書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

『八月の御所グラウンド』万城目学著

 えへん。みなさま、こんにちは。いやぁ、ついに獲りましたね。万城目学さんの『八月の御所グラウンド』が!え?先に自己紹介を?ハイハイ、ちょっと興奮しちゃって。では、改めまして。
 派手な柄シャツを着た太目のおじさんにしか見えないと思うけど、これでも私、縁結びの神でございます。あ、ご存じ?いや、嬉しいなぁ。そう『パーマネント神喜劇』*1でね、まぁ主役っていうか、私の日々のお勤めの様子なんかを万城目学さんに書いてもらったものだから、ええ、浅からぬ縁というかね。それで、此度の第170回直木賞受賞に際して、私も何か喋れ、なんてことになったわけで。
 何か喋れってね、やっぱりまずは作品のことでしょ。この本には2篇収められてまして、どちらも舞台は京都。先攻は「十二月の都大路上下(カケ)ル」。女子全国高校駅伝で、先輩に代わって急遽出場することになった〈超絶方向音痴〉な1年生部員坂東(あだ名はサカトゥー)。彼女が大会当日、吹きすさぶ雪の中でコースに迷って、必死に走ってるときに〈変なヤツら〉を見かける話ね。
 後攻は表題作の「八月の御所グラウンド」。彼女に振られて旅行の予定もポシャり、大学4回生なのに炎暑にやられ、就活もバイトもせずに〈八月の敗者〉になり果てた朽木くん。彼が借金のカタに早朝の草野球大会に参加する羽目になって、出会うはずのない人たちに出会う話ね。
 え?それだけ?って、そういう話なのよ。野球部だったわけでもない朽木くんが、大学の研究室のメンバーや夜の店で働いてそのまま直行してきた派手スーツのにいちゃんたち、そして人数合わせで駆り出された工場チームという、寄せ集めの面々で野球やるだけ。
 だけど、この野球やるだけ、襷しょって走るだけ、が多分大事だったんだと思うの。あと〝迷ってる″ことかな。サカトゥーは道に迷って、朽木くんは人生に迷ってる。ほら、みなさんだって迷いがないときに、神社に行って神頼みなんてしないでしょ。現世と私たちのいる常世が繋がれるのは迷いがあるときなのよ。
 直木賞の選評では、この2篇のつながりが弱いとか、冒頭の短篇が不要なんて意見もあったけど、酷寒の迷子と灼熱の敗者の2篇が揃ってこそ、京都の季節ごとに違う顔だとか、幾つもの時間軸が交差して存在する不思議が感じ取れると思うんだけどねぇ。それに2篇のつながり方がさりげないから余計に、その仕掛けに気が付くとちょっとニヤリとできるのよ。えっと、例えばサカトゥーが頼まれてたお土産のお香を買いに行ったお店が、朽木くんチームの対戦相手だったりとかね。
 万城目さんて不思議な話を書いてても、あまりフワフワしないのは、実際に御所G(雑誌連載時はこのタイトル)で野球したことがあるとか、〈自分のリアルのエッセンス〉を入れてるからなんでしょうね。
 ひょうたんを栽培すれば『とっぴんぱらりの風太郎』*2(これまで6回直木賞候補になったうちで〈過去イチ、私がもっとも直木賞に近づいた〉と思い込んでたという作品ね)に、その体験が存分に注ぎ込まれてたし、「都大路―」を書くために、7年に亘って地方大会まで追いかけて高校駅伝を取材したそうだし。そして「八月の―」では、朽木くんの研究室の先輩、中国人留学生の烈女シャオさんにリアルが放り込まれてるのよ。野球経験もなくルールも怪しいのに、無理やりメンバーにされたシャオさんが初めて覚えたという日本語が〈オリコンダレエ〉の野次。いったい何処でこんな言葉を?と思われた方は、万城目さんのエッセイ『ザ・万遊記』*3p194をご覧あれ。小学生のシャオさんに会えます。
 え、もう時間?最後に私の本業、縁結びの言霊飛ばしとこうかな。えへん。では、万城目さんと京都の蜜月再び、再び!だって「京都におんぶにだっこの作家です」*4と言いつつ、愛憎半ばする発言もね*5。でもこれで大丈夫、のはずよ。

*1『パーマネント神喜劇』新潮文庫 2020年
*2『とっぴんぱらりの風太郎文藝春秋 2013年
*3『ザ・万遊記』集英社 2010年
*4直木賞授賞式でのスピーチにて「本当に京都におんぶで抱っこっていう、そういう作家」
*5『僕らの近代建築デラックス!』万城目学・門井慶喜著 文春文庫 2015年
 第158回直木賞作家の門井慶喜さんと京都の街を巡ったとき、〈京都に対する棘〉が見え隠れするコメントを連発。デビュー作『鴨川ホルモー』を引っ提げて、凱旋気分で乗り込んだ京都の書店回りで、サイン本を置くことも許されなかった体験を語り〈京都はまったくやさしくなかったです〉とえらくはっきりおっしゃってます。

※以下、注釈で紹介された作品

 

 

 

 

2024年3月書評王:関根弥生

 『八月の御所グラウンド』の装画は、デビュー作『鴨川ホルモー』からタッグを組んでいる石居麻耶さん。直木賞受賞に沸く中でも誰も触れていないので、きっとそんなことはないのでしょうが、表紙絵の左のバッターボックスにちょこんといる鳥がどうにも人面鳥に見えるのです。眼精疲労のせいでしょうか。