書店に行けば目立つ一角にコーナーが設けられ、ふたりで食卓を囲む日々を描いた漫画『きのう何食べた?①~㉔』(よしながふみ著講談社)や、中年男性の一途な想いと可愛らしさが話題になったテレビ朝日系列のドラマ『おっさんずラブ』など、"BL(ボーイズラブ)"人気はもはや一過性のムーブメントではなくすっかり定着した感がある。
一方、BLは苦手という意見も当然ながらある。だが、BLと一口に言っても設定や登場人物は様々。感情移入できたりできなかったりするのは他のジャンルと同様で、BLというラベルだけで遠ざけてしまうのはとてももったいない、というわけでまずはこの1冊を。
やんちゃだが腕は確かな板前星野トオルと、無愛想で〈庭の怪〉退治が本業の庭師、鷹木明との微妙な距離感を描く漫画『てだれもんら①②』(*1)。トオルの明に向ける想いは周囲にダダ洩れだが、寡黙な明の気持ちは示されない。肴を作り一緒に晩酌をして過ごす週末の夜に、明の寝顔をそっと撮りためるのが精いっぱいだ。
著者中野シズカの体調不良により、1巻の刊行から6年の歳月を経て待望の再始動となった本作。月光に照らされた庭や松露の吸い物、ぐじ(甘鯛)の松かさ揚げなどの料理が美しく描かれ、明の勤務先〈枩叢(まつむら)植木〉店の看板犬、柴犬の丸介も可愛い。
ラブ要素は控え目ながら、トオルの背中の大きな火傷跡と、繰り返し見る悪夢に明が関わっているらしいことが示唆され、謎の解明に逸る気持ちを抑えつつ、今後の展開をゆっくり見守りたい作品なのだ。
トオルが明の寝顔を撮影しようとする度、寝ぼけて布団にもぐってしまう明に〈フトンをかぶるな!フトンを!〉と身悶えするシーンがあるが、布団を顔にかけることがリアルに禁止された場所が舞台になっているのが、BL界で熱烈な人気を誇る木原音瀬の「箱の中」だ。
痴漢の冤罪で実刑判決を受け、刑務所に収監された元市役所職員の堂野崇文。厳しい規則でがんじがらめの雑居房で、屈辱と不信感にまみれ体調を崩した堂野を看病し、優しさを向けてくれたのが同室の喜多川圭だった。殺人罪で服役中の彼には無神経と無邪気が同居しており、感情のやりとりが不器用で、堂野は欠乏と過剰の両極に戸惑い翻弄される。
集英社文庫版『箱の中』(*2)は、ふたりが出会う「箱の中」と出所後に堂野を探す喜多川の執念が迫る「脆弱な詐欺師」、そして再会後を描いた「檻の外」が所収され、3篇をとおして愛とは何かが鮮やかに描かれている。長年BL布教に尽力してきた作家三浦しをんの秀逸なBL考察を含む、素晴らしい作品解説も必読だ。
堂野の人生は冤罪で一転してしまったが、『あなたについて知っていること』(*3)の若き医師ターレクもまた、ある出会いによって思ってもみなかった未来を迎えることになる。
1980年代、エジプトのカイロでターレクは父のクリニックを継ぐべく医者になり、妻を娶って順風満帆の生活を送っていたが、スラム地区の美しい19歳の青年アリーの家にその母を往診するようになってから、全てが一変するのだ。溺れるようにアリーを愛するターレクを糾弾する周囲の人々の目。
やがて起きた事件を契機にターレクは、自身の人生を生き直す決断をする。彼が手放したものは、得たものは何だったのか。しかしそれを語るのは本人ではなく、ターレクを〈あなた〉と呼び、その胸中に思いを馳せ代弁する、謎に満ちた語り手の存在によって、後半の物語はがらりと趣きを変えてみせる。
小説や漫画におけるBLとは一種の仕掛けだ。社会的には未だ逆風であるにも関わらず、それでもこの道を選ぶという登場人物たちの意思が創作物のボルテージを押し上げ、主題を鮮やかに魅せてくれるのだ。読まず嫌いはもったいない。
2025年11月書評王:関根弥生
2作目に紹介した『箱の中』の解説で、三浦しをんさんがこの作品はノベルス版『檻の外』(蒼龍社)所収の「なつやすみ」まで読んで初めて完結するのだ!と熱く語られているのですが、絶版&電子化もされていないとあって、もはやツチノコ級の幻の書となっています。Amazonでの5千円超高値を選ぶか国会図書館に読みに行くか…。


