書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

池袋書評講座

『クララとお日さま』カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳

カズオ・イシグロのノーベル賞受賞後初の、6年ぶりの新作。『クララとお日さま』の語り手クララは、太陽光を栄養源とするB2型第四世代の女子AF(人工親友)。子供の最良のパートナーとなるために開発された高価なロボットだ。クララは「推定十四歳半」…

『ペインティッド・バード』イェジー・コジンスキ 著 西成彦 訳

1936年、ナチスドイツの侵攻がせまる東欧で、6歳の「ぼく」は「せめて子どもは無事に」と願った親によって、遠い田舎村へと疎開させられる。仲介者を経て魔女じみた老婆のもとへ預けられた「ぼく」だったが、わずか数ヶ月後、彼女は死んでしまう。オリ…

『さようならアルルカン/白い少女たち 氷室冴子初期作品集』

1976年創刊の集英社コバルト文庫は、少女向けエンターテインメント小説の老舗レーベルとして、これまで多くの作家やヒット作を世に送り出してきた。看板作家のひとりである氷室冴子は、1980年刊行の『クララ白書』で少女の口語一人称によるコメディ路線を開…

2020年に読んだ私的ベスト3

新型コロナウイルス感染症の流行に翻弄された、2020年のプロレス界と私。生観戦のできない緊急事態宣言期間中に、プロレスへの関心を保つ助けとなったのが、『玉袋筋太郎のプロレスラーと飲ろうぜ』(白夜書房)だった。 玉袋筋太郎のプロレスラーと飲ろうぜ…

『言語の七番目の機能』ローラン・ビネ著 高橋啓訳

てえへんだ、てえへんだご隠居さん。 まあ落ち着きなさいよ、八っつぁん。いったい何がそんなに大変なんだい。 この前ご隠居さんに教えてもらった面白れぇ本があったじゃないですか。え―っと「斬新な手法の歴史小説として驚愕と熱狂を巻き起こした-」。 お…

『白い病』カレル・チャペック著 阿部賢一 訳

世界で四千万人の命を奪ったスペイン風邪は、第一次世界大戦の終息に影響したとも、また第二次世界大戦の火種にもなったともされている。いま猛威を振るっている新型コロナウイルスは、世界を、社会を、どのように変えるのだろうか。 パンデミックが及ぼす影…

『突囲表演』残雪 著 近藤直子 訳

聞き手(以下「聞」):こんにちは。書評人生相談です。まずご年齢をお聞かせ下さい。相談者(以下「相」):私の年齢より、われらが五香街によそからやってきたX女史のそれについてお話しましょう。聞:X女史?相:全長5キロそこそこの街に、X女史は夫…

『忖度しません』斎藤美奈子著

「忖度しません」とあらためて言われるまでもなく、そりゃしないでしょ、してこなかったでしょ、と思ってしまうのが斎藤美奈子という書き手なのだ。森鴎外から辻仁成までを「望まない妊娠」というキーワードで斬ってみせた『妊娠小説』(筑摩書房)で単行本…

『アムラス』トーマス・ベルンハルト著 初見基・飯島雄太郎 訳

(嵐か鳥の羽ばたく音か重い扉の音。灯りに男1が浮かび上がる。同じ背格好の男2を背負っている) ヴァルター、聞こえるか?ヴァルター。〈わたしたち〉は幽閉された。この塔の闇の中に。さあ、此処に座って。(男2を座らせる)鎧戸を開けて見るがいい。どう…

「アベノマスク」になったガーゼにおすすめする3冊

あなたたちが誕生したとき、どんな形に裁断・縫製され、どんな用途で誰のもとで過ごすのか、どこかわくわくしながらまだ見ぬ未来に思いを馳せていたのでしょうか。あまく撚った糸を粗めに平織りし、ふんわりと仕上げられ、誰かの傷を覆ったりデリケートな肌…

『十二月の十日』ジョージ・ソーンダーズ著 岸本佐知子訳

司会:本日のディベートの論題は「人間の本性は善か悪か」。世の東西を問わず、誰も明確な答えが出せずにいる永遠のテーマですね。今回のルールとして議論を展開する際には、ソーンダーズの10篇の短編を収めた『十二月の十日』をテキストとして根拠を示す…

『息吹』テッド・チャン著/大森 望 訳

わたくし読楽亭評之輔(どくらくていひょうのすけ)と申します。どうぞお見知りおきを願います。 え~、ありがたいことにわたくしもお客様から「待ってました」なんてお声をいただくことがあるんですが、いやいや「待ってました」たぁ、こういうことだ!って…

『黄金列車』佐藤亜紀著

巷で〝公務員″といえば、官僚主義・縦割り・非効率等々のネガティブワードとがっちりスクラムを組んでいるのが常である。いや、待たれよ!肩を落とすのはまだ早い。緻密なプロットと圧倒的な筆力で知られる佐藤亜紀が、史実を基にして戦時下の官僚たちの奮闘…

【作家紹介シリーズ】山口晃

「天は二物を与えず」なんぞといいますが、いえいえ、二物を与えられた人というのはやっぱりいるもので、画家の山口晃氏もそのひとりと言えましょう。 大和絵を思わせる伝統的な手法で人や建築物を緻密に描き、同じカンヴァスにお侍とサラリーマンが縦横無尽…

『モンスーン』ピョン・ヘヨン著/姜 信子 訳

日本で言えば芥川賞に当たる、李箱(イサン)文学賞など数々の文学賞に輝き、韓国若手作家の旗手のひとりであるピョン・ヘヨンが、日常の中に秘かに仕掛けられた曖昧な分岐点を越えてしまった人々を描いた9篇。邦訳3作目となる短編集だ。 表題作の「モンス…

