書評王の島

トヨザキ社長こと豊﨑由美さんが池袋コミュニティカレッジで開講している「書評の愉悦ブックレビュー」。そこで書評王に選ばれた書評を紹介するブログです。

松浦理英子『最愛の子ども』

最愛の子ども

書いた人:豊崎由美(とよざきゆみ)2017年6月書評王
1961年生まれのライター・書評家。最新刊は大森望との共著『村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!』(河出書房新社)。

 

「とにかくわたしたちは、日夏と真汐をわたしたちの世界での空穂の親と認定した。そして、三人を〈わたしたちのファミリー〉と呼ぶことにした。三人をわたしたち自身の家族と考えるのではなく、みんなで観賞し愛でるアイドル的な一家族という意味での〈わたしたちのファミリー〉だった」  
 同じ教室で、同じ黒板を見て、同じメンバーで昼食をとって学校行事に参加して──。だからこそ、なんとなく生まれる「わたしたち」の気分。中高一貫教育の私立玉藻学園高等部の女子クラス2年4組の「舞原日夏 パパ」「今里真汐 ママ」「薬井空穂 王子様」をめぐる疑似家族に起きた足かけ4年の出来事を、彼女らを見守るクラスメートにして、「小さな世界に閉じ込められて粘つく培養液で絡め合わされたまだ何ものでもない生きものの集合体」たる「わたしたち」が物語るというスタイルをとった松浦理英子の最新作『最愛の子ども』を読んで、中高生の頃の教室の空気を鮮明に思い出す読者は少なくないはずだ。
「いつも好きな人や物に対して冷たい気持ちといとおしい気持ちを両方抱く。だから何ものにもほんとうに耽溺することはない」日夏。要領よく生きて行く術を放棄し、どこまでも意固地に潔癖を貫く真汐。ネグレクトと過干渉を繰り返す情緒不安定気味な母親に育てられ、学校では日夏と真汐から「格別に可愛いたいせつな子」として愛玩されている空穂。男子クラスを掌握しているマチズモの権化のような鞠村尋斗に扇動された男子たちから、ブスだの何だの、やっかみまじりの揶揄を受けても微動だにしないプライドと結束力を保つ2年4組の面々。
「女子高生らしさ」というテーマに対し、しごくまっとうな異論反論を展開して痛快な真汐の作文から幕を開け、日夏と真汐のなれそめ、2人が空穂を慈しむようになった経緯、3人それぞれのキャラクターや現実の家族にまつわるエピソード、修学旅行や文化祭といった行事での出来事などが、「聞き知っていることを織り交ぜながらさらに想像を広げて行く」という「わたしたちの妄想」によって物語られていく。その声は甘やかで親密で、しかし、集団にありがちな同調圧力には決して向かっていかない。自分も2年4組の一員になりたい! 読みながら、そう胸を焦がす女性は多いのではないだろうか。  
 外の世界でたとえ嵐が吹き荒れていようとも、エコスフィア(閉ざされた透明な球体に水と藻とエビを入れ、太陽光だけで生態系を保てるようにした環境)のごとき完璧な調和を保っているこの小さな神話のような物語にも、しかし、空穂の母親が日夏に対して抱く、娘を取られるかもしれないという恐れによって、やがて大きな波風が立つようになる。その時、日夏が、真汐が、空穂が、「わたしたち」が、どんなことを思い、どうふるまい、どんな旅立ち方をするのか。  
 これは、レズビアンについての小説ではない。日夏と真汐と空穂は互いに恋愛感情を抱いているわけではない。大切な人を大事にするには、どういう思考と態度が好ましいのか。相手も自分も気持ちがいいスキンシップとはどんなものか。その仮説を、読んで面白い物語の中に、多角的に展開した小説なのである。「人でも動物でも可愛がられないと可愛くならない」と考える日夏と、彼女の愛撫を受けてどんどん愛らしさを増す空穂に、“わたしたち”読者は、1987年発表の傑作『ナチュラル・ウーマン』の花世と容子の幸福な進化形を見ないではいられない。デビュー作から一貫して、本来大らかで多様性に富む性愛を、性器結合中心主義に縛りつける風潮や考えに疑義を呈してきた作家・松浦理英子にしか書けない唯一無二の小説なのである。 

