書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

『リリース』古谷田奈月(光文社)

リリース

書いた人:八木みどり 2016年12月書評王
1985年山形県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。地方紙を経て子ども向けの専門紙で記者をしています。三十路。

 

 

 古谷田奈月の『リリース』は、メビウスの輪を思い起こさせる。「男女平等、同権」を目標に掲げながら、しかし実現には成功していないこの現実社会を180度ねじってみることで、どちらが「表」とも「裏」とも言えないものを見せてくれる。

 舞台となるオーセルは、女性首相のミタ・ジョズによって同性婚が合法化され、男女同権思想が法律で確立された国だ。国営の精子バンクがあり、未婚者も同性婚者も、子を授かることができる。そこは、「マイノリティという存在を概念ごと消し去ることに成功した」素晴らしい社会――だとされる。そんな中、国の中枢を担う存在である精子バンクの建物が、タキナミ・ボナとオリオノ・エンダという男子学生によって占拠されるテロが発生する。2人はともに異性愛者。ボナは建物を取り囲む群衆に向かって国家の罪を暴露し、そして叫ぶ。「ミタ・ジョズはかつてのマイノリティをマジョリティ化しただけだ」。オーセルではもはや、異性愛者は差別されるべき存在になっているのだ。

 現実社会を裏返した物語かと思いきや、結局、見えてくるのは、マイノリティが虐げられる「表」と同じ光景だ。そこには、「男女平等」「共同参画」「女性が輝く社会」などとうたう現実世界への皮肉がにじむ。だが物語はそれで終わりではない。

 やがて暴走を始めたボナをエンダが撃って、テロは幕を閉じる。逮捕の後、自らの行動を悔い、精子バンクの存在意義とミタ・ジョズを称賛したエンダは政府に取り立てられ、国家公務員の身分を与えられる。その仕事は、精子提供を拒む男性を説得し、提供を促す「リクルーター」。エンダの本当のテロは、ここから始まる。男が男であるということは、オーセルでは「精子提供者」としての存在意義しか持たない。「奪われる」存在であるエンダは、だから女を憎む。だが一方で彼は、一人の女を愛し、交わることを望む。壮大な復讐劇の一方で、人を愛するという行為はなくならない。

 メビウスの輪は、幅を2等分するように切っても、またねじれた一つの輪になる。3等分すると、絡み合う二つの輪になる。男と女は、裏と表のように見えて、実はひと続き。性と愛もまた、別々のように見えて、切り離すことはできない。「裏」をなぞって読んでいくと、いつの間にか表もなぞっている。現実社会のアンチテーゼの先に、普遍性が見える。この小説のすごさはそこにある。

 

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