書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

『ミスター・チームリーダー』石田夏穂著

 第169回芥川賞候補作を収録した『我が手の太陽』(講談社)以来、1年少々ぶりの単行本。石田夏穂の『ミスター・チームリーダー』は、減量に苦しむ社会人ボディビルダーが主人公だ。
 31歳の後藤は4人の部下を持つ新米係長。大手のリース屋で、各地の建設現場に重機や資材を貸し出す業務に従事している。そこそこ中堅のボディビル選手でもある彼は、いま焦っていた。大会まで2か月を切っているのに、あと7キロも減量しなければならないのだ。
 係長としても、ままならないものを感じている。ただでさえ減量による空腹で気が立っている朝、机に配られているちんすこうとサーターアンダギーを発見。〈ギョッと、一歩ひき下がった。一体誰だ、こんなものを置いたのは。ちんすこうとは「小麦粉、砂糖、ラードを練り固めた焼き菓子」だ。サーターアンダギーとは「小麦粉、卵、砂糖を練り固めた揚げ菓子」だ。いまは絶対にこんなもの食えない〉。なるべく見ずに部下の机に押しやると、出社してきた大島はPCの電源も入れる前からムシャムシャと食べだした。こいつの他にも、上司も部下も体脂肪率が高いやつらばかりで動きが鈍すぎる。〈後藤はデブが嫌いだった。自分の身体に対するリスペクトに欠けているから。自分の体型なんて、自分の意志で、どうにでもなることなのに〉。
 仕事の指示には従わないわ、昼休みの時間は守らないわ、客との打ち合わせをすっぽかすわ、太っているわで組織にとっては〈即物的にも、比喩的にも、体脂肪そのもの〉であるこの大島を他部署に放り出すことに成功したとたん、後藤の体重はスッと落ちた。〈俺のチームがシュッとすると、俺の身体もそうなる〉のだと実感した彼は、仕事のため、大会出場のために、”体脂肪”の削減に取り組んでいくのだが――。
 石田夏穂の美点が存分に発揮されている作品だ。細部への観察力とその表現力。筋トレあるあるというか、ボディビルダーという種族が何を考えているかという描写がすばらしい。仕事の都合で食事を抜くことになったとき〈秒ごとに自分の身体が損なわれている〉と焦るとか、時計を自慢する接待相手に〈ロレックスのデブよりミサンガのビルダーのほうが上〉だと思うとか、この繊細で傲慢な生き物をとても生き生きと描いている。
 石田作品としての注目ポイントといえば“自分らしさ"へのアプローチの変化だ。女性ボディビルダーの苦悩を描くデビュー作「我が友、スミス」にしても、とんでもない冷え性の女性をとりあげた「ケチる貴方」にしても、どうしてもゆずれないところがある面倒な人を主人公にしながら、そこにはある種の可愛げがあった。一方で本作の後藤は、会社のためにゆずれるところはゆずっている。なのに、邪悪な側に寄っているのはどうしたことか。〈この世に素のままで評価される人はいない。赤の他人に認められるために、誰しも懸命に努力するものだ。人間の価値はいつにしたって「自分らしく」をこえたところにある〉という後藤の思いは、ボディビルダーだけのものではないだろう。組織の論理とエゴが結びついたとき、何が起こるのか。笑えるのに、とても怖い小説なのだ。

2024年12月書評王:山口裕之 

クリスマス前からカゼを引いたうえ、年始にインフルエンザに。冬休みをぜんぶ台無しにしたあげく、仕事始めには回復するという社畜ムーブをかましました。我ながら組織の論理が染みついている。