書評王の島

トヨザキ社長こと豊﨑由美さんが池袋コミュニティカレッジで開講している「書評の愉悦ブックレビュー」。そこで書評王に選ばれた書評を紹介するブログです。

トンマーゾ・ランドルフィ『カフカの父親』書評

カフカの父親 (白水Uブックス)

 

書いた人:藤井勉 2018年12月ゲスト賞
共著『村上春樹の100曲』(立東舎)が発売中です。
http://rittorsha.jp/items/17317417.html


 短篇集『カフカの父親』を読んだあなたはきっと、いつもと違う年末年始を迎える。帰省して実家で過ごすあなたは思い出す。本書の冒頭を飾る、「マリーア・ジュゼッパ」の語り手〈わたし〉のことを。〈わたし〉は語る。〈わたし〉が夏だけ帰る故郷の屋敷、そこに住んでいた女中マリーア・ジュゼッパのことを。〈わたし〉は家に帰る度、マリーアを蔑み、罵り、叩いた。好きな子にちょっかいを出していたようにも見えるし、ただ憎んでいたようにも見える。真意ははっきりとしない、というか本人も未だによくわかっていない。〈わたし〉が語るマリーアは従順な女性かと思えば神経質で手に余る存在にもなり、語れば語る程その実像はぼやけていく。
 1908年イタリア生まれの作者トンマーゾ・ランドルフィは、2歳で母を失う。解説によると、子供の頃は美術コレクターの父に連れられ旅をしているか、親戚の家に預けられることが多く、各地を転々としていたという。そんな作者のなじみの薄い故郷と母親に対する複雑な感情が、「マリーア・ジュゼッパ」には投影されているに違いない。久々に両親と会ってまだ距離感を掴めずにいるあなたは、〈わたし〉のことを近しい存在と感じていた。
 長旅に疲れ、床に就くあなた。すると、「ゴキブリの海」のグロテスクな世界が夢に現れる。ゴキブリの海を目指して進む船の船長は、思いを寄せる女性ルクレツィアを無理やり乗船させ、我が物にしようとしていた。だが、船内に潜入していた彼女の恋人、しかも人間ではなくうじ虫が行く手を阻む。うじ虫は船長に、どちらがルクレツィアの恋人にふさわしいか対決しようともちかける。何で雌雄を決するかといえば、性のテクニックだ。彼女に快感を、愛を与えられた者が勝者となる。うじ虫が人間の女性と、どのように絡むというのか?〈目蓋をやさしくなぶっているようだった。(略)うじ虫はまつげのつけ根を這い始め、それから目蓋をこじ開けて、目蓋と目の間にもぐりこまんばかりに強く押し戻した。娘の快感は持続し、高まった〉。ここで目覚めたあなたは悶々として再び眠れず、早く除夜の鐘を叩いて煩悩を消したいと願う。
 大晦日、大掃除で物置を片付ける寝不足のあなた。「剣」の主人公レナートが自宅の屋根裏で先祖伝来の名剣を見つけたように、掘り出し物が出てこないかと期待する。その後に、見つけたとして不安要素があることに気付く。レナートは丸太をも簡単に裂く剣の切れ味に驚き、いい使い道はないかと考える。だが〈極めて繊細かつ無上の怠け者〉である彼には、何も思い浮かばない。次第に剣の存在が重荷となり、レナートの精神を蝕んでいく。自分は家宝を受け継ぐにふさわしい人間なのか。あなたは物置で考え込み、掃除をサボるなと父親にいい年をして叱られてしまう。
 夜はもちろん、NHK紅白歌合戦を見る。歌声を科学的に分析した体のホラ話「『通俗歌唱法教本』より」によると、著名な低音歌手の「ド」は1万4千キログラムにもなるらしい。あなた調べで北島三郎の声の重さは最高1万キログラム、氷川きよしが8千5百キログラム。年季の違いが声の重さにも表れている。
 元旦は、親戚が実家に集まる。話題となるのは大抵、その場にいない親族やご近所さんの噂だ。「ゴーゴリの妻」で自称友人が披露する、ロシアの文豪・ゴーゴリの妻は実は人形だったというゴシップ。これをインパクトで上回る噂話は出てこなかった。
 冬休みも終わりが近づき、実家を発つあなた。見送る年老いた両親の顔を見て、あなたは思う。「カフカの父親」みたいに、胴体が親の頭で出来ている蜘蛛が部屋に現れたら、どうしてくれようかと。嫌いな上司なら躊躇なく叩き潰すし、好きな人の頭なら虫かごに入れて愛でるのだけどと妄想している内に、仕事始めを迎える。それどころか、妄想したまま次の年末年始を迎えているかもしれない。

 

カフカの父親 (白水Uブックス)

カフカの父親 (白水Uブックス)