最愛の子ども

最愛の子ども

 

 

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リービ英雄『模範郷』

模範郷

書いた人:白石秀太(しらいし しゅうた) 2017年3月トヨザキ社長賞
同志社大学文学部美学芸術学科卒。会社員

 

「『there』のないカリフォルニア」というエッセイでリービ英雄は、カリフォルニアにいた約二年間の〈衝撃的〉な生活を振り返っている。たしかに快適な日々が永遠のように続く〈パラダイス〉かもしれないが、その土地らしさもなく、異文化に触れたとき生じる違和感も与えない、つまり「there」にいるという気持ちと一切無縁で、カルチャー・ショックすら感じさせないカリフォルニアの文化が、何よりショッキングだったというのだ。
 この衝撃はひときわ大きかったはずだ。というのもリービ英雄の著作の多くは、ここではない「there」の漂泊の経験をもとに生まれているからだ。
 アメリカ生まれの青年が、父と暮らす横浜の領事館から家出して喧騒の新宿をさまようデビュー作の『星条旗の聞こえない部屋』。幼少時代を台湾ですごし、現在は日本在住という主人公ヘンリーが、中国大陸の奥地から奥地へと旅する『ヘンリーたけしレウィツキー夏の紀行』。母国ではない異国の文化へ、都市ではない奥地へ。私小説やノンフィクションを通じて、there、あちら側を探求してきたのは、漂泊の中でこそ、時代ごとに地理的、言語的に国境をまたいできた自身の生立ちと対峙できるからだった。
 しかしまだ、訪れていない場所があった。作品の中で何度も、著者の原風景として現れる子供時代の家。台湾の台中にある模範郷と呼ばれた町だ。本作『模範郷』は、じつに52年ぶりとなる「帰郷」を書いた表題作をはじめ4編が収められている。
 長年、台中を避けていたのには理由があった。今までは、現代化されていない中国大陸の農村地帯を巡ることで、50年前の台湾の〈面影〉を探し求めてきた。そして〈幻の「自分の台湾」〉だけを鮮やかに保ち、創作のための源泉としてきた。だからこそ、昔の名残は無いと分かっている故郷を目にして、〈実際に失った東アジアの家を、もう一度、記憶の中で失うことを、ぼくは、たぶん、恐れていた。〉というのだ。
 学会に招待されたことをきっかけに「現実の台湾」に帰ってみよう決心した〈ぼく〉だが、胸中でうずまくのは、期待ではなく不安だった。台北を出発した新幹線とともに不安は加速して、日本の都市と変わらない台中駅に降りたときには〈わずかな空虚感〉となっていた。すると突然、駅のベンチで現地の男性から話しかけられる。
 〈Where are you from?〉
 〈ぼくは英語で、五十年前に、here にいた、と説明した。〉
 そう、ここは、何十年も「there」を漂ってきた後に到着した「here」だ。ただし「there」でもないが、故郷の実感もない、母国語でない言葉が響く、〈here には here がない〉ような場所。その模範郷に「帰郷」した〈ぼく〉は、ビルの間の路地を歩きまわって、目には見えない我が家を探し、当時母が聴いていたレコードの歌に心の耳を澄ませる。今までの旅とは違った意味の異国を舞台に、半世紀守ってきた記憶を新たな感情で綴っていくのだ。
 本作を締めくくる「未舗装のまま」が、この小説を喪失の一言では表せない、不思議な余韻を残す。台湾から新宿の自宅に帰ってきた日、手をつけていなかった母の遺品からアルバムを取りだす、という一編だ。離婚することになる両親と弟の四人、模範郷を離れる年に家で撮った、何重もの意味で失われたひと時の写真を見つける。しかし特別な感情がわくこともないまま、〈永久の現在を指先でとざす、そのような感覚でアルバムをとじて、箱の一番下にもどした。〉郷愁のためではなく、記憶を、言葉を、自分の存在を問い続けるために、またひとつの「here」に別れを告げて、〈ぼく〉は歩きだすのだ。

 

模範郷

模範郷

 

 

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マイケル・オンダーチェ『ビリー・ザ・キッド全仕事』福間健二訳

ビリー・ザ・キッド全仕事 (白水Uブックス)

