書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

移民について考えたいあなたにおすすめしたい3冊

書いた人:長澤敦子 2018年6月書評王

 ・『地球にちりばめられて』 多和田葉子
 ・『マッドジャーマンズ ドイツ移民物語』 ビルギット・ヴァイエ
 ・『蒼氓』 石川達三

 

 米国人の定義について考えたことがある。様々な移民を受け入れ発展してきた彼の国ではアメリカ合衆国の住人なら「米国人」だ。沢山の具材が存在を主張しつつも、ボールに入るや「チャウダー」という一つの料理になるのと似ている。片や、中国人は世界各地に中華街を築き、どこへ行っても中国語を話し中華料理を食している。
 では、日本人はどうなのだろう。日本列島に住み日本語を話すほぼ単一民族。土地、言語、民族の三位一体だ。
 米国人は米国に居られなくなれば各々のルーツに戻ろうとするだろうし、中国人は中国本土から追われてもどこでだって中国人だ。だが、日本列島がなくなったら日本人はどうなってしまうのだろう?

 

地球にちりばめられて

地球にちりばめられて

 

  そんな疑問に応えてくれるのが『地球にちりばめられて』だ。本書は、欧州留学中に自分の国が消えてしまって帰れなくなり、デンマークで移民の子対象の語り部として働いているHirukoという女性を中心に展開する。彼女は北欧人なら聞けばだいたい意味が理解出来る手作り言語に、〈パンスカ〉と名付けこれを駆使しコミュニケーションに問題はない。しかし、失われた母語を求めて旅をする。そんな彼女と行動を共にするのが、デンマークで生まれ育った言語学者の卵や、グリーンランドエスキモー人、インド出身の学生といった面々。彼らには心の国境は存在しない。軽々と言語や文化の壁を乗り越える。
 本書には「日本」という単語は無く、Hirukoの母国は〈中国大陸とポリネシアの間に浮かぶ列島〉と表現されている。しかし、母語を探す旅の手掛かりになるのが「すしレストラン」だったり、寿司職人の名前がSusanooだったりで、これはもう間違いなく日本だろう。
先般、著者へのインタビュー記事が新聞に掲載されていた。「ドイツ社会に同化するのではなく、日本文化を持ち続けながら対話したい」と。彼女にとっての日本文化とは、古事記日本書紀(Hiruko/Susanoo)?代表的な日本料理はやっぱり寿司?と想像すると、結構ステレオタイプでどこかホッとする。
 ドイツを拠点に日独の言語で創作活動を続け、数々の日本の文学賞やドイツのクライスト賞までものにした著者だが、異国で暮らす苦労はあったのではないか。ましてや生きるために移民になった人たちには艱難辛苦が付き纏うだろう。

 

マッドジャーマンズ ドイツ移民物語

マッドジャーマンズ ドイツ移民物語

 

  多和田氏が推薦するドイツのコミック『マッドジャーマンズ』は、モザンビークから旧東独にやってきた若者たち三人の物語で、二〇一六年に最優秀独語コミック賞を受賞した。一九七五年にポルトガルから独立したモザンビークは内戦が絶えず、同じ社会主義国の東独に労働者を送り続けた。人種差別に耐えながら肉体労働に励んだ彼らは積み立てと称して給料を六十%も天引きされたがそれは全てモザンビーク政府の財布に入っていた。帰国してもマッドジャーマン(メイドインドイツ)と言われ居場所がない。内容は重いが、飾り気の無い絵の線が優しく愛おしく、すっと胸に入って来る逸品だ。

 

蒼氓(そうぼう) (秋田魁新報社)
 

 かつて日本にも人口問題解決の一方策として、政府がブラジル移民を奨励した時代があった。〈一九三〇年三月八日〉で始まる石川達三の『蒼氓』。第一回芥川賞受賞作の本書は三部構成で、第一部「蒼氓」は神戸の収容所に全国各地から集まって来た移民たちの乗船までの八日間を、第二部「南海航路」では船中での四十五日間を、第三部「声無き民」は到着後入植するまでの数日間を描いている。移民になったのは殆どが貧農階級。生まれて以来一度も夢を抱いたことが無い彼らに、〈海外雄飛の先駆者〉といった宣伝文句が夢を与えた。その夢は溺れる者が縋りつく藁だと知 っている。でも朝陽を受けて畑仕事に出掛ける男達、それを見送る女達の第三部のラストシーンが胸を打つ。〈ここはブラジル国の土でも日本人の土でもない。ただ多勢の各国人が寄り集まって平等に平和に暮らす元始的な共同部落〉。
 『地球にちりばめられて』のHirukoたちと形は違えどどこか似てはいまいか。