書評王の島

トヨザキ社長こと豊﨑由美さんが池袋コミュニティカレッジで開講している「書評の愉悦ブックレビュー」。そこで書評王に選ばれた書評を紹介するブログです。

テジュ・コール『オープン・シティ』小磯洋光訳

 

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)

書いた人:長瀬海(ながせ・かい)2017年9月書評王
ライター・書評家(これまでの仕事リスト → http://nagasekai.tumblr.com)。
ツイッターID: @LongSea 
メールアドレス:nagase0902アットマークgmail.com

 

 ナイジェリア系アメリカ移民作家テジュ・コールの『オープン・シティ』を読んでいて、ふと、思い出したのは近代日本の小説家・永井荷風だ。荷風は街を歩くのが好きだった。明治の東京に散見される江戸の残り香を嗅ぎながら、ひたすら歩き続けるのを趣味とした。

〈市街の美観は散々に破壊されてゐた東京中で、河を渡つて行く彼の場末の一角ばかりは、到る処の、淋しい悲しい裏町の眺望の中に、衰残と零落の、云尽くし得ぬ純粋、一致、調和の美が味はれた。〉

 これは荷風の短編「深川の唄」の一節だ。荷風は、歩くことで、じぶんの想念に入り込む。〈寂しい悲しい裏町の眺望の中〉に没入することで、いわば、想念の散歩に耽るのだ。

『オープン・シティ』の語り手〈私〉もまた、ニューヨークの市街を歩き回りながら、それがやがて想念の散歩へと移ろいで行く。〈黄昏の散歩は私の欲求を満たしてくれた。決め事が多く精神を締めつける職場から解き放ってくれた。(中略)嬉しいことに街は仕事と正反対だった。何かを決めるということ(中略)はさほど重要ではなく、自由の感覚を思い出させてくれたのだ。〉精神科で働く語り手は五感を研ぎ澄ませながら、ニューヨークじゅうのブロックを歩く。目にした光景が一つの思念を生み、それがまた新しい想念につながる。読者は〈私〉のそんな〈自由な感覚〉に翻弄されながらも、それも悪くないな、と思いつつページを繰る。例えば、地下鉄の駅のホームへと人々が駆け下りていくのを目にする場面。そこで〈私〉は次のように想う。

〈全人類が本能に逆行して死へと突き動かされ、移動式の地下墓地に突進している気がした。地上で私は、それぞれの孤独のうちに暮らす数えきれない他者と生きている。一方、地下鉄の車内では見知らぬ人間と密着しながら居場所と息をする空間を求め、人を押しやり、人に押しやられている。そこでは誰もが、気付いていないトラウマを再現し、孤独を深めているのだ。〉

 地下鉄に吸い込まれる人の群れが死と連関して想起される。〈移動式の地下墓地〉はそこに埋没されるサラリーマン、学生、ホームレスといった〈孤独のうちに暮らす数えきれない〉人々の〈孤独を深めている〉要塞なのだ。

 〈孤独〉というのは、本書のなかの最頻出ワードの一つだ。それは、〈私〉じしんが、深い〈孤独〉を抱え込んだ人間の一人であることに起因しているのだろう。ナイジェリアから移住してきた語り手は、父を失い、母と別れ、無意識の裡に祖母を探している。想念の散歩は、自己の歴史を掘り下げ、それは世界史的な虐殺の史実、戦争の記憶へとつながっていく。こうした暴力的な過去が、現在に呼び起こされると、〈私〉の孤立した生はより一層深まって読者の前に現れる。

 しかし、〈私〉が独りぼっちかというと決してそういうわけではない。大学時代の恩師、かつて恋人だった女性、広いニューヨークで偶然再会した旧友の姉。〈私〉の想念の散歩は、彼女・彼らの思い出と絡まりあい、物語を複層的に奏でていく。ナイジェリアからの移民として、マイノリティの立場に立つ語り手が紡ぐストーリーは、そうやって融和する過去と現実の中で、加害者の世界と被害者の世界が次々と表象されていくのだ。特に、20章で、とある人物が閉ざされた思い出の蓋を開ける時、読者は驚かずにはいられないのである。