書いた人:悠木みつば(ゆうき みつば)2017年5月トヨザキ社長賞
〆切を過ぎたあとに提出した書評王でもなんでもない書評
1986年名古屋市生まれ 一般市民
一時間に一行くらいのペースで文章を書くことができたり、できなかったりします。
ブログ、あります。http://yukibookreview.blog.fc2.com/

 

 西部劇だ。

 二十一人殺した。二十一歳で死んだ。無法者。ビリー・ザ・キッド。ほかに知られているのは〈ある恋愛沙汰をほのめかすもの〉と〈名前しか知られていない曖昧な友人たち〉だけ。完璧だ! カナダの詩人、マイケル・オンダーチェは思う。

 スリランカで生まれ、アメリカ西部の神話的英雄に憧れていたカウボーイ衣装の少年は。その後も西部劇を見る。たくさん見る。しかし、〈映画はどれも安全すぎる気がした〉。〈悪党たちは必ず岩山から死へと転落し〉〈古い仲間たちは陽気な声をあげながらフェイドアウト〉して消える。そこに〈私たちを混乱させたり、教訓調をおさえたりする「第二幕」は存在しない〉のだ、と悟る。

 カナダに移り二冊の詩集を刊行した。まわりの文芸雑誌には、新しい形式で書かれた様々な〈声〉の作品が並ぶ。良い。とても良い。あるものには作業日誌と詩編が並び、写真とテクストを組み合わせた本もある。そうした手法・視点・声の一つひとつを、全て一篇の作品にまとめあげたらどうなるだろう?

 完璧だ。天啓が訪れる。書くべきは少年期の憧れ。謎に満ちた西部の伝説的人物。資料の空白部は自由を意味する。伝記に書かれていない不明の部分は、全てでっちあげてしまえばいい。

 『ビリー・ザ・キッド全仕事』

 かつての古い西部劇には存在しなかった、驚きに満ちた「第二幕」が始まる。

 オンダーチェの想像力は、二枚の扉だ。西部劇映画に出てくる古びたバーの入り口に、両開きの扉があるのだと思い描いてもらいたい。扉の片方は詩で、もう一方は小説で出来ている。はじまりは、ビリーによって書かれたという想定のいくつかの詩だ。

 殺したものと、殺されたものたちの名前。ブートヒルに二つしかないという自殺者の墓。死肉をついばみ、血管を12ヤードもの長さまで引きずっていくヒナドリ。愛のジュースでばりばりになり、不具になった魔女ほどにもはやく動かせない美しい指。エーテルを飲んでいるみたいないい風。世界のどこでもいちばんやさしいハンターたち。銃の教訓。

 詩によってつくられた世界を、散文が補強していく。

 細部を丁寧につづった美しい文章で書かれた風景に加えて、テキサス・スターによる架空のビリー・ザ・キッドインタビュー。漫画『ビリー・ザ・キッドとお姫様』を文章で再構成したもの。虚構のドキュメンタリー写真までもが挿入され。女性に優しく振舞う紳士としてのビリーを語るサリー・チザムや、かつての仲間であり後に宿敵となった保安官パット・ギャレットのアンビバレントな言葉が小説を立体化していく。

 あらゆるものを詰め込んで語られる物語。そう。それは。西部劇だ。何物にもしばられない無法者の自由を許容していた古きアメリカと、汚らしいごろつきどもを消し去り近代的な所有権に守られた新しい自由都市を建設しようとする資本家たちのせめぎあいの場。

 そこでは多くの血が流れ。昨日の友は今日の敵となり。腰のホルスターから抜かれた拳銃からは、弾丸が。弾丸が。弾丸が発射されて宙を飛び交い。敗れ去ったものは世界から退場していく。しかしその中で、最も自由だった者の魂は、死後も消えることなく繰り返し語られ、芸術家による作品として永遠に残っていく。

  詩と小説、二つの想像力でできた両開きの扉から出ていくと。砂漠の風に吹かれて、ビリー・ザ・キッドがそこにいる。原著は1970年・刊行。詩人・福間健二訳。

 

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『百年の散歩』多和田葉子(新潮社)

 

