書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

田中小実昌『新編 かぶりつき人生 』

新編 かぶりつき人生 (河出文庫)

書いた人:白石秀太 2019年2月書評王
目下フランク・ミラー作『シン・シティ』にドはまりしています。大大大傑作コミックです。


 さぁさぁお立合い。御用とお急ぎでなかったら、ゆっくりと聞いておいで見ておいで。あと一年で当ミレニアムも二十年となるわけだが今ここに取り出した「G線上のアリャ」という本。ここに収められているのは同じ二十でも昭和二十年代、戦争が終わって間もないころのお話だ。
 米軍兵舎の炊事場に〈アイ・ウオンナ・ジョッブ〉といって現れたのは、復員したばかりの田中小実昌、ひと呼んでコミさんだ。ゼニも欲しいが栄養も欲しい。失敗作の料理を失敬する妙技を体得したがちょうどそのころクビになり、向かった先は渋谷の東横デパート。四階には劇場つまりコヤがあって、その雑用係になった。客寄せにコヤがストリップを始めたところ大賑わい、一階までエロを求める列ができたが、栄枯盛衰は世の習い、火事でコヤはあっけなくグランドフィナーレでコミさん再び〈アイ・ウオンナ・ジョッブ〉となった。
 続いて転身したのが将校クラブのバーテンダー。コミさん再び妙技炸裂、酒をくすねたりしていたのだが、将校の私物盗難事件がおこって容疑者にされてしまった。疑いは晴れたがクビにされて〈アイ・ウオンナ・ジョッブ〉。そこで入ったテキヤの世界。易者、通称ロクマとなりあちこちで筮竹(ぜいちく)をジャラジャラ、エイッとやった。テキヤは隠語、チョウフの世界でもあって、祭礼は〈タカマチ〉で客は〈キャア〉、賭博は〈ブショウ〉で東京ですら〈ドエ〉ときて、猫も杓子も隠すもんだから面白い。
 闇市でもなきゃロクなモノがなかったころ、からだ一つで稼ぐしかない、その気軽さを気に入ったコミさんが、ときに厄介ごとに巻き込まれたりしながら、食いぶちを求めて流れていく、戦後〈ジョッブ〉放浪記ともいうべきエッセイだ。
 続いてはこの本の看板を背負う「かぶりつき人生」のご紹介だ。〈かぶりつき〉とはご存知客席の一番前のことで、ストリッパーの〈脚〉、〈おヒップ〉、〈ばすと〉の楽しみ方や、時のストリップの名所、浅草の各コヤを紹介する〈ストリップ考古学〉なんかをコミさんが最前線からお届けするのがこの一編だ。
 おっと財布を出した学生さん、兵は拙速を尊ぶとはいうが、これがただのストリップ観察記だと思ったら大間違い。踊り子たちの人生にも目を向ける。
 たとえば新潟から東京に来た女についてはこう。収入はひと月約五万円、そこから衣装代月七千円、あし代三千円、家の部屋代が光熱費込みの一万円、そして食費と保険料と仕送りをひいて、手元に残るのがやっとこれくらい。……といったぐあいに、ストリッパーの生活にだって〈かぶりつき〉から観察だ。
 いやしかしだ、〈かぶりつき〉ぐあいでいったら広島からきた女だろう。というのも何を隠そうちょっと良い仲になった相手なんだから。中学を出ずに働き出したソバ屋を皮切りに飲み屋、ドサ廻りの芝居、そしてストリップ一座へと移り、その旅先でマネージャーにギャラを持ち逃げされたところで女が出会ったのがコミさんだった。流れ者どうし、気が合ったんだろうか。そして驚きなのはコミのミミ、耳だよ。しょっちゅう脱線する女の話をことこまかく覚えていて、ときには1ページ以上、広島弁もそのままに彼女の言葉を引いてきちゃう。 しかも〈録音でもするみたいに、記憶につつみこまれているせいだろう〉なんてとぼけるところも、いや、にくい。
 自由気ままに流れていった先々で、巡り合った人たちの声を頭の中でつつみこむ。この本をひらけばコミさんが集めたそんな声がまるで聞こえてくるようなんだ。
 この二編に、「ヌード学入門」、「こみまさ=ヌード・ゼミ」という、東京や大阪のストリップ劇場をめぐる、東西ストリップ見聞録ともいえる二つも加わって、しかも文庫本なんだから買って損なし間違いなし。全国の書店さんの在庫もあとわずか、こないだ新宿で一冊みかけたが、あれもいま誰んとこの子になったかわかりゃしない。ここにあるのも現品限りの在庫なし。そうと分かれば遠慮はご無用、税別780円だッ。

新編 かぶりつき人生 (河出文庫)

新編 かぶりつき人生 (河出文庫)