 日本の近代における戯作小説家であり遊歩者でもあった永井荷風も、思えばまた、孤独の夢想者だった。それゆえに荷風は、例えば代表作『あめりか物語』の中で、渡米先のニューヨークを歩き回り、想念の散歩を繰り広げたのだった。テジュ・コールの物語には、似たような趣きがある。かつて悲劇的な経験をした街——本書ではそれはグラウンドゼロの跡ととして現れる——で深呼吸した瞬間に感じる、空気の重さが、そのまま物語の重さになること。それは孤独で自由な夢想者のなせる技なのだ。

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)

 

 

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川崎徹『あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった』

あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった

書いた人:豊崎由美(とよざきゆみ)2017年8月書評王
1961年生まれのライター・書評家。最新刊は大森望との共著『村上春樹騎士団長殺し」メッタ斬り!』(河出書房新社)。

 

 

〈自分が十歳小学四年生で、嬉々として橋から列車目がけて石を投じる子供じみた悪遊びに取りつかれていた頃、この人はすでに二十二歳で会社勤めをし、好き合った者が社内にいて、週の半分は相手の部屋に泊まる半同棲を、大人の生活をしていたのだと考えることはあった〉

 川崎徹の最新長篇『あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった』は、平山とユキコさんという老夫婦の物語だ。十二歳年上なのは平山ではなく、ユキコさんのほう。〈急行で四十五分、さらにそこから地下鉄乗り継いで会社に行くような〉東京郊外の街に出来た建売の家を買って長年住んでいるものの、駅から家に続く急勾配の坂道が、老いた足腰には堪えるようになっている。
 二人はよくお喋りをする。日々の他愛ない話や、過去の出来事について、観た映画について、王選手と長嶋選手について、お互いの老いについて、話ははずむ。でも、二人の記憶は時に行き違う。家の近くまでバスが通るはずだという不動産屋の話を信じて実印を押したのはどちらだったかとか、かつて交わした会話で互いがどんな言葉を発したかとか、自分で仕入れたつもりだった豆知識が実は相手に教えられたものだったとか。しかし、これは老いた証拠というわけでもない。記憶とは若い時分からそうしたもので、覚え違いに気づいて小さく笑いあったり、憮然としたりすることが、誰かと共に生きる歓びなのだということを、平山とユキコさんの、生真面目さとユーモアが同居する会話が教えてくれるのだ。
 平山の父が半年分の小遣いをはたいて買ったのに、強風にあおられて飛ばしてしまった深緑色のボルサリーノを、車輪に巻き込んだまま走り抜けた列車。列車めがけて漬け物石を投じた八百屋の姉妹。列車に体当たりして死んだ町の名士。網棚に置き去られた赤ん坊。高校の山岳部の再興を託された新米教師の木川田。体を鍛えるべく鉄下駄で校庭を走る木川田を撮った八ミリのショートフィルム作品で、コンクールの銀賞を勝ち取った平山ら写真部の部員。後年、日本で十本の指に入る登山家としてヒマラヤで死んだ木川田。結婚の報告にきた平山を内股ですとんと投げ飛ばした、ユキコさんの柔道五段の父。電車の中で、流れる景色を見ながら涙を流した見知らぬ男。
 時折家にやってくるたぬきと、お菓子をつまみながらソファで並んでテレビを見るような人、ユキコさんとの静かな生活と会話が呼び水となって、平山の過去を形作った人々や記憶の像がゆっくりと焦点を結んで、現在進行形の物語の中に混ざっていく。その融通無碍な語り口こそが、川崎徹作品の真骨頂だ。 〈何ごとにせよ気づくのは常に後になってからだ。いまさら遅い、手の打ちようのない頃ようやく事の芯が見えてくる。それは四十年五十年経てすっかり出来事を忘れた頃、長い無沙汰の詫びもなく不意に戻って取り逃がした意味を気づかせる。姿を露わにした事の芯は時の経過にも拘わらず古びてはおらず、半日前のことのようにみずみずしい〉
 併録されている、今から十二年前に出たものの、長らく読めないままだった中篇『彼女は長い間猫に話しかけた』も一緒に読めば、川崎徹にとって記憶のメカニズムがいかに重要なモチーフかがよくわかるはずだ。とことん静かなのに、心の深いところまで響く声が心地好い、この素晴らしい二篇に接して、川崎徹がCMディレクターだったことを思い出す人はいないはず。ここにいるのは、一人の優れた小説家だからだ。

