいるのか」が知りたいから、という理由も大きい。 

 2023年は「信頼できる読み手」による、本についての本が豊作だった。その一冊が、書評家豊﨑由美の「QJWeb クイック・ジャパン ウェブ」での連載をまとめた『時評書評-忖度なしのブックガイド』(教育評論社)だ。2020年から2023年初頭の時事ネタに絡めて小説を紹介する凝った形式の書評集で、 Webに掲載された順に章が並べられているが、そのスピード感にまず驚かされる。例えば訃報に接し石原慎太郎の個人的ベスト3作品を解説する「私なりの追悼・石原慎太郎」は、石原慎太郎が亡くなったのが2022年2月1日で、Webへ記事が掲載されたのが2月6日だ。時評書評の名は伊達ではない。 
 取り上げられるトピックはロシアによるウクライナ侵攻といった世界的なニュースから、Twitter(現X)で起きた糸井重里氏の炎上事件といったニッチな話題まで幅広い。編集者の箕輪厚介氏のセクハラ問題を取り上げた回では、箕輪氏の愚行から作家渡辺淳一による女性の口説き方指南書『欲情の作法』(幻冬舎)を思い起こす。そこから帝政ローマ時代のオウィディウスの『恋の技法』(樋口勝彦訳、平凡社)との共通点を見出し、17世紀のモラリスト文学者ラ・ロシュフコー箴言を用いて諫める、というアクロバティックに繋がる本の星座に舌を巻く。読書中に別の本が浮かぶことは誰でもよくあると思うが、読書量と文学に対する熱量によって磨き上げられた関連付けは、読んでいるだけで心躍る。箱根駅伝の青学チームやワールドカップサッカー日本代表など、その年活躍した競技のチームメンバーになぞらえて今年のベスト小説を発表しているのも楽しい。豊﨑氏の書評の技を思う存分味わえる一冊だ。 

 『時評書評』が主に平成・令和に刊行された小説を紹介する本である一方、文芸評論家の斎藤美奈子による『出世と恋愛-近代文学で読む男と女』は、明治・大正時代の近代小説を読み解く本だ。近代の青春小説は「告白できない男たち」の物語で、恋愛小説は「死に急ぐ女たち」の物語でみんな同じだ、と序章から喝破する。青春小説の例として夏目漱石三四郎』や武者小路実篤『友情』などを挙げ、男性主人公たちが軒並み失恋する陰に隠れたモチーフを炙り出していく手つきは、小説の骨格を読み取るレントゲン技師のように鮮やかだ。
 恋愛小説では、片山恭一『世界の中心で愛を叫ぶ』や住野よる『君の膵臓を食べたい』などの悲恋ものの先駆けとして徳富蘆花『不如帰』を挙げ、そのほか伊藤佐千夫『野菊の墓』などを例にとり、なぜいつも死ぬのは女なのかという謎に迫る。〈私だって、べつに死にたくて死んだわけじゃないないのよ。持続可能な恋愛が描けない無能な作家と、消えてくれたほうがありがたい自己チューな男と、悲恋好きの読者のおかげで殺されたのよ〉という死んだ歴代ヒロインの代弁に思わず吹き出してしまう。文体やストーリーを超えて見えてくる近代小説の骨格は、令和の今でもしぶとく残っていることに気づかされる。斎藤の過去作『モダンガール論』(文春文庫)も併せて読むと、さらに明治から昭和までの小説の骨格が良く見えるようになるので、こちらもおすすめしたい。 

 豊崎由美氏と斎藤美奈子氏は長年私の「信頼できる読み手」だったが、ずっと気になる読み手がいた。長年ニューヨーク・タイムズの書評を担当していたミチコ・カクタニだ。人気ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』には主人公でライターのキャリーが初めて本を出版した際、カクタニの書評を読んで落ち込むシーンがある。 辛辣で有名で、彼女の書評が翻訳されたら読んでみたいと思っていたが、初の邦訳書評集『エクス・リブリス』(橘明美訳、集英社)が今年上梓され、その願いが叶った。
 蔵書票というタイトルの通り、カクタニのお気に入りやお薦めの本が100冊以上セレクトされた400ページものボリュームがある書評集だ。選ばれている書籍はマニアックなものではなく、八割方邦訳されているので海外文学好きな人なら読んだことがある本が何冊かは見つかるだろう。どれだけ辛口な書評なのだろうとおそるおそる繙くと、本人セレクトとあってどの本も賛辞が並び少し拍子抜けしたが、本の勘所を押さえた断定調が癖になる。例えばマーガレット・アトウッド侍女の物語』の書評は〈ディストピア小説の名作は、過去と未来の両方を視野に入れている〉との一文から始まる。その通り。ガルシア・マルケスの『百年の孤独』は〈突きつめて言うなら、ガルシア=マルケスの作品の中心を占めているのは政治だけでなく、時間と記憶と愛である〉とまとめる。端的な文章に唸らされる。

 信頼できる読み手がどのように本を読んでいるのかを垣間見て、自分の読みの浅さを痛感したり、ぴったりくる言葉を見つけて「そうそう!」と嬉しくなったり。書評や評論を読むことは、私にとって小説をさらに楽しく読むための合法ピーピングなのだ。

 

 

 

 

2023年12月書評王:三星

6年ぶりに書評講座に復帰して、書評王を獲れたので嬉しいです!しかも書評講座の師匠でもある豊崎由美さんの新刊を紹介した書評で獲得できたので、喜びもひとしお。昨年からライターとしても活動を始めました。書評のご依頼お待ちしてます!

mihoshi.madoka001@gmail.com