書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

【作家紹介シリーズ】山口晃

 「天は二物を与えず」なんぞといいますが、いえいえ、二物を与えられた人というのはやっぱりいるもので、画家の山口晃氏もそのひとりと言えましょう。
 大和絵を思わせる伝統的な手法で人や建築物を緻密に描き、同じカンヴァスにお侍とサラリーマンが縦横無尽に息づくなど時空を飛び越える作風で知られる山口画伯。名前は知らずとも今年のNHK大河ドラマ『いだてん』のタイトルバックや、成田国際空港の出発ロビーでその作品を目にしているかたも多いはず。読書子には三浦しをん著『風が強く吹いている』の表紙絵といった方がピンとくるでしょうか。
 来たる東京2020パラリンピックの公式アートポスターの制作者にも名を連ねるなど、画業での実力、人気とも抜群な山口画伯に備わったもう一つの才能、それは〝書くこと″。というわけで今回は、画集以外の作品により山口画伯を作家としてご紹介しようという趣向なんであります。
 数々の有名日本画を俎上に載せて日本美術の迷走ぶりやヘンテコさも含め、その面白さ豊かさを読み解いた『ヘンな日本美術史』での画伯の感想は至極率直。初めて見たときはペラペラで〈がっかりした〉「伝源頼朝像」。〈画聖〉と呼ばれた雪舟の「慧可断碑図(えかだんぴず)」に至っては、詳細に描き込まれた洞窟に対し、その中で座る禅宗の始祖達磨の輪郭のあまりにシンプルな線に対し〈莫迦っぽい〉とまで。しかし、何故そう見えるのかを丁寧に解きほぐし〈全く異なる解像度の組み合わせ〉であることや雪舟の秘められた意図までも明らかにしてくれるのです。偉ぶることなく語られるその理論は、「え、これが国宝?」という全くの門外漢が読んでも思わず膝を打つこと間違いなし。それも実作者として自身の手で描くことで会得してきた感覚を言語化し、書き伝えることができる稀有な芸術家なればこそ。日本語表現が豊かな評論・エッセイに贈られる小林秀雄賞を受賞したのはさもありなん、なのです。
 細面にヒゲで〈出稼ぎのイラン人〉に間違えられたことがあるという、ちょっと気難しそうにも見える山口画伯ですが、いたって穏やかなご性格らしく、近現代建築史のオーソリティ藤森照信センセイとともに、茶室の原型である「待庵」や比叡山麓の広大な別荘「修学院離宮」など各地の名建築を見に出かける『日本建築集中講義』では、センセイの自由奔放な振る舞い(格式高い茶室で寝そべる・ガイドの話を素通りなど多々)にハラハラが止まらず。視点が異なるふたりの対談の充実度もさることながら、毎回添えられる画伯のスケッチからアタフタぶりが漏れ伝わってくるのもまた一興。このふたりのタッグは『探検!東京国立博物館』でも健在です。 
 しかし、実は藤森センセイ以上に画伯をアタフタさせる存在が。画伯の日常を綴るエッセー漫画『すずしろ日記』に最多出場を果たすその人は、画伯とは東京藝術大学の同窓でギャラリストの〈カミさん〉。〈おい、ヒゲ!〉と画伯を呼ぶ〈カミさん〉との愛に満ちた掛け合いが何とも味わい深い。
 コマ割りからタイトル、コマ内をびっしりと埋める文章に至るまで全て手書きの『すずしろ日記』は、妄想の〈鼻持ちならない贅沢な絵描きの生活〉と現実を展覧会用に制作した作品がもととなり、その後、東京大学のPR誌『up』で連載がスタートし現在に至ったもの。群馬県桐生市で過ごした幼少期、バキュームカーに夢中だった思い出(壱巻第6回)や、ラジオ愛炸裂でいつにもまして字がびっしりの「ラヂオの現場見学記」(参巻)など巧まざるユーモアを湛えた文章と画が実にいいのです。これはやはり画は画の仕事を、文字は文字の仕事を果たしているからこそと思い至った次第。画伯が二つの天賦の才を自在に操る様を心ゆくまでご堪能あれ。チャオ!(←『すずしろ日記』で画伯がよく使う締めの言葉)

2019年11月書評王:関根弥生
山口画伯の東京2020パラリンピック公式アートポスター「馬からやヲ射る」。観に行きたいです。

ヘンな日本美術史

ヘンな日本美術史

  • 作者:山口 晃
  • 発売日: 2012/11/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
藤森照信×山口晃 日本建築集中講義

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藤森照信×山口 晃  探検!  東京国立博物館

藤森照信×山口 晃 探検! 東京国立博物館

すゞしろ日記

すゞしろ日記

  • 発売日: 2009/08/01
  • メディア: 単行本