書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

「ビッグ・クエスチョン」に魅せられたい人に薦める3冊

書いた人:山口裕之 2019年4月書評王
朝、ちょっと早く出て、出勤前にあちこちの立ち食いそばを食べてます。人形町「福そば」で食べた春菊天玉480円が絶品でした。

 

 車イスの天才・ホーキング博士(※1)は、2018年3月に76歳で亡くなった。アインシュタイン以降ではもっとも有名な科学者だったかもしれない彼の“遺作”として、没後に刊行されたのが『ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう』。「宇宙はどのように始まったのか?」「ブラックホールの内部には何があるのか?」といった自身の専門分野の質問から「神は存在するのか?」「人工知能は人間より賢くなるのか?」といったものまで多岐にわたる「難問」に対して、ユーモアを交えながら、誰にでもわかる言葉を使って答えている。〈最後に言いたいのは、基本粒子の集まりにすぎない私たち人間が、自分たち自身を支配する、そしてまた私たちのこの宇宙を支配する法則を理解できるようになったという事実は、偉大な功績だということだ。私は、本書に取り上げたビッグ・クエスチョンを考えると胸が躍るし、それらを探求することに情熱を傾けている。その興奮と情熱を、みなさんに伝えたいのだ〉。晩年には比喩でなく「指一本」動かすことさえできなかった彼の内側には、最後までこの熱が持続していた。

ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう

ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう

  数学の世界にも、さまざまな「ビッグ・クエスチョン」がある。なかでも一般人でも不思議さがわかる特別な謎を紹介しているのが『「無限」に魅入られた天才数学者たち』。「無限」といえば、数えられない、果てがない、というイメージが浮かぶが、数学的には「無限」にも「種類」や「大小」がある。それを発見した19世紀の数学者・カントール(※2)の生涯を中心に、「無限」の深淵を垣間見せてくれるのが本書。たとえば「0から1までの区間には、0から2までの区間と同じだけの数がある」とか、「0から1の間にあるすべての有理数(※3)を1から引いても1になる」とか「自然数(※4)の無限は、実数(※5)の無限よりランクが低い」とか……本書の記述以上にかみくだいて説明できる自信がないので謎だけを挙げてみたが、これらが気になる人はぜひ読んでほしい。

   生物学で長らく最大の謎のひとつとされてきた遺伝暗号。その解ともいうべきDNAの二重螺旋構造を1953年に解き明かしたワトソン&クリックの若いほうであるワトソン(※6)が、発見の15年後に発表したのが『二重螺旋』だ。じつに生々しい筆致で当時の研究者コミュニティが描き出されていて、発表直後から物議を醸すと同時にベストセラーになったというのも頷ける。ただのゴシップという批判もあったようだが、とんでもない。ふたりの業績が同時代の多くの科学者の研究に支えられていたということ、手厳しい批判と思えたものがきっかけとなって決定的なアイデアの飛躍が生まれたのだということ、科学者コミュニティにおける競争と仁義の微妙な関係など、その中身は科学啓蒙書というよりレースの裏側を描いたスリル満点のノンフィクションというのがふさわしい。日本では2015年に発売された“完全版”では、大量の脚注が施されている。当時は「主観的」だと批判されたワトソンの記述がとことんまで裏付けされているという点で、また豊富な写真や図版・解説で読み物として飛躍的に面白くなっているという点で、ぜひ“完全版”をおすすめする。

二重螺旋 完全版

二重螺旋 完全版

  ビッグ・クエスチョンは、研究者だけのものではない。科学とテクノロジーが答えを出したとして、それを〈実際に応用するためには、知識と理解のある人間が必要になる〉とホーキング博士も書いている。ところで、上掲書はすべて、青木薫氏の訳によって日本版が刊行されている。『フェルマーの最終定理』『暗号解読』などのベストセラーで知られるサイモン・シン作品の翻訳も彼女だし、自ら著した『宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理宇宙論』(氏は素粒子論で理学博士を取得)も素晴らしい。どんなに難しそうな分野の本でも、「青木訳なら読み通せる」。手の故障のため音声入力で仕事をしている(※7)そうで、心配しつつも1冊でも多く氏の仕事を読みたいと思ってしまうわがままな私なのである。


=紹介した本の一覧=
*『ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう』(著:スティーヴン・ホーキング、訳:青木薫/NHK出版)
*『「無限」に魅入られた天才数学者たち』(著:アミール・D.アクゼル、訳:青木薫早川書房
*『二重螺旋 完全版』(著:ジェームズ・D. ワトソン、訳:青木薫/新潮社)
*『フェルマーの最終定理』(著:サイモン・シン、訳:青木薫新潮文庫
*『暗号解読(上・下)』(著:サイモン・シン、訳:青木薫新潮文庫
*『宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理宇宙論』(著:青木薫講談社現代新書


※1 ブラックホールの研究で画期的な業績を残した理論物理学者。『ホーキング、宇宙を語る』(35カ国語で翻訳され、2500万部以上を売り上げた)をはじめとした著書で一般人にもわかりやすく科学の魅力を紹介。そしてなにより21歳にして「余命5年」とも言われる筋萎縮性側索硬化症(ALS)に冒されながらも50年以上にわたって精力的に研究、講義、執筆を続けた超人。
※2 1845年ロシアに生まれ、ドイツで活躍したユダヤ系の数学者。1918年没。「長さ1の直線と、一辺が1の平面に同じだけの点がある」ということを自分で証明しておいて、友人に「我見るも、我信ぜず」と書き送ったというお茶目な人。精神を病み、サナトリウムで病没。
※3 分数で表現できる数のこと。
※4 いわゆる1,2,3……といった正の整数のこと。
※5 数直線上に書ける数ぜんぶのこと。つまり虚数は含まない。虚数って何? iだよi(面倒になったらしい)。
※6 1928年シカゴ生まれ。1962年にノーベル賞受賞。2007年の人種差別発言で名声が地に落ち、経済的に困窮してメダルを競売にかけたとか。いろいろうっかりさんなのは昔から変わらないらしい。
※7 書き下すのは音声入力で問題なくても、推敲がたいへんだとか。お大事にしてください。