 

あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった

あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった

 

 

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宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』(KADOKAWA)

あとは野となれ大和撫子

書いた人:和田M 2017年7月書評王
最近読んで面白かったのはデイヴィッド・ロッジ『恋愛療法』。


 宮内悠介が飛ばしている。第1回創元SF短編賞を機縁に2011年にデビューした宮内は、応募と落選を繰り返したそれまでの十年間の鬱憤を晴らすかのように、現代性と問題提起を含んだ野心作を矢継ぎ早に発表している。デビュー当初こそ、ジャンル性の強い東京創元社早川書房の媒体を活躍の舞台にしていたが、その実力はすぐに知れ渡り、近年は新潮社、文藝春秋など大手から引っ張りだこだ。最新作となる本作も『文芸カドカワ』での連載をまとめたもの。
〈この国の名は、アラルスタン。――かつて、アラル海と呼ばれた場所だ。〉
 アラル海中央アジアにある湖で、その面積は世界第四位。ところが旧ソ連の灌漑事業により河川からの流入量が激減し、大部分が干上がってしまった。その塩の大地に、周辺のマイノリティや難民が集まってきてできた新興国がアラルスタン、そういう設定だ。アラルスタンは架空の国だが、アラル海が灌漑で五分の一ほどに縮小したのは事実。後者のほうをフィクションらしく感じてしまうのは評者の無知が理由だが、そんな嘘みたいなほんとの話を取り込んで架空国家の領土にしてしまうのが彼らしい。日本製の少女型ロボットが落下するという奇天烈なモチーフでつながった連作短編集『ヨハネスブルグの天使たち』でも、象徴性を帯びた実在の建造物を墜落の舞台に選んでいた。宮内は、現実に存在するある種のひずみから虚構の糸を紡ぎ出す。
 物語は、ODAの仕事で日本からアラルスタンにやってきた父親とその家族の朝食のシーンから始まる。ささやかな団欒をウズベキスタン軍の空爆が襲う。かろうじて瓦礫から助け出されたのは五歳の娘ナツキだけだった。立ち尽くすナツキの頭上を軍用ヘリや無人機が飛び交う。〈そのどれが敵か味方かもわからない。あるいは、どちらの陣営も、ナツキにとっては敵であるのかもしれなかった〉。政争か信仰か利潤か、空爆をもたらしたのがなんであったとしても、それが少女の両親を殺した。背後の力学ごと、少女はそれを憎むだろう。しかしなんの因果か15年後、彼女は政権の中枢に座って国家運営に携わることになる。ナツキとともに国を担う女性たちもみな同様の悲惨な過去を持っている。その彼女たちが、避けがたく誰かを傷つける立場に身を置く、という枠組みがこの作品の肝だろう。
 劣悪な環境ゆえそれを変えられる技術者が中心となった〈最初の七人〉の国造り、ハレムから少女たちの高等教育機関へと姿を変えた〈後宮〉、メキシコのサパティスタを連想させる、話の通じる過激派〈アラルスタン・イスラム運動〉などの魅力的な道具立てと、中央アジアの複雑な地政学ソ連時代の負の遺産といった、事実に基づく背景が絡み合う。
 こう書くとどうも堅く響くが、実際の語り口はきわめて軽い。いつものクールな文体とも『スペース金融道』で披露したコメディタッチとも違う。ナツキたちの会話はお笑いの掛け合いのようだし、ハリウッド映画さながらの派手な見せ場もある。これらと事態のシリアスさとのきわどいバランスが賛否を呼びそうだが、そう考えると、各章のあとに置かれる日本人旅行者のブログ「ママチャリで世界一周」の役割は小さくない。本編にも顔を出すバックパッカーの書くこのブログの、いかにもありそうなノリが、緩衝材として効いている。
 アラル海の縮小は「20世紀最大の環境破壊」とも呼ばれる。その形容が偽善、よくいっても一面的な見方に過ぎないことをナツキは学ぶ。それはリベラルなお題目を糾弾する真のリベラリストの視線に近い。四肢欠損というハンデと引き換えに碁の才能を開花させる少女を創出したデビュー作「盤上の夜」以来、中途半端を排して人間の可能性と限界を問う作者の姿勢は一貫している。直木賞芥川賞をはじめ、エンタメ、純文学両方の賞にノミネートされる宮内は、本作でさらに幅広い読者を獲得しそうだが、ものごとを深く突き詰めて物語に昇華させるセンスで、今後もその出自を示し続けてほしい。

