書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

酷暑でエアコンが壊れた人にお薦めする3冊

 え~、今年7月の平均気温が45年ぶりに記録を更新し、観測史上最高となったそうで。そんな最中に我が家のエアコンが壊れ、絶望している読楽亭評之輔でございます。
 せめてもの涼を求めんと、怪談やホラー、ゴースト・ストーリー等々読み漁りまして。その中でも、体感温度マイナス5度をお約束しますのが『呪物蒐集録』。オカルトコレクター田中俊行さんの私的コレクション54品を、写真と共にその来歴や生じた異変を紹介する禍々しさ満載の1冊。
 京都のとある屋敷跡で、死者を撮影した奇妙な写真と一緒に見つかった〈鵺(ぬえ)の手〉や、遺灰を原料にしたタイのミイラ型人形〈クマントーン〉など、民間信仰の呪物もおどろおどろしいですが、脳天から足先まで全身に釘を打ち込まれた人形からは、宗教でも習俗でもない、生々しい個人的な怨嗟が迫ってまいります。秀逸な帯の惹句〈見るだけで障る〉に偽りなし、なんでございます。
 しかし、見た目が焼焦げた亀の甲羅みたいな、チベット高僧の頭蓋骨〈カパーラ〉を、〈たまに被って一緒になるというか、この人の記憶が蘇るように〉するけど〈ちょっとまだわかんないな〉と笑って語る著者の感性の方が、わたくしには怖いんですがね。
 怪談師としても定評のある、田中俊行さんの代表作「あべこべ」は、夜釣りに出かけたカップルが怪異に遭遇するってぇ話。これが死装束は左前に着せるなど、この世とあの世を隔てるための〈逆さ事〉に材を採ったものであることを教えてくれるのは、伝承文学を専門として國學院大學で教鞭を執る伊藤龍平さんの『怪談の仕掛け』。
 深夜、実在しないはずの駅で降りた〈はすみさん〉の身に起きた異変を伝え、2004年に〈2ちゃんねる〉を騒がせた「きさらぎ駅」が、なぜ現在もインターネットで流布される〈ネットロア〉の金字塔となり得たのか。
 大蛇が舐めていた草を懐に忍ばせて、蕎麦の食べ比べに挑みたる清兵衛。暫くの後様子を見に行くと、座敷にはうず高く積まれた蕎麦と羽織だけが残されていたという落語「そば清」などを題材に、極めて真面目に〈怪談〉のメカニズムを解き明かしてくれるんでございます。仕組みがわかっちまうんじゃ興醒めかと思いきや、いえいえ、怪異というものの奥深さに、体感温度マイナス3度は確実。
 と、ここまで計8度体感温度を下げてみましたが、湿度の国日本だけではまだまだ暑い。1900年に英国の孤島で実際に起きた、灯台守3人の失踪事件を元に描かれた『光を灯す男たち』でぐっと冷やしてまいりましょう。本作は文芸ミステリでありながら、極上のゴースト・ストーリーでもあるのでございます。
 1972年12月、英国コーンウォールのメイデン・ロック灯台。8週間の勤務を終え休暇に入る灯台守の交代員と補給品を乗せた船の乗組員が見たのは、内側から施錠された扉と食事の用意が整った食卓、そして同じ時刻で止まった二つの時計。海に囲まれ、船でなければ行き来のできない灯台から、なぜ、どうやって灯台守たちは姿を消したのか。事件か事故か。調査は行われたものの真相は不明なまま、死亡と判断された3人の男たち。
 ところが20年後、残された家族や恋人の元に、一人の作家が訪ねてきて取材を始めたことで、止まっていた時計が動き出します。
 物語は1972年と1992年を行き来し、新しい光を当てることで、各々が抱える秘密と思惑が、次第に明らかになっていくのでございます。美しい文章で綴られる謎解きと、来る日も来る日も風が吹き荒れ、見渡す限り青灰色の冷たい海が、しばし酷暑を忘れさせてくれること間違いなし。体感温度マイナス7度をお約束いたします。
 ですがねぇ、一体いつからこんなに地球が暑くなっちまったのか、それがわたくしにとってはいち番の謎かもしれません。お後がよろしいようで。

2023年8月書評王:関根弥生

3冊書評での書評王は初。流した汗の量だけ喜びもひとしおです。読書好きの落語家が、寄席演芸専門雑誌の書評欄「読楽亭評之輔のお薦め本コーナー」で書いているという設定です。