書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

『ブラインド・マッサージ』畢飛宇(飯塚容 訳)

ブラインド・マッサージ (エクス・リブリス)

書いた人:倉本さおり  2017年2月書評王

ライター、書評家。『週刊現代』『週刊SPA!』『TV Bros.』などの週刊誌や新聞各紙、『すばる』『新潮』『文藝』『文學界』などの文芸誌に寄稿。「週刊読書人文芸時評担当(2015年)、『週刊金曜日』書評委員、『小説トリッパークロスレビュー担当のほか、『週刊新潮』誌上にて「ベストセラー街道をゆく!」連載中。共著に『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』(立東舎)。

 

 

 生まれつき目が見えない者がいれば、徐々に視力を失った者もいる。逆境にもめげず結婚願望に身を焦がす勇敢な女たちがいれば、美人と聞いただけで新人スタッフにガチ恋してしまうプライドの高い経営者、はては初恋をこじらせて風俗にどハマりする寡黙なイケメンだっている。

 盲人たちの青春、といえばすわりがいいかもしれないが、この群像劇が描く軌跡はどこまでもいびつで不揃いだ。善意と欺瞞は紙一重だし、友情は損得勘定に左右され、愛が報われる機会はけっこう少ない。にもかかわらず、そこで提示される図は、ある種の完全さを備えて現れるのだ――それは、私たちが「世界」を眺める時に、いつだってこぼれ落ちてしまうものと関係がある。

 舞台は南京、手に職をつけた盲人たちの集うマッサージセンター。タイプの異なる二人の店長の下、経営はおおむね安定している。ところがスタッフ同士のしょっぱい確執をきっかけに、絶妙なバランスを保っていたはずの日常が冗談のように崩れていく。

 並べられた文字を追うごとに読み手を激しく揺さぶるのは、身体感覚の驚くべき豊かさと濃やかさ、なによりも鮮やかさだろう。たとえば彼らの駆使する整体術。ひとたび尻のツボを押さえれば、たちまち骨格からバラバラにほどけ、しなやかな筋肉がすみずみまで喜びの声をあげる。そして視覚以外の五感を総動員させて味わう、恋人たちの甘やかな気配。彼らの恋愛は慎み深く、粘り強い。自由がきかないからこそ、手をつなぎ合って、ひたすら一緒に待つのだ。そうやって互いに相手を守りながら、相手を抱き続け、キスをし続ける――はたしてこれ以上に必要なことが「恋愛」にあるだろうか?

 だが、この作者は、盲人の世界をいたずらに美化するような、つまらない愚行など犯さない。どんなに感性が鋭くても、彼らには「見えない」以上、健常者から――すなわち社会から一方的に「見られる」ことで保障される存在なのだ。彼らの人生は一種の博打の様相をなす。成功すればどうにか搾取されずに済むし、失敗すれば愛や仕事や信頼を簡単に失う。彼ら自身の意志の力が反映される余地はごくわずかしかない。

〈盲人の人生は、インターネットの中の人生に似ている。健常者が必要なときにクリックすると、盲人が現れる〉――作中、店長のひとりは心の内でこう自嘲する。だが病院のラストシーンにおいて、その言葉の真意は逆説的な形で再現されるのだ。瞬間、盲人と健常者は立場をくるりと入れ替え、私たちは「見られる」存在――つまり「世界」の中へと改めて取り込まれる。私たちが取りこぼしてきたものをまるごと回収して突きつける、なんと見事な幕切れか。

 本書の盲人たちは、私たちにとって「異端者」であると感じさせない。それはなにも、彼らが欲深で生臭く、正直で愚かしい姿をさらしていることのみに起因するのではない。まさしく彼らの視線が、「私たち」を内側から捉え直す機能を果たしているからなのだ。

 

ブラインド・マッサージ (エクス・リブリス)

ブラインド・マッサージ (エクス・リブリス)