あとは野となれ大和撫子

あとは野となれ大和撫子

 

 

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松浦理英子『最愛の子ども』

最愛の子ども

書いた人:豊崎由美(とよざきゆみ)2017年6月書評王
1961年生まれのライター・書評家。最新刊は大森望との共著『村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!』(河出書房新社)。

 

「とにかくわたしたちは、日夏と真汐をわたしたちの世界での空穂の親と認定した。そして、三人を〈わたしたちのファミリー〉と呼ぶことにした。三人をわたしたち自身の家族と考えるのではなく、みんなで観賞し愛でるアイドル的な一家族という意味での〈わたしたちのファミリー〉だった」  
 同じ教室で、同じ黒板を見て、同じメンバーで昼食をとって学校行事に参加して──。だからこそ、なんとなく生まれる「わたしたち」の気分。中高一貫教育の私立玉藻学園高等部の女子クラス2年4組の「舞原日夏 パパ」「今里真汐 ママ」「薬井空穂 王子様」をめぐる疑似家族に起きた足かけ4年の出来事を、彼女らを見守るクラスメートにして、「小さな世界に閉じ込められて粘つく培養液で絡め合わされたまだ何ものでもない生きものの集合体」たる「わたしたち」が物語るというスタイルをとった松浦理英子の最新作『最愛の子ども』を読んで、中高生の頃の教室の空気を鮮明に思い出す読者は少なくないはずだ。
「いつも好きな人や物に対して冷たい気持ちといとおしい気持ちを両方抱く。だから何ものにもほんとうに耽溺することはない」日夏。要領よく生きて行く術を放棄し、どこまでも意固地に潔癖を貫く真汐。ネグレクトと過干渉を繰り返す情緒不安定気味な母親に育てられ、学校では日夏と真汐から「格別に可愛いたいせつな子」として愛玩されている空穂。男子クラスを掌握しているマチズモの権化のような鞠村尋斗に扇動された男子たちから、ブスだの何だの、やっかみまじりの揶揄を受けても微動だにしないプライドと結束力を保つ2年4組の面々。
「女子高生らしさ」というテーマに対し、しごくまっとうな異論反論を展開して痛快な真汐の作文から幕を開け、日夏と真汐のなれそめ、2人が空穂を慈しむようになった経緯、3人それぞれのキャラクターや現実の家族にまつわるエピソード、修学旅行や文化祭といった行事での出来事などが、「聞き知っていることを織り交ぜながらさらに想像を広げて行く」という「わたしたちの妄想」によって物語られていく。その声は甘やかで親密で、しかし、集団にありがちな同調圧力には決して向かっていかない。自分も2年4組の一員になりたい! 読みながら、そう胸を焦がす女性は多いのではないだろうか。  
 外の世界でたとえ嵐が吹き荒れていようとも、エコスフィア(閉ざされた透明な球体に水と藻とエビを入れ、太陽光だけで生態系を保てるようにした環境)のごとき完璧な調和を保っているこの小さな神話のような物語にも、しかし、空穂の母親が日夏に対して抱く、娘を取られるかもしれないという恐れによって、やがて大きな波風が立つようになる。その時、日夏が、真汐が、空穂が、「わたしたち」が、どんなことを思い、どうふるまい、どんな旅立ち方をするのか。  
 これは、レズビアンについての小説ではない。日夏と真汐と空穂は互いに恋愛感情を抱いているわけではない。大切な人を大事にするには、どういう思考と態度が好ましいのか。相手も自分も気持ちがいいスキンシップとはどんなものか。その仮説を、読んで面白い物語の中に、多角的に展開した小説なのである。「人でも動物でも可愛がられないと可愛くならない」と考える日夏と、彼女の愛撫を受けてどんどん愛らしさを増す空穂に、“わたしたち”読者は、1987年発表の傑作『ナチュラル・ウーマン』の花世と容子の幸福な進化形を見ないではいられない。デビュー作から一貫して、本来大らかで多様性に富む性愛を、性器結合中心主義に縛りつける風潮や考えに疑義を呈してきた作家・松浦理英子にしか書けない唯一無二の小説なのである。 