百年の散歩

書いた人:鈴木隆詩  2017年5月書評王
フリーライター

 〈自分は孤独だと認めてしまうのは気持ちがいい。春だからこそできること。孤独だなんて最悪の敗北宣言ではあるけれど。友達が見つからなかった、恋人が見つからなかった、家族が作れなかった、仕事がない、住むところがない。そうなっても誰もじろじろ見たりしないから、平気で歩き回れるのが大都市だ〉。

 ベルリンで暮らす日本人の「わたし」が、一人、街を歩き回る小説、『百年の散歩』。長年住んでいるはずの街なのに、この小説には「わたし」の顔なじみの住人たちは、一切登場しない。 〈匿名の体になりたくてわざわざ都会の、しかも自分の住んでいない地区をうろうろする〉という「わたし」。おそらく、彼女には行きつけの店のいくつかがあり、友達が集まる場所があるのだろうが、それはこの物語から、そっと排除されている。

 その代わり、「わたし」は人名が付けられている通りや広場を歩く。カント通り、カール・マルクス通り、マルティン・ルター通り、レネー・シンテニス広場、ローザ・ルクセンブルク通りなどなど。いずれもこの街に関わりのある思想家、芸術家たちだ。レネー・シンテニスは二度の世界大戦の時代を生きた女性彫刻家。金熊賞銀熊賞で有名なベルリン映画祭の、トロフィーの熊の作者である。〈街路の名前になっている人には、命をかけて戦争に反対したという業績の人が多いから、彼女もそうだったのかもしれない。どんな一生を送った人か知りたいけれど、すぐに調べてしまうのではもったいない。今日こそが調べる日だという日が来るまで名前だけを大事に抱きしめていたい〉。「わたし」は、街を歩きながら、こんなふうにベルリンの百年に触れる。知り合いに会うことがない散策だが、どの通りにも、街を(思索や芸術によって)作ってきた、今はもうこの世界にはいない人たちの息吹がある。

 「つまづきの石」というものの存在も、恥ずかしながら、この小説で初めて知った。小さな花屋の店先を見て、冗談めかしてマフィアが不正資金浄化のために営んでいる店かも、と考えていた「わたし」は、〈全く別のものが視界に入って、脳内の話題が豹変した〉。それが、つまづきの石。ナチス・ドイツの犠牲になった人が住んでいた場所の路面に設置されている十センチ四方の真鍮板だ。〈マンフレッド・ライス、1926年生まれ。殺されたのは1942年、アウシュビッツ〉と、「わたし」は板に刻まれた文字を読む。このプロジェクトは一九九三年にケルンで始まり、今はヨーロッパ中に広まっているという。

 もちろん、「わたし」は街を歩きながら、歴史を振り返っているだけではない。街で見かけた人たちに、この人はナタリー、この人はジャンヌと勝手に名前を付け、時にはその人の過去のストーリーまで妄想してしまう。小ぎれいな店よりも、どこかアヤシイ店に心惹かれて、ついふらふらと入っていく。バナナ・パンを出す店の女主人とのやり取りは、好きな箇所だ。〈「美味しい?」と訊かれ、食べられないこともない、と答えるのも失礼なので、無機質な「はい」で答えると、「今日初めて作ったの。自分でも味見してないから、美味しいかどうか自信なかったの」と言う〉。でも、残さず食べる。

 また、トイレのドアを開けると、そこは百年前の教室で、本を読んでいた子供たちに一斉に視線を向けられる、なんていう不思議も起こる。「わたし」の想像力の中では、百年のベルリンの全ての時が同時に存在していて、彼女はそこを自由自在に行き来する。
 「わたし」は一人きりで街を歩きながら、「あの人」のことを考え続ける。「あの人」とはいつも、街のどこかで落ち合う約束をしているのだが、それはなかなか果たされないのだ。いったい誰なのか。最後にその謎が明かされ、小説は春の爽やかな孤独に包まれて終わる。

 

百年の散歩

百年の散歩

 

 

 

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フリオ・リャマサーレス『黄色い雨』木村榮一訳

黄色い雨 (河出文庫)

書いた人:小平智史  2017年4月 ゲスト栗原裕一郎
1985年生まれ。仕事では英会話の本を作ったりしています。

 

