書評王の島

トヨザキ社長こと豊﨑由美さんが池袋コミュニティカレッジで開講している「書評の愉悦ブックレビュー」。そこで書評王に選ばれた書評を紹介するブログです。

【作家紹介シリーズ】今こそ読み返したい永沢光雄

書いた人:林亮子 2019年3月トヨザキ社長賞
法律関連出版社勤務。永沢光雄ファン歴20年。折に触れては何度も読み返しています。『AV女優』は第2弾の『AV女優2――おんなのこ』もおすすめです。Kindle版もあります。

 

 永沢光雄さんへ。2006年11月1日、酒の飲み過ぎによる肝機能障害で、47歳という若さで貴方がこの世を去ってから、早いものでもう干支が一回りしてしまいました。巷に溢れる「平成を振り返る」的特集を見て私は、(90年代~00年代を駆け抜けた名ライター・永沢光雄に言及せずして何が“平成を振り返る”だ!)と、思うんです。

AV女優 (文春文庫)

AV女優 (文春文庫)

 

  私が永沢さんの著者を初めて手に取ったのは、90年代後半、高校生の時。大人への漠然とした反抗心を持ちつつも、一方で、大人の世界をちょっと覗いてみたいという矛盾した思いを抱えながら日々を過ごしていた折、本屋で目に入ったのが、雑誌連載のインタビュー記事をまとめた『AV女優』(文春文庫)でした。風俗誌の連載でありながら、決して扇情的でなく、一人ひとりの人生を丁寧に紡いでいく語り口。当時30代だった永沢さんよりもずっと若い女優たちに敬意を払いつつ、相手の魅力を引き出していることが伝わる文章。まるで私小説かのような文体、構成にあっという間に引き込まれていきました。思えば、物事に対する先入観を一度捨てて、フラットな状態で接してみるという姿勢を永沢さんの『AV女優』で教えられた気がします。

強くて淋しい男たち (ちくま文庫)

強くて淋しい男たち (ちくま文庫)

 

  また、第一線で活躍するスポーツ選手たちへのインタビュー集『強くて淋しい男たち』(ちくま文庫)の「長嶋茂雄」の項で、私は後世に残すべき名コラムに出会いました。永沢さんは、長嶋茂雄本人にインタビューすることなく、それどころか、元・全国全共闘連合副議長の秋田明大という、ぜんっぜん関係ない人物を追いかけインタビュー相手とすることで、長嶋茂雄という人物を炙り出す離れ業をやってのけたのだから。こうしてコラム記事の書き方一つを見ても、永沢さんがさまざまな表現方法に挑戦しようとしていたことが分かります。それもそのはず、貴方は子どもの頃から小説家を目指していた。『AV女優』を始めとする数々のルポルタージュで一定の評価を得た後、永沢さんは『すべて世は事もなし』(ちくま書房)、『恋って苦しいんだよね』(リトルモア)等の短編集で小説家としてもデビューします。新宿二丁目の近くに居を構えていた永沢さんが描く、私小説とも読める掌編たちは、いろんな境遇にいる人間の愛すべき“ダメさ”をユーモラスかつ丁寧に描いていて、読んでいると「人間って、これでいいんだよな」と、なんだか全て許せそうな気がしてくるのです。永沢さんは自分の“ダメさ”も絶妙な匙加減で登場させているから読むほうも信頼できるし、物語に温かみを感じられる。それは、亡くなる4年前の2002年に下咽頭ガンに侵され、声帯を除去したときの闘病生活を綴った『声をなくして』(文春文庫)でも変わることはありませんでした。インタビュアーとして命ともいうべき声を失って以後のすさまじい闘病生活を描きながらも、なぜか笑えてしまう。しかも古今東西さまざまな作家たちの小説がちょこちょこ顔を出し、小説好きにとって楽しい読み物にまでなっている。あくまで“読者を楽しませる”という姿勢を崩さないのです。

 

すべて世は事もなし

すべて世は事もなし

 

 

声をなくして (文春文庫)

声をなくして (文春文庫)

 

  永沢さんはずっと自分のことを「女にモテず、アル中で、酒を飲みながらでしかインタビューも執筆もできない風俗ライター」と描くけれど、それはあくまで表面上のもの。永沢さんの粋で軽やかでユーモアに溢れた文章を支えているのは、それまでに積み上げられた膨大な読書量と、文学及びそれを読む人に対する誠実さなんですよね。澁澤龍彦からジュンパ・ラヒリまで、世界の名だたる作家を、私は永沢さんの風俗ルポで知ったんですよ。
 ああ、つくづく永沢さんのようにフェアで優しいまなざしを持ち、粋な文章を書く人に、次世代に活躍する人々のインタビュー記事を書いてほしい。だから、永沢さんの作品を広めることで、その文章を書くことへの姿勢を後世の人間に伝えなければならないと、私は真面目に考えているのです。