最愛の子ども

最愛の子ども

 

 

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リービ英雄『模範郷』

模範郷

書いた人:白石秀太(しらいし しゅうた) 2017年3月トヨザキ社長賞
同志社大学文学部美学芸術学科卒。会社員

 

「『there』のないカリフォルニア」というエッセイでリービ英雄は、カリフォルニアにいた約二年間の〈衝撃的〉な生活を振り返っている。たしかに快適な日々が永遠のように続く〈パラダイス〉かもしれないが、その土地らしさもなく、異文化に触れたとき生じる違和感も与えない、つまり「there」にいるという気持ちと一切無縁で、カルチャー・ショックすら感じさせないカリフォルニアの文化が、何よりショッキングだったというのだ。
 この衝撃はひときわ大きかったはずだ。というのもリービ英雄の著作の多くは、ここではない「there」の漂泊の経験をもとに生まれているからだ。
 アメリカ生まれの青年が、父と暮らす横浜の領事館から家出して喧騒の新宿をさまようデビュー作の『星条旗の聞こえない部屋』。幼少時代を台湾ですごし、現在は日本在住という主人公ヘンリーが、中国大陸の奥地から奥地へと旅する『ヘンリーたけしレウィツキー夏の紀行』。母国ではない異国の文化へ、都市ではない奥地へ。私小説やノンフィクションを通じて、there、あちら側を探求してきたのは、漂泊の中でこそ、時代ごとに地理的、言語的に国境をまたいできた自身の生立ちと対峙できるからだった。
 しかしまだ、訪れていない場所があった。作品の中で何度も、著者の原風景として現れる子供時代の家。台湾の台中にある模範郷と呼ばれた町だ。本作『模範郷』は、じつに52年ぶりとなる「帰郷」を書いた表題作をはじめ4編が収められている。
 長年、台中を避けていたのには理由があった。今までは、現代化されていない中国大陸の農村地帯を巡ることで、50年前の台湾の〈面影〉を探し求めてきた。そして〈幻の「自分の台湾」〉だけを鮮やかに保ち、創作のための源泉としてきた。だからこそ、昔の名残は無いと分かっている故郷を目にして、〈実際に失った東アジアの家を、もう一度、記憶の中で失うことを、ぼくは、たぶん、恐れていた。〉というのだ。
 学会に招待されたことをきっかけに「現実の台湾」に帰ってみよう決心した〈ぼく〉だが、胸中でうずまくのは、期待ではなく不安だった。台北を出発した新幹線とともに不安は加速して、日本の都市と変わらない台中駅に降りたときには〈わずかな空虚感〉となっていた。すると突然、駅のベンチで現地の男性から話しかけられる。
 〈Where are you from?〉
 〈ぼくは英語で、五十年前に、here にいた、と説明した。〉
 そう、ここは、何十年も「there」を漂ってきた後に到着した「here」だ。ただし「there」でもないが、故郷の実感もない、母国語でない言葉が響く、〈here には here がない〉ような場所。その模範郷に「帰郷」した〈ぼく〉は、ビルの間の路地を歩きまわって、目には見えない我が家を探し、当時母が聴いていたレコードの歌に心の耳を澄ませる。今までの旅とは違った意味の異国を舞台に、半世紀守ってきた記憶を新たな感情で綴っていくのだ。
 本作を締めくくる「未舗装のまま」が、この小説を喪失の一言では表せない、不思議な余韻を残す。台湾から新宿の自宅に帰ってきた日、手をつけていなかった母の遺品からアルバムを取りだす、という一編だ。離婚することになる両親と弟の四人、模範郷を離れる年に家で撮った、何重もの意味で失われたひと時の写真を見つける。しかし特別な感情がわくこともないまま、〈永久の現在を指先でとざす、そのような感覚でアルバムをとじて、箱の一番下にもどした。〉郷愁のためではなく、記憶を、言葉を、自分の存在を問い続けるために、またひとつの「here」に別れを告げて、〈ぼく〉は歩きだすのだ。