 二〇〇五年に刊行されたスペインの作家フリオ・リャマサーレスの『黄色い雨』が、短編二編を新たに加えた形で復刊された。表題作の舞台は、過疎化が進み住人が次々と出て行った僻村、アイニェーリェ村。語り手の男は、崩壊していく村に妻サビーナと、飼っている雌犬と共にとり残される。さらに冬のある朝、粉挽き小屋で〈目をかっと見開き、首が折れ曲がったような格好で機械の間に袋のようにぶら下がって、ゆらゆら揺れて〉いる、妻の変わり果てた姿を発見する。妻の自殺により、男はついに村に残された最後の人間になったのだ。
 手入れをする者のない畑や家々が荒れ果てていくことは避けようがないが、男は村を離れようとはしない。誰もいない村での生活を淡々と語るが、その語りは孤独な身の上を呪うものではなく、村の崩壊と自分の死をただ待ち受ける口調である。〈私はすべてに疲れきっていた〉と男は語る。〈もはや何かをしなければならないとか、何かをしたいという気持ちになれな〉いのだと。
 意外なことに、孤独な主人公を待つのは静寂に閉ざされた世界ではない。戦争に行ったきり戻らなかった息子の亡霊が家の中をうろつき、母の亡霊が、時には家族を引き連れて毎晩のように姿を現して台所の椅子に座っている。夜、〈錆びついた物が立てる音、黴が壁の中に入り込んで内側から腐らせていく音〉に耳を傾ける男は、ただの静寂ではなく、にぎやかな沈黙とでも呼べるものの中に身を置いているのだ。
 この小説は忘却と追憶についての物語でもある。〈霧と荒廃の中に消え去った記憶を守ろうとするのは、結局は新たな裏切り行為でしかないのだ〉と語る男には、忘却に抗おうという気すらない。にもかかわらず過去の出来事はしぶとく脳裏に浮かび続ける。〈ある物音を聞いたり、何かの匂いを嗅いだり、思ってもみないものが突然手に触れたりすると、時間が一気に溢れ出して、情け容赦なくわれわれに襲いかかり、稲妻のような激しい閃光で忘れたはずの記憶を照らし出す〉。
 そうした記憶をフィルターのように覆うのが、タイトルにもある〈黄色い雨〉だ。ある時、粉挽き小屋にいた男は〈突然黄色い雨が降り注いで、粉挽き小屋の窓と屋根を覆い尽く〉すのを見る。それはポプラの枯葉だった。黄色い雨は〈街道を消し去り、堰を埋め尽くし〉、忘却の象徴のように〈がらんとした部屋のようになった私の心の中にまで入りこんで〉くる。この作品は、忘却というものを何かが見えなくなることではなく、別の「色」に変わってしまうこととして描くのだ。
 目まぐるしい展開はほとんどないこの作品だが、〈黄色い雨〉に代表されるイメージの数々は印象的だ。例えばサビーナが死んだ途端、狂ったように花をつけるリンゴの木。村の光景が黄色く染まって見え、〈木々、水、雲、ハリエニシダ、そしてついには大地までが黒い色からだんだんサビーナの腐敗したリンゴの色に変わって〉いく際の幻覚めいた毒々しさ。独特の質感を備えた濃密なイメージが次々と展開される。
 この小説の語りは、過去を順序だった物語でなくイメージの断片のように提示する。主人公はなぜ自分や村がこうなってしまったのかについて論理的な説明をしようとはせず、ただ「見る」ことだけを続けようとし、その態度には生死を超越した感すらある。〈死が私の記憶と目を奪い取っても、何一つ変わりはしないだろう。そうなっても私の記憶と目は夜と肉体を越えて、過去を思い出し、ものを見つづけるだろう〉。その達観は、村を捨てて去った息子を思うときだけ心もち揺らぐようにも思えるのだが、その揺らぎがこの男の語りに生々しいリアリティーを与えている。本作は、死と崩壊の運命に向かって静かに歩む男の目を通して、妖しくも豊穣な世界の像を読者に提示するのである。

黄色い雨 (河出文庫)

黄色い雨 (河出文庫)

 

 

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『こびとが打ち上げた小さなボール』チョ・セヒ(斎藤真理子訳)

こびとが打ち上げた小さなボール

書いた人:豊崎由美(とよざきゆみ)2017年4月書評王

1961年生まれのライター・書評家。最新刊は大森望との共著『「騎士団長殺し」メッタ斬り!』(河出書房新社)。

 

