書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

『十二月の十日』ジョージ・ソーンダーズ著 岸本佐知子訳

司会:本日のディベートの論題は「人間の本性は善か悪か」。世の東西を問わず、誰も明確な答えが出せずにいる永遠のテーマですね。今回のルールとして議論を展開する際には、ソーンダーズの10篇の短編を収めた『十二月の十日』をテキストとして根拠を示すこととします。では、「人間の本性は悪だ」チームの立論からお願いします。
悪:本作品集冒頭に置かれた「ビクトリー・ラン」には、欲望の赴くまま14歳の美少女アリソンを襲う男〈露助(ルースキー)〉が登場し、「子犬」では、子犬を譲り受けに出かけた女性が、〈そこらじゅうのゴミ〉に埋もれたようなプアホワイトの家で、子どもがその母親によって〈ピーッ〉されているおぞましい光景を目にします。どちらの例でもなんのためらいも見せずに、まるで呼吸するかのように悪行に手を染めるのですから、人間の生来の気質は悪であると言わざるを得ません。
司会:ん?〈ピーッ〉は、「ホーム」の帰還兵マイキーの母親が、罵詈雑言系の言葉を自主規制するときに使っていた、あれですか?
悪:はい。うちのチームではネタバレ予防として使っています。
司会:わかりました。論拠の弱さを隠す目的とならないよう留意して、適宜使用することを認めます。それでは、次に「人間の本性は善である」チームの反対尋問を。
善:彼らには本当に何のためらいもなかったでしょうか。〈露助〉には、相当に抑圧された成育歴があったのではないですか?「子犬」の母親の行為は確かに児童福祉課が乗り出すケースですが、その動機にはよく耳を傾ける必要があるのではないでしょうか?
悪:むむ…(沈黙)。
司会:次に善チームの立論をお願いします。
善:「スパイダーヘッドからの逃走」で、怪しげな、そのくせ効果だけは絶大な数々の薬の治験者にさせられている服役中のジェフは、精神、身体共に破壊的なダメージをもたらす薬〈ダークサイドXTM〉を、同じく服役中の仲間に注入する承認権限を委ねられました。また、「センプリカ・ガール日記」の8歳の末娘エバは、移民を〈ピーッ〉する不気味な〈SG飾り〉の流行を受け入れられずにいました。ジェフは、そしてエバはどんな選択をしましたか?それは人間の本性が善だからこその選択だったと言えるのではないでしょうか。ソーンダーズ作品はこれまで「泣ける」とか、間違っても「ほっこり」などと評される作風ではありませんでしたが、自身初の長編で、2017年ブッカー賞を受賞した『リンカーンとさまよえる霊魂たち』では南北戦争の最中、幼い息子を亡くし悲嘆にくれるリンカーン大統領と各々の事情からこの世にとどまっている亡霊たちとの―
悪:待ってください!テキストは『十二月の十日』だけのはずです。
司会:善チームは気を付けてください。それでは最終弁論の時間です。まず善チーム、次に悪チームの順でお願いします。
善:表題作「十二月の十日」には、誰一人悪意のある奴は出てきません。〈プリンス・バリアント風の残念なおかっぱ頭〉で太目で妄想癖のある少年と、脳にできた腫瘍によって自身の精神が崩壊することを恐れる中年の男が凍れる湖で邂逅を果たしたとき、何が起きたでしょうか。私たちはやはり「人間の本性は善である」と結論付けざるを得ません。
悪:悪の種子は私たちの中に常にあります。前出「スパイダーヘッド―」のジェフは、その種子が開花するかどうかは〈神経学的素養と環境要因の精妙な掛け合わせ〉次第だと言いました。環境要因は変えることができます。人間の本性は悪ですが、その種子の存在を認めたうえで、開花させない仕組みを作ればいいのです。
司会:それでは判定の時間です。オーディエンスのみなさん、テキストをご参照のうえジャッジをお願いします。

2020年2月書評王:関根弥生
ディベートってちょっと胡散臭い。割り切れない数の端数を、無理やり切り上げて丸める感じがするからでしょうか。 

十二月の十日

十二月の十日