【作家紹介シリーズ】朝倉かすみ

それでは、乾杯の発声を仰せつかりましたので、ひと言ご挨拶申しあげます。 今を去ること12年前。エッセー集『ぜんぜんたいへんじゃないです。』で〈年女だ。次に干支がひと回りしたら、還暦というところまできた〉と書いておられた朝倉かすみさん。この度は…

『完訳 ロビンソン・クルーソー』ダニエル・デフォー著・増田義郎訳

子供の頃、わくわくして読んだ『ロビンソン漂流記』。今回、はじめて抄訳ではなく「完訳」を通読してみて、印象がだいぶ変わったので、意外だったところを中心に紹介したい。1.ロビンソン社長、カネと奴隷に執着 遭難するまでに70ページくらいかかる。その…

『ハバナ零年』を読んだ人にお薦めしたい3冊

キューバ出身の新鋭作家カルラ・スアレスの『ハバナ零年』。この洒脱な小説を読んでキューバをもっと知りたいと思ったら、越川芳明の『あっけらかんの国 キューバ』(猿江商會)がいい。著者は明治大学副学長の現代アメリカ文学者で、スティーヴ・エリクソン…

『小説伊勢物語 業平』高樹のぶ子著

初読のオレ:ようやく『伊勢物語』がどういう話なのかわかった。再読のオレ:これまで受験勉強的にというか、断片的にしか知らなかったもんな。初読:和歌に短い状況説明がついてる「歌物語」形式で、平安期の有名歌人・在原業平が出てきてってくらいしか。1…

【作家紹介シリーズ】内澤旬子

以前から作品を読んできた内澤旬子さんのことが気になってしかたない。それというのも最新作を読んでしまったからだ。 2007年の出世作『世界屠畜紀行』は、世界中の屠畜の現場を訪れてまとめた、自作イラスト入りの詳細なルポルタージュだった。モンゴル…

『ピエタとトランジ 〈完全版〉』藤野可織著

〈私は小説家じゃない。これは小説じゃない。記録だ〉という語り手の独白から、この「小説」は始まる。なぜ、こうした枠組みが必要なのか? この小説世界が現実世界そのままを下敷きにした世界観のもとにはないということを、逆説的に宣言するためだ。 語り…

『失われたいくつかの物の目録』ユーディット・シャランスキー著・細井直子訳

1980年旧東ドイツ生まれの作家・ブックデザイナー、ユーディット・シャランスキーによる2018年刊行の本作は、ドイツを始め各国で数々の文学賞に輝いた。 今はもう存在しない物について、統一した構成の12篇が並ぶ。まずテーマについて調べこまれた…

夏休みにお薦めしたい1冊『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』

旅行に行くのはお金がかかるし面倒、でも家でじっとしているのもつまらないという人におススメしたい夏休みのお出かけスポットが、芸能事務所や制作会社主催のお笑いライブだ。新宿・渋谷・下北沢を中心とした劇場・ライブハウスで毎日のように行われていて…

梨木香歩『椿宿の辺りに 』

書いた人:横倉浩一 2019年7月書評王 都内私立男子校の国語教師。徳之島の闘牛を愛し、毎年GWにかの地を訪れることを恒例としている。バツイチ独身、からの最近再婚。 この春、私の尻にメスが入った。命に関わる宿痾ではない。しかしあれは予期せぬタイミン…

【作家紹介シリーズ】少年アヤ

日記文学、というジャンルがある。平安版・夢見るオタク少女の回想記である『更級日記』、何気ない出来事を独特の観察眼で綴った武田百合子の『富士日記』など、日々の記録から生活を覗き見しつつ追体験できるような親近感と、そこから浮かびあがる社会の空…

【作家紹介シリーズ】門井慶喜

書いた人:関根弥生 2019年5月書評王初の書評王に興奮覚めやらぬ翌週、『夢の日本の洋館』発刊記念のトークイベントに行ってきました。直に聴く門井さんの〈建築ウンチク〉は、まさに圧巻。至福のひと時でした。 ぼくらの近代建築デラックス! (文春文庫) 作…

田中小実昌『新編 かぶりつき人生 』

書いた人:白石秀太 2019年2月書評王目下フランク・ミラー作『シン・シティ』にドはまりしています。大大大傑作コミックです。 さぁさぁお立合い。御用とお急ぎでなかったら、ゆっくりと聞いておいで見ておいで。あと一年で当ミレニアムも二十年となるわけだ…

「ビッグ・クエスチョン」に魅せられたい人に薦める3冊

書いた人:山口裕之 2019年4月書評王朝、ちょっと早く出て、出勤前にあちこちの立ち食いそばを食べてます。人形町「福そば」で食べた春菊天玉480円が絶品でした。 車イスの天才・ホーキング博士(※1)は、2018年3月に76歳で亡くなった。アインシュタイン以…

【作家紹介シリーズ】今こそ読み返したい永沢光雄

書いた人:林亮子 2019年3月トヨザキ社長賞法律関連出版社勤務。永沢光雄ファン歴20年。折に触れては何度も読み返しています。『AV女優』は第2弾の『AV女優2――おんなのこ』もおすすめです。Kindle版もあります。 永沢光雄さんへ。2006年11月1日、酒の飲み過…

村田喜代子『エリザベスの友達』書評

書いた人:関根弥生 2019年2月社長賞2018年11月から書評講座を受講しています。→Pia-no-jaC←ファン。公務員。 村田喜代子は老女を描くのがうまい。『蟹女』や『望潮』などうっすらと漂う狂気に戦慄させられる作品も多いが、『エリザベスの友達』は少し趣が…