 

 日本の翻訳界で手薄なのがアジア文学。多くの日本人は名誉白人をきどっているというか、近隣諸国をひとつ下に見たがるところがあり、その欧米敬拝根性ゆえに中国や韓国、東南アジアの小説に食指を動かさない傾向があるからではないかと、わたしは疑っている。ところが、ここ数年、新潮社の「クレスト・ブックス」シリーズ、白水社の「エクス・リブリス」シリーズを中心に、日本の読書界にとってはマージナルな存在だったアジア文学の良書が次々と翻訳されるようになって嬉しい限り。おかげで、チョ・セヒが1978年に発表した連作短篇集(のスタイルを取った長篇小説ともいえる)『こびとが打ち上げた小さなボール』も、思いがけず日本語で読めるようになったのである。「思いがけず」というのも、この小説、言葉の自主規制はなはだしい日本では翻訳困難な単語がバンバン放たれる過激な内容になっているからだ。  なんせ冒頭の1篇が、〈せむし〉と〈いざり〉が自分たちの家を取り壊しておいて、相場より低い額の保証金しか払わなかった業者の男を襲う話。で、最後に置かれた1篇も、同じコンビが、自分たちを置き去りにした見世物で人寄せする移動薬売りを、殺意をもって追いかける話。この、グロテスクな詩情を湛え、かつシニカルな笑いを呼ぶ寓話のような2つの物語と、間に挟まれたリアリズム寄りの10篇の舞台になっているのは、朴正煕による軍事独裁政権下、知識人が次々と連行され、資本家によって労働者が搾取される一方だった1970年代の韓国なのである。  スムーズに水も出てこない家に住み、世の中の不公平さに苛立ちを覚えている中産階級の専業主婦シネが、〈こびと〉に水道を修理してもらい、自分もまた彼の仲間なのだということに思い当たる「やいば」。学生運動に身を投じ、精神を失調させたシネの弟の物語「陸橋の上で」。特権階級の父親に敷かれたレールに反発を覚える受験生が、自分でものを考え、曇りのない目で社会を見ることを学んでいく「軌道回転」と「機械都市」。巨大企業グループ一族に属する青年の目を通し、持てる者の残酷さを活写する「トゲウオが僕の網にやってくる」。  当時、北朝鮮よりも貧しかった韓国の経済成長を第一義にかかげた朴正煕政権による急激な都市開発によって、生を蹂躙されていくスラムの住人たちをはじめ、さまざまな立場にある人物を登場させることで、民衆苦難の時代を立体化させるこの小説の中心にいるのが、スラムの住人代表といえる〈こびと〉一家だ。長男ヨンス、次男ヨンホ、長女ヨンヒそれぞれの視点から、家族のために懸命に働いてきた愛情豊かで辛抱強い〈こびと〉の、報われなかった一生を描く表題作。資本家から人間として扱われない理不尽な状況下、勉強会を開き、組合を結成したヨンスが、静かに怒りを内に育てていく過程を描いた「ウンガン労働者家族の生計費」と「過ちは神にもある」。  描かれていることのほとんどは、読んでいてギョッとするほど苛烈で過激で過酷。でも、イメージ喚起力の高い、時に詩的とすらいってもいい文章が、この小説を貫く悲しみに繊細な表情と普遍性を与え、日本人のわたしからも深いレベルにおける共感を引き出す。つまり、韓国文学を超えて世界文学になっている作品なのだ。  作中で重要なエピソードとして語られる「こびとが打ち上げた小さなボール」にまつわる出来事。「小さなボール」とは一体何を意味するのか。わたしは、〈こびと〉がわが子や祖国に託す未来ではないかと受け取る者だが、解釈は読者一人ひとりに任されている。この小説が本国でベストセラーになり、ロングセラーとして読まれ続けているのは、今もなお「小さなボール」に心を寄り添わせる人たちがいるということの証左だ。そんな韓国の読書界を、わたしはリスペクトする。 

 

こびとが打ち上げた小さなボール

こびとが打ち上げた小さなボール

 

 

