書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

『突囲表演』残雪 著 近藤直子 訳

聞き手(以下「聞」):こんにちは。書評人生相談です。まずご年齢をお聞かせ下さい。
相談者(以下「相」):私の年齢より、われらが五香街によそからやってきたX女史のそれについてお話しましょう。
聞:X女史?
相:全長5キロそこそこの街に、X女史は夫と子供の三人でやってきました。煎り豆屋を営み、年齢は22〜50歳位まで<少なくともしめて二十八通りの意見>があるのです。
聞:それは気になりますね。
相:容姿がセクシーという人もいれば、首筋に老いが見られるとか戸籍を見たという証言も。煎り豆屋の仕事の傍ら、怪しげな巫術に夢中で、そのX女史がQ男史とW不倫であることがわが街全体の関心事となっています。
聞:Q男史はどういう方ですか?
相:よき夫よき父です。妻と子供ふたり、絵に書いたような心温まる家庭だったのですが、X女史の罠にハマり、突然ゴムまりをつきまくる奇行も目立つようになりました。
聞:ところで今回のお悩みは?
相:私は今回の姦通事件について人々から証言を聞き出し、街の会議にかけてさらに検証しています。私は<幾多の試練を経た個性と才気溢れる現代芸術家として>、この出来事を丁寧に書き留めています。街に入り込んだ異分子であるX女史は、住民たちが尾行したり噂話をしてもどこ吹く風という様子。そんな彼女を盲信したり、今回の桃色事件を追っかける輩がおります。一方で、この問題を特別視してしまうと<まるでわれわれが彼らを重視し、問題にしているようで、ふたりをかえって大物にしてしまうではないか>と危惧する住民もおり、<われわれの生活が彼らを中心に置き、われわれの歴史が彼らによって創造されたような具合になってしまう>と危機感を覚えています。
聞:なるほど。今日は“あなたの心に付箋をつけます”でおなじみの、マダムポストイット先生にお越し頂きました。
マダムポストイット(以下「マ」):あなたの話、ちょっと不可解なのね。あなた、本当にその街を愛しているの?ひいては自分自身を愛することができているのかしら。
相:なんのことですか?わが五香街は<整然たる秩序の在り処>であり、<多種多様な思想観念と個体を受け入れてきた組織>で、相手を徐々に同化させていく、実に他人に寛大で懐の深い愛すべき街です。そして私は<一貫して公正な立場から、このことの発端について客観的な描写をしたい>と考えてきただけです。しかしX女史の<無法きわまるやり口には、みなはらわたが煮えくり返り、今に思い知らせたい>と。彼女はわれわれの、古来からの優美で伝統的な言葉、例えば<業余文化生活>のことも、あんな露骨な言い方をして。この街の文化を冒涜している!
マ:あなた自身の中に、この街を誇らしく思うしかない、どこか切羽詰まった感情を読み取ってしまうんです。X女史がどうのQ男史がどうのというのは表面上の理由でしかない。むしろ彼らに対しての憧れにも似た、自身に対する問いかけにも似た・・。
相:いや、これはどこまでいってもX女史という人物の問題なんです。
マ:あなたは、とても優秀ですばらしいと自負しているにもかかわらず、誰にも認めてもらったことがないんじゃない?
相:それはX女史のほうです。彼女は私のような天才を攻撃する意見を言うけれど、それは<心の底で常に、いつか人々に承認されたい、天才と肩を並べたいと思っているから>なんです。なんなんですか、わが街の恥をさらしてまで相談したというのに。
マ:己の内面を素直に見つめないと、この事件を延々と書き続ける事になるでしょうね。
聞:はい、とても良い場所に付箋をつけて頂きました。ちなみに<業余文化生活>って?
相:「一発やる」ことだよ!

 

2020年11月書評王:森田純
いずれにせよパンケーキと人生相談が好きなんじゃないでしょうか。

 

突囲表演 (河出文庫)

突囲表演 (河出文庫)

  • 作者:残雪
  • 発売日: 2020/09/05
  • メディア: 文庫