 

模範郷

模範郷

 

 

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マイケル・オンダーチェ『ビリー・ザ・キッド全仕事』福間健二訳

ビリー・ザ・キッド全仕事 (白水Uブックス)

書いた人:悠木みつば(ゆうき みつば)2017年5月トヨザキ社長賞
〆切を過ぎたあとに提出した書評王でもなんでもない書評
1986年名古屋市生まれ 一般市民
一時間に一行くらいのペースで文章を書くことができたり、できなかったりします。
ブログ、あります。http://yukibookreview.blog.fc2.com/

 

 西部劇だ。

 二十一人殺した。二十一歳で死んだ。無法者。ビリー・ザ・キッド。ほかに知られているのは〈ある恋愛沙汰をほのめかすもの〉と〈名前しか知られていない曖昧な友人たち〉だけ。完璧だ! カナダの詩人、マイケル・オンダーチェは思う。

 スリランカで生まれ、アメリカ西部の神話的英雄に憧れていたカウボーイ衣装の少年は。その後も西部劇を見る。たくさん見る。しかし、〈映画はどれも安全すぎる気がした〉。〈悪党たちは必ず岩山から死へと転落し〉〈古い仲間たちは陽気な声をあげながらフェイドアウト〉して消える。そこに〈私たちを混乱させたり、教訓調をおさえたりする「第二幕」は存在しない〉のだ、と悟る。

 カナダに移り二冊の詩集を刊行した。まわりの文芸雑誌には、新しい形式で書かれた様々な〈声〉の作品が並ぶ。良い。とても良い。あるものには作業日誌と詩編が並び、写真とテクストを組み合わせた本もある。そうした手法・視点・声の一つひとつを、全て一篇の作品にまとめあげたらどうなるだろう?

 完璧だ。天啓が訪れる。書くべきは少年期の憧れ。謎に満ちた西部の伝説的人物。資料の空白部は自由を意味する。伝記に書かれていない不明の部分は、全てでっちあげてしまえばいい。

 『ビリー・ザ・キッド全仕事』

 かつての古い西部劇には存在しなかった、驚きに満ちた「第二幕」が始まる。

 オンダーチェの想像力は、二枚の扉だ。西部劇映画に出てくる古びたバーの入り口に、両開きの扉があるのだと思い描いてもらいたい。扉の片方は詩で、もう一方は小説で出来ている。はじまりは、ビリーによって書かれたという想定のいくつかの詩だ。

 殺したものと、殺されたものたちの名前。ブートヒルに二つしかないという自殺者の墓。死肉をついばみ、血管を12ヤードもの長さまで引きずっていくヒナドリ。愛のジュースでばりばりになり、不具になった魔女ほどにもはやく動かせない美しい指。エーテルを飲んでいるみたいないい風。世界のどこでもいちばんやさしいハンターたち。銃の教訓。

 詩によってつくられた世界を、散文が補強していく。

 細部を丁寧につづった美しい文章で書かれた風景に加えて、テキサス・スターによる架空のビリー・ザ・キッドインタビュー。漫画『ビリー・ザ・キッドとお姫様』を文章で再構成したもの。虚構のドキュメンタリー写真までもが挿入され。女性に優しく振舞う紳士としてのビリーを語るサリー・チザムや、かつての仲間であり後に宿敵となった保安官パット・ギャレットのアンビバレントな言葉が小説を立体化していく。

 あらゆるものを詰め込んで語られる物語。そう。それは。西部劇だ。何物にもしばられない無法者の自由を許容していた古きアメリカと、汚らしいごろつきどもを消し去り近代的な所有権に守られた新しい自由都市を建設しようとする資本家たちのせめぎあいの場。

 そこでは多くの血が流れ。昨日の友は今日の敵となり。腰のホルスターから抜かれた拳銃からは、弾丸が。弾丸が。弾丸が発射されて宙を飛び交い。敗れ去ったものは世界から退場していく。しかしその中で、最も自由だった者の魂は、死後も消えることなく繰り返し語られ、芸術家による作品として永遠に残っていく。

