書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

ショパン・コンクールをもっと楽しみたい人におすすめする3冊

 ワルシャワで行われる5年に1度のピアノの祭典、ショパン・コンクールがクライマックスを迎えている。何やら遠い世界のことのようであるが、ネットのおかげで今やYouTubeで気軽に視聴できる時代になった。何かの間違いで偶然目に触れ、ちょっと興味が湧いてきた、という方のために、コンクールをより楽しむためのオススメ本を紹介する。 ピアノの詩人・ショパンとは、どういう人だったのか。硝子細工のような儚さと絶対音楽としての強靭な構造、洗練された優美さと狂気すれすれの激情。そんなアンビヴァレントな要素がショパンの音楽には併存し、そこがショパンを弾くことの難しさであり魅力である。平野啓一郎著『葬送』(新潮社,2002)は、愛人ジョルジュ・サンドと別れた後のショパンの後半生を描いた長編大作だ。膨大な資料を丹念に紐解き綿密に練り上げられた歴史観、同時代のフランス写実主義文学を彷彿とさせる緻密な心理描写でショパンの生の軌跡に肉薄する。本書を読みながら、音符の先にあるショパンの心に思いを馳せてみたい。

 1927年に始まるショパン・コンクールは、長い歴史の中で数々のドラマやスターを生んできた。今大会では、地元の期待集まるポーランドの貴公子アンジェイ・ヴェルチンスキ、浜松国際ピアノコンクール[*1]の覇者アレクサンダー・ガジェヴのほか、日本からは幼少よりキャリアを重ねる神童・牛田智大、前回のファイナリスト小林愛実、コロナ禍を機に有料オンライン配信を始め起業家としても才覚を発揮する反田恭平、更には人気ユーチューバー「かてぃん」としてクロスオーバーな演奏活動を展開する角野隼斗、現役医学部生ピアニスト・沢田蒼梧など、一色まことによる人気マンガ『ピアノの森』や、直木賞本屋大賞をダブル受賞し話題となった恩田陸の長編小説『蜜蜂と遠雷』の登場人物さながらの個性的な面々が出場し、コンクールを連日盛り上げている。
 青柳いづみこ著『ショパン・コンクール』(中央公論新社,2016)は、前回2015年大会の模様を伝える。コンクールを現地取材した著者による臨場感あふれる演奏レビューのほか、舞台の裏側のレポートも詳細だ。かつてコンクール史上最大の物議を醸した〈ポゴレリチ事件〉[*2]も今では過去の話となり、近年は〈解釈の自由化〉が進んで〈斬新でユニークな〉演奏解釈も受け入れられる傾向にあること、最終的には審査員の主観に左右される審査の公平性への疑問、若い演奏家にあまりにも過酷な練習と緊張を強いることの弊害など、コンクールのあり方について多角的に論じる。

 世界が注目するコンクールは、ピアノメーカーにとっても社の威信をかけた闘いの場だ。前々回の2010年大会ではヤマハCFX[*3]を弾くユリアンナ・アヴデーエワが優勝し、国内外のメーカーにとっては「王者スタインウェイ[*4]」の牙城が崩れる事件となった。約8000のパーツから成り温湿度の影響も受けやすいグランドピアノは、僅かな差でも響きに狂いが生じるF1マシンのごとき精密品だ。各メーカーは、より多くのコンテスタントに自社のピアノを選んでもらえるよう、技術の粋を尽くす。そんな『プロジェクトX』的視点からコンクールを観るのも、ひとつの楽しみ方だ。
 井上さつき著『ピアノの近代史』(中央公論新社,2020)は、産業の発展によりピアノの大量生産が可能となった近代以降、ピアノ産業が大衆の音楽教育や受容のあり方にもたらした変革、大量生産と品質の維持・向上というパラドキシカルな命題に挑む技術者達の奮闘、そしてコンクールというコンペティションの場の誕生により激化する企業間の競争など、〈ピアノを通して見える近代世界〉を俯瞰する。 

 コロナ禍で1年延期された今大会であるが、無事開催の運びとなった。変わるものと変わらないもの。その両輪によってコンクールは存続し、ショパンの音楽は人々に愛され続けてきた。先の見えない時代だが、人間の本質は変わらない。ひたむきに音楽と向き合う若き演奏家達やコンクールを支える人々の姿を追いながら、そんな事を改めて思う。

[*1] 静岡県浜松市で行われる国際ピアノコンクール。第5回大会(2003)で最高位(1位該当者なし)となった当時無名のポーランド人ピアニスト、ラファウ・ブレハッチが、その後2005年の第15回ショパン・コンクールで優勝したことでコンクールとしての評価が高まった。

[*2] クロアチア出身のピアニスト、イーヴォ・ポゴレリチが1980年の第10回ショパン・コンクールに出場した際、その卓抜した演奏技術にもかかわらず、あまりに奇抜な解釈であったために予選落ちとなったことをめぐり起こった事件。審査員のうち、審査内容に異を唱えたマルタ・アルゲリッチが大会中途で審査員を辞任する騒ぎとなった。この事件がきっかけでポゴレリチは一躍有名ピアニストとなった。

[*3] 2010年7月にヤマハが発売したコンサートグランドピアノ。往年の名ピアニスト、アルトゥール・ベネディッティ・ミケランジェリの専属調律師であったチェーザレ・アウグスト・タローネを招聘し、1965年より本格的に開発に着手したコンサートグランドピアノ・CFシリーズの最新モデルにあたる。

[*4] アメリカの世界的な高級ピアノメーカー。1835年にハンブルクでピアノ製作を始めたハインリヒ・エンゲルハルト・シュタインウェークが1849年にニューヨークに移住した後、息子たちと共に会社を設立し現在に至る。厚みのある壮麗な響きに定評があり、世界中のコンサートホールで使用されている。現在ショパン・コンクールの公式ピアノメーカーとして採用される4社(スタインウェイヤマハ、カワイ、ファツィオリ)のうち、最も古い歴史を持つ。

 

2021年11月書評王:霜鳥 愛 
クラオタ歴も、かれこれ数十年になります。(マニアというほどのガチ勢ではないですが) 
読書を別にすると、クラシック音楽をきくことは怠惰で飽きっぽい私の中で続いている唯一の趣味ですが、それは寝っ転がってかりんとう食べながらでもできることだったからだと思います。 
クラシックというと、なんとなく高尚で敷居の高いイメージがあるかもしれませんが、このように驚くほど簡単に始められるし続けられるので、とってもおすすめのジャンルです。クラオタだけのものにしておくのはもったいない!読書のお供に、みなさまも是非いかがでしょうか♪