書評王の島

池袋コミュニティ・カレッジで開講中の「書評の愉悦ブックレビュー」で王に選ばれた書評を紹介するブログです。

【作家紹介シリーズ】内澤旬子

 以前から作品を読んできた内澤旬子さんのことが気になってしかたない。それというのも最新作を読んでしまったからだ。
 2007年の出世作『世界屠畜紀行』は、世界中の屠畜の現場を訪れてまとめた、自作イラスト入りの詳細なルポルタージュだった。モンゴルで屠畜された羊の内臓を見て、羊の中身を知りたくなってしまったことがきっかけで書かれた本作は、日本で今も言われなき差別を受けることのある屠畜従事者をめぐる社会的な背景への考察も多く、楽しみながら目を啓かされる。
 その後も内澤さんの興味は尽きず、家畜の誕生に始まる一生を知りたくて、自分で豚を育てることを決意。農家で豚の交配、分娩に立ち会い、千葉の格安貸家に移住して豚小屋を作り、三頭の子豚を迎え入れる。その成長に目を細め、ある時は脱走した豚を連れ戻して全身痣だらけになり、約半年の悪戦苦闘の末、三頭は100kgほどに成長する。
 彼らが屠畜され、「三頭の豚を食べる会」でふるまわれるまでを描いた屠畜実践編『飼い喰い』は、好きなことにのめりこんでいるうちに、こんな遠くまで来てしまったという、彼女の生き方を象徴するような一冊。
 この二作ですっかりファンになり、乳がん体験記『身体のいいなり』、小豆島への移住ルポ『漂うままに島に着き』と、新刊が出るたびに、その後の様子を追いかけてきた。
 だから最新刊もさっそく入手した。『ストーカーとの七〇〇日戦争』のタイトルどおり、なんと今度のテーマはインターネットのマッチングサイトで知り合った男性Aとの2年にわたる攻防。怖くて、彼女の行く末が心配で、一晩で読み通してしまった。
 別れ話がこじれてストーカーと化したAに困り果て、警察に相談する冒頭から、調書作成、逮捕、示談交渉、2ちゃんねる上での誹謗中傷を経た再逮捕。紆余曲折を経て自分の思いに沿う弁護士を探し、加害者の治療を手掛けるカウンセラーと出会い、ようやく光明が見え始める。結末まで怒涛の展開だ。
 一気読みしてしまうのは、緊迫した内容にそぐわないおもしろさのためでもある。どんなに危険な状況でも飼いヤギのカヨたちを優先する内澤さん。警察官、検事から弁護士まで、会う人ごとにスーツや人相チェックに余念がない内澤さん。警官が作成した供述調書を、仕事柄手際よく赤字で校正してしまう内澤さん、などなど。ふざけている場合じゃない、と突っ込みを入れながら、つい笑ってしまう。
 それにしても現在進行形のストーカーの存在には心底ぞっとする。本作後半には、週刊文春でこの作品の連載が始まった際のAの反応が出てくる。間に立つカウンセラーを通じ、彼の話が掲載されたことに憤りを表してきたのだ。彼が今もどこかでこの著作を手に取り、何らかの強い感情を抱いていることは容易に想像できる。著者曰く<「絶対安全」は、もう私の人生にはない>という言葉通りに。
 この本を書くことで、内澤さんはAに対する恐怖を追体験してしまったはず。忘れてしまいたい体験と向き合い続け、それを一冊の本にまとめる。それがどんな精神的ダメージになるのか、想像を絶するほどだ。でも、自らを題材にストーカー被害者への実質的な参考書を書きたいという気持ち、加害者の治療が被害者の安全保障につながるという主張、そして、何よりも、理不尽な被害にあって感じ続けてきたとてつもない怒り。恐怖をも凌駕するその怒りを収めるには、どうしてもこの本の執筆が必要だったのだろう。
 切実で、実用的、読み物としても楽しめる優れた一冊だ。テーマがテーマだけに、過去作のように自身のイラスト入りというわけにいかなかったのが唯一残念である。
 自分をさらけ出し、書き手としての矜持をもって本作を上梓した内澤さんが、安心して文筆業を続けられる環境に、一歩でも近づくことを切に願う。

2019年7月書評王:田仲真記子

飼い喰い』生活を一度送ってみるのが夢です。

世界屠畜紀行

世界屠畜紀行

  • 作者:内澤 旬子
  • 発売日: 2007/01/01
  • メディア: 単行本
飼い喰い――三匹の豚とわたし

飼い喰い――三匹の豚とわたし

  • 作者:内澤 旬子
  • 発売日: 2012/02/23
  • メディア: 単行本
身体のいいなり (朝日文庫)

身体のいいなり (朝日文庫)

  • 作者:内澤旬子
  • 発売日: 2013/08/07
  • メディア: 文庫
漂うままに島に着き (朝日文庫)

漂うままに島に着き (朝日文庫)

  • 作者:内澤旬子
  • 発売日: 2019/07/05
  • メディア: 文庫
ストーカーとの七〇〇日戦争

ストーカーとの七〇〇日戦争