  詩と小説、二つの想像力でできた両開きの扉から出ていくと。砂漠の風に吹かれて、ビリー・ザ・キッドがそこにいる。原著は1970年・刊行。詩人・福間健二訳。

 

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『百年の散歩』多和田葉子(新潮社)

 

百年の散歩

書いた人:鈴木隆詩  2017年5月書評王
フリーライター

 〈自分は孤独だと認めてしまうのは気持ちがいい。春だからこそできること。孤独だなんて最悪の敗北宣言ではあるけれど。友達が見つからなかった、恋人が見つからなかった、家族が作れなかった、仕事がない、住むところがない。そうなっても誰もじろじろ見たりしないから、平気で歩き回れるのが大都市だ〉。

 ベルリンで暮らす日本人の「わたし」が、一人、街を歩き回る小説、『百年の散歩』。長年住んでいるはずの街なのに、この小説には「わたし」の顔なじみの住人たちは、一切登場しない。 〈匿名の体になりたくてわざわざ都会の、しかも自分の住んでいない地区をうろうろする〉という「わたし」。おそらく、彼女には行きつけの店のいくつかがあり、友達が集まる場所があるのだろうが、それはこの物語から、そっと排除されている。

 その代わり、「わたし」は人名が付けられている通りや広場を歩く。カント通り、カール・マルクス通り、マルティン・ルター通り、レネー・シンテニス広場、ローザ・ルクセンブルク通りなどなど。いずれもこの街に関わりのある思想家、芸術家たちだ。レネー・シンテニスは二度の世界大戦の時代を生きた女性彫刻家。金熊賞銀熊賞で有名なベルリン映画祭の、トロフィーの熊の作者である。〈街路の名前になっている人には、命をかけて戦争に反対したという業績の人が多いから、彼女もそうだったのかもしれない。どんな一生を送った人か知りたいけれど、すぐに調べてしまうのではもったいない。今日こそが調べる日だという日が来るまで名前だけを大事に抱きしめていたい〉。「わたし」は、街を歩きながら、こんなふうにベルリンの百年に触れる。知り合いに会うことがない散策だが、どの通りにも、街を(思索や芸術によって)作ってきた、今はもうこの世界にはいない人たちの息吹がある。

 「つまづきの石」というものの存在も、恥ずかしながら、この小説で初めて知った。小さな花屋の店先を見て、冗談めかしてマフィアが不正資金浄化のために営んでいる店かも、と考えていた「わたし」は、〈全く別のものが視界に入って、脳内の話題が豹変した〉。それが、つまづきの石。ナチス・ドイツの犠牲になった人が住んでいた場所の路面に設置されている十センチ四方の真鍮板だ。〈マンフレッド・ライス、1926年生まれ。殺されたのは1942年、アウシュビッツ〉と、「わたし」は板に刻まれた文字を読む。このプロジェクトは一九九三年にケルンで始まり、今はヨーロッパ中に広まっているという。

 もちろん、「わたし」は街を歩きながら、歴史を振り返っているだけではない。街で見かけた人たちに、この人はナタリー、この人はジャンヌと勝手に名前を付け、時にはその人の過去のストーリーまで妄想してしまう。小ぎれいな店よりも、どこかアヤシイ店に心惹かれて、ついふらふらと入っていく。バナナ・パンを出す店の女主人とのやり取りは、好きな箇所だ。〈「美味しい?」と訊かれ、食べられないこともない、と答えるのも失礼なので、無機質な「はい」で答えると、「今日初めて作ったの。自分でも味見してないから、美味しいかどうか自信なかったの」と言う〉。でも、残さず食べる。

 また、トイレのドアを開けると、そこは百年前の教室で、本を読んでいた子供たちに一斉に視線を向けられる、なんていう不思議も起こる。「わたし」の想像力の中では、百年のベルリンの全ての時が同時に存在していて、彼女はそこを自由自在に行き来する。
 「わたし」は一人きりで街を歩きながら、「あの人」のことを考え続ける。「あの人」とはいつも、街のどこかで落ち合う約束をしているのだが、それはなかなか果たされないのだ。いったい誰なのか。最後にその謎が明かされ、小説は春の爽やかな孤独に包まれて終わる。

 

百年の散歩

百年の散歩

 

 

 

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