書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

川上弘美『森へ行きましょう』書評

森へ行きましょう

書いた人:松嶋文乃 2018年1月ゲスト賞
元国語の教員。好きな教材は前田愛「ベルリン1888」。

 

 『蛇を踏む』で芥川賞を受賞し、代表作『センセイの鞄』『真鶴』等で、女性の繊細な心理を半歩引いた視点で描いてきた川上弘美の新作。試しに、読み始める前にカバーを外してみる。すると本の背を中心として、二匹の馬がそれぞれ左右に分かれて鬱蒼とした森に分け入って行くイラストが目に飛び込んでくる。これこそ、この作品のイメージ図だ。本作は、留津・ルツという同じ名前を持ち、別の世界を生きる女性が主人公。同じ境遇に生まれながら、いつの間にか別の方向へと舵を切り、全く異なる人生を歩んでいる二人の人生が年代を追って交互に語られる。そんなパラレルワールドを描いた意欲作だ。

 私達が皆そうであるように、留津もルツも喜びを見つけたり、ままならない思いを抱えたりしながら、日々生活している。2人の誕生から60歳までを描いたこの小説を読みながら、読者は自身と同じ年代の留津・ルツをつい自分と比較しながら読んでしまうのではないだろうか。30代の私は、その年で結婚している留津としていないルツ、それぞれの生活や思いを興味深く観察した。この頃の二人の様子を少しレポートしてみよう。

 幼い頃から引っ込み思案で真面目な留津は、既に見合い結婚して子供がいる。私が驚いたのは、新婚初夜に合い鍵を使って新居に居座っていた姑。夫は気に入らない事があると「留津はぼくが嫌いなの?」という台詞を脅し文句のように繰り返すお子ちゃまだ。挙げ句の果てに夫の不倫を知り、一層気持ちが冷めてゆく留津。私だったらこんな結婚生活、心底ごめんだ。一方、研究の仕事に夢中でサバサバした性格のルツは結婚に全く関心がない。初めて結婚を意識した同棲相手とは、その浮気現場を目撃しての最悪の別れ方。その後、結婚しないまま40歳を手前に職場の上司と「絶賛不倫中」。私だったらこちらもご免こうむりたい。留津の娘が言うように「ほかの道を選んでたら、違う人になったかもしれない」が、どちらを選んでも手放しで幸福とは言えない。しかし、彼女達はたくましい。二人ともそれぞれ20代、30代に失恋のショックで一晩中まんじりともしなかった経験をしているが、その時に彼女たちがイメージするのが「森」。辛い思いをしても、「森」の奥へ奥へと彼女たちは進もうとする。ちなみに、留津が大学の文芸部で書いた習作の題は「森へ行きましょう」だった。一体そこには何があるのだろう。進むという選択肢しかない「森」とはまさに人生そのもの。そこではこの先何が起こるのか分からず、自分がどう変わっていくかも分からない。恐怖もあるが、期待もある。こう考える二人の精神的境地は、性格も生活も全く異なるにも関わらず、〝シンクロ〟しているのだ。

 二人の〝シンクロ〟は他にもある。ルツが小学生から書いている「なんでも帳」。その時々の思いがつぶやかれている。例えば、初キスは「くちびる、たよりなし」。一方の留津も、40代で「雑多」というパソコンファイルに日々感じたことを断片的に書き始める。例えば、夫は「ケツの穴、小さし」。二人とも自分を「まぬけ」と書く一致も興味深い。〝書くこと〟は、はかなく消えてしまう時々の思いを刻みつけること。虚飾のない今の自分を客観的に見つめること。それは、人生の「森」を迷いつつも楽しみながら生きている二人にとって、一種の道しるべのような役割を果たしているのだ。

 そう、人生の道程は違っても、根っこの部分でやはり留津とルツはつながっている。読み終えたら、もう一度カバーを外した背表紙を見てほしい。中心から左右に分岐しているかのように見えたイラストは、異なる道を辿ってきた二頭の馬が最終的に同一の地点に到達しているようにも見える。二人の人生が収斂する場所にかかっている虹は、それぞれに人生の混沌をがむしゃらに生き抜いてきた留津とルツへの祝福であるかのようだ。

森へ行きましょう

森へ行きましょう