書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

『モンスーン』ピョン・ヘヨン著/姜 信子 訳

 日本で言えば芥川賞に当たる、李箱(イサン)文学賞など数々の文学賞に輝き、韓国若手作家の旗手のひとりであるピョン・ヘヨンが、日常の中に秘かに仕掛けられた曖昧な分岐点を越えてしまった人々を描いた9篇。邦訳3作目となる短編集だ。
 表題作の「モンスーン」は、生後間もない我が子を亡くした夫婦テオとユジンの物語。愚かな過失か、それとも故意か。互いを責めることで自身を苛む罪悪感から目を逸らすふたり。工事停電で暗闇に沈む団地を眺めてテオは、光に溢れ〈歓びに満ちていた時間〉が完全に過ぎ去ったことを悟るのだ。
 赤ん坊の存在は、幸せや日常の脆さを象徴するように物語の緊迫感を加速させる。「散歩」の主人公が出産間近な妻を伴って転勤した先で紹介された住まいは、巨大な犬がいる109番地を通り抜けなければたどり着けない奇妙な家だった。犬に怯え神経過敏になってゆく妻に陣痛が訪れた夜、主人公はある決意を秘めて犬を連れ出すが、思惑を超えた事態に陥ってしまう。
 「クリーム色のソファの部屋」では、地方勤務を終えたジンが年若い妻と赤ん坊と一緒にソウルに向かう途中、道に迷ったうえ地元の若者と諍いを起こす。立ち往生する車。激しい雨。泣き止まない赤ん坊。そこに引越業者から、ソウルでの生活に期待を込めて選んだソファのサイズが合わず新居に入らないと電話があり、ジンの苛立ちは最高潮に達する。
 著者の初邦訳短編集『アオイガーデン』では、血が滴り腐臭漂うディストピアが描かれ、続く『ホール』は、事故で瞼と左手以外不随になった男の味わう恐怖がじっとりと迫る長編だった。前2作に比べれば、本作品集は血液量も臭いもかなり控えめ。それでも地方都市の無機質なオフィスで、社宅で、工場で、友人の家で、主人公たちが感じる得体の知れない不穏な気配に戦慄が走り肌は粟立つのだ。
 「観光バスに乗られますか?」のKとSは、上司から指示を受け、中身のわからない重くて嫌な臭いがする袋を運んで行く。ふたりが乗ったバスは果たしてどこへたどり着くのか。「夜の求愛」でも長距離の移動は凶とでる。380キロ離れた都市へ葬儀の花輪を届けに行ったキムは、そこで無為に恩人の死を待つ羽目になるのだ。
 「ウサギの墓」の〈彼〉は、派遣先の都市で誰にも必要とされない資料を作り続ける。そこで起きた無差別殺人の犯人が同じ社宅に住んでいる可能性に気付き、疑心暗鬼に陥る〈彼〉をウサギの赤い目がじっと見つめる。
 大学の構内で複写室を営む男は、昨日をコピーして今日に貼り付けたような毎日を送り(「同一の昼食」)、工場長が失踪したカンヅメ工場の従業員パクは、同じことがただ繰り返され、〈体が機械の一部になってゆく〉ことにむしろ喜びを見出してゆく(「カンヅメ工場」)。”日常″は膠着や停滞に囚われた彼らの檻となり、脱出を図っても見えざる手でひょいと不条理の世界に放り込まれ、閉塞感と焦燥に焙られるのだ。
 2014年、高校生を含む多くの犠牲者をだしたセウォル号の沈没事故は世界に衝撃を与え、韓国文学界においてもエポックメイキングな事件となった。ピョン・ヘヨンも例外ではなく、本作品集の最後に置かれた「少年易老」は事故当時に執筆中で「少年の一人が死を迎える話だったが、結末を変えた。誰も殺したくなかった」と、後にインタビューで語っている。
 沈没の原因は操船のミスだけでなく過積載や整備不良にもあり、利益を優先するためそれらが常態化するのを容認してきた韓国社会もまた糾弾された。所収の9篇のうち「少年易老」以外の作品は、2008年から2013年にかけて書かれているが、大きな破綻を予感させるかのように、人々が社会のシステムに囚われることの恐ろしさを炙り出しているのだ。韓国文学界を牽引するピョン・ヘヨンが次は何を突き付けてくるのか。刮目必至である。

2019年10月書評王:関根弥生

この書評講座で、韓国文学の面白さに開眼しました。

モンスーン (エクス・リブリス)

モンスーン (エクス・リブリス)