書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

ケーシー高峰にお薦めしたい3作

書いた人:藤井勉 2018年4月度書評王
共著で参加しています『村上春樹の100曲』(立東舎)が6月15日に発売されます。
http://rittorsha.jp/items/17317417.html

 

■ノーマン・ロック『雪男たちの国』(柴田元幸 訳、河出書房新社
藤枝静男「空気頭」(『田紳有楽 空気頭』所収 、講談社文芸文庫
■『病短編小説集』(石塚久郎 監訳、平凡社ライブラリー

 

 拝啓 春の日差しも心地よい今日この頃、ご健勝にてお過ごしのこととお喜び申し上げます。さて、1月26日にご出演されたテレビ朝日報道ステーション」を拝見し、私の思いをぜひお伝えしたいと筆をとりました。日本の絶景を地元出身の有名人が紹介する企画で、山形県「玉簾の滝」をレポートするケーシーさん。滝の紹介もそこそこに、下ネタを連発されていましたね。なのに、滝の魅力は十分こちらに伝わってきました。深夜の雪山にポツンと立つケーシーさんと、背後に広がる滝の雄大さのコントラストが実に見事だったからです。
 画面を見ながら、ノーマン・ロック『雪男たちの国』のことが頭に浮かびました。1913年に南極大陸探検隊に参加したという、アメリカ人建築家ジョージ・ベルデン。精神病院で亡くなった彼の日誌を作家のノーマン・ロックが発見・編集したこの本は、ノンフィクションというより幻想小説という分類がふさわしい探検記です。ベルデン曰く、〈私たちの旅の目的地は、物質としては存在しない〉。基地を建設するとか、探検隊がどんな任務を持っているのかも作中で定かではありません。彼らが何をするのかといえば、影は凍るのか議論したり、雪上に現われた幻の女性を追いかけたり、空想上の雪男を抱きかかえてワルツを踊り出したりするのです。
 そんな南極をさまよう探検隊の人々が抱く虚無感や幻想から、雪と氷に覆われた世界の厳しさや美しさが浮かびあがります。南極の景色をユニークな方法で伝えるこの本を、ケーシーさんにロケのことを思い出しながら読んでほしいなと考えていました。

雪男たちの国

雪男たちの国

 

  それにしても雪まみれで、自分の状況を「玉簾の滝」と引っ掛けての〈パンティの中がタマスダレになってます〉なんてダジャレで表現する、辛さを見せない姿勢には感銘を受けました。飄々とふざけるケーシーさんの姿から連想したのが、藤枝静男の中篇「空気頭」です。作者兼語り手の〈私〉が〈私はこれから私の「私小説」を書いてみたいと思う〉と宣言して、物語は始まります。長年結核を病みヒステリー気味な妻との生活が綴られた私小説かと思いきや、話は意外な展開をみせます。彼女の身を案じる〈私〉は、ある病の影響で性欲を抑えきれずに浮気を重ねていたのです。しかも〈私〉は浮気相手の若い女性をセックスで圧倒するために中国糞尿学を研究し、人糞を加工した精力増進剤を製造。その開発に至るまでの道のりが語られます。シリアスになりきれない、なろうとしない自分を作品で滑稽に描く作者の姿勢は、ケーシーさんにも共感いただけるはずです。

田紳有楽・空気頭 (講談社文芸文庫)

田紳有楽・空気頭 (講談社文芸文庫)

 

  「報道ステーション」ではロケの腕前を堪能させていただきましたが、ケーシーさんといえばやはり医療漫談。「病」がテーマの小説を集めたアンソロジー『病短編小説集』が2016年に刊行された時には、きっとケーシーさんのネタ作りの参考になるだろうと生意気ながら思っていました。収録されている短編は、一口に病気といっても切り口が作者によって様々。同じ不眠症でもヘミングウェイ「清潔な、明かりのちょうどいい場所」の主人公は暗闇を恐れて夜も営業するカフェに居場所を求め、フィッツジェラルド「眠っては覚め」の主人公は寝床で起きたまま悪夢を妄想したりと、病気への向き合い方が異なります。アップダイク「ある「ハンセン病患者」の日記から」は、乾癬症で皮膚がボロボロであるコンプレックスをバネに成功を収めた陶芸家が主人公。最新の医療技術で皮膚が完治すると、彼の創作意欲は突如落ち込んでしまうのです。

病(やまい)短編小説集 (平凡社ライブラリー)

病(やまい)短編小説集 (平凡社ライブラリー)

 

 病気のネガティブなイメージを覆したり別の側面を映し出すおもしろさが、本書のそしてケーシーさんの漫談の魅力だと私は思います。不謹慎だろうとこういうものにお金を払って行くぞ、応援していくぞという気持ちを胸に、日々仕事に励んでおります。ご多忙と存じますが、ご自愛専一にますますのご活躍をお祈り申し上げます。敬具