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『模範郷』リービ英雄

模範郷

書いた人:藤井勉 2017年3月書評王

会社員、共著に『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)。
「エキレビ!」でレビューを書いております。
http://www.excite.co.jp/News/review/author/kawaibuchou/

 

 

 リービ英雄8年ぶりの作品集となる本書は、4つの短篇を収めている。全篇を通じて主人公となるのは、リービ英雄という名の作家の〈ぼく〉だ。冒頭を飾る表題作「模範郷」で〈ぼく〉は、現地の日本語教師に招かれて台湾を訪れる。目的は子供の頃に住んでいた家の跡を見つけること。〈実感のない故郷には帰りたくない〉と長らく帰郷をためらっていた〈ぼく〉だが、地方都市・台中の郊外にある故郷・模範郷へと52年ぶりに向かう。

 本書を私小説として括るのは簡単だが、実は様々な側面がある。たとえば「模範郷」は、優れた紀行文でもある。植民地時代に日本人が建設した模範郷は、日本家屋の建ち並ぶ町だった。ところがマンションやコンビニが建てられた今、当時の面影はない。それでも作者は町の区画から想像力を駆使して、かつて見た風景を再現する。狭い路地の側溝を見つけて、突然こみあげる〈ここだった〉という感覚。〈I give to you〉という歌詞と共に脳裏に浮かぶ、大きな平屋の自宅に流れる音楽と母の姿。後に現実となる、家族との別離の予感。蘇ってくる記憶に感情を乱して、顔を涙で濡らす〈ぼく〉。読者が知るのは、模範郷の記憶だけではない。自分の見た景色がもはや戻ってこないという喪失感をも、追体験していくのだ。

 さらに本書は、小説を書けなくなった作家の物語として読むこともできる。〈ぼく〉は自身が評論対象である本を手に取り、〈帯には「移動と越境の作家」といういつものぼくのキーワードが書かれている〉と、主題としてきた言葉に飽きていることを隠さない。〈小説は、すでに書きつくした〉と、創作意欲を失ってしまったことも隠さない。根底には2011年の春に芽生えた、作家としての無力感と倦怠があった。「模範郷」で台湾を訪問した頃の〈ぼく〉は、多くの死を乗り越えて再び小説を書く動機を探していた。

 第2篇「宣教師学校五十年史」では、通っていた台湾の宣教師学校を訪ねる〈ぼく〉。場所を移転し真新しい校舎となった学校に、感慨はない。それよりも、購入した宣教師学校の五十年史『通常でない絆』を読んで心を動かされる。中国で生まれ、内戦で台湾に逃れてきた白人の卒業生たちが拙い英語で書いた回想文。そこに〈ぼく〉は故郷中国への愛着を読み取り、彼らの見た大陸の風景に思いを馳せる。第3篇「ゴーイング・ネイティブ」では、1938年に『大地』でノーベル賞を受賞したアメリカ人作家パール・バックの評伝を読む。中国で生まれ育った彼女が中国人の視点から、英語で小説を書いた先見性に〈ぼく〉は驚きを覚える。だけど彼らに対して、ある疑問が頭から離れない。〈なぜ、中国語で書かなかったのか〉と。その答えを考察する中で、外国語で小説を書く意義を再発見していく。そんな書く動機を模索する過程で主人公の語る言葉は、そのまま作者の創作論として読むこともできる。

 こうした多様な形式から連想されるのが、台湾文学の歴史だ。清朝・日本・中国国民党と統治者が変わるごとに、漢語・台湾語・日本語・中国語と使用する言語は変わり、郷土文学・反共文学・モダニズム文学・原住民文学などさまざまなジャンルの作品が書かれてきた。エッセイ集『日本語を書く部屋』(2001年刊)の中で、〈ぼくは家族崩壊というアメリカ文学のテーマと、歴史という中国文学のテーマを、近代日本文学の主流を成してきた私小説の文体の中で織りなそうとした〉と書いたリービ英雄。彼が台湾文学の多様性という新たなテーマを手に入れるきっかけが、第4篇「未舗装のまま」の結末には描かれている。本書は作者に縁の深かった国とこれまで取り上げてきたテーマがすべて味わえる上に、台湾という新境地を切り拓いた作品として記憶されるに違いない重要な一冊だ。

模範郷

模範郷

 

 

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