書評王の島

トヨザキ社長こと豊﨑由美さんが池袋コミュニティカレッジで開講している「書評の愉悦ブックレビュー」。そこで書評王に選ばれた書評を紹介するブログです。

町屋良平『しき』書評

しき

書いた人:小林紗千子 2018年9月書評王
船橋で司書をしています。電子書籍リーダーがほしい。


 
 町屋良平の描く若者たちは、それぞれに感じやすくざわめく心と身体を持て余している。2016年に文藝賞を受賞したデビュー作『青が破れる』ではボクシング、今作ではダンスが持て余した何かを発散させるすべとなるのだが、彼らは決して強いボクサーでもなければ才能豊かなダンサーでもない。そこが良い。『しき』は平凡な若者のきらめきを描いた、好感度高めの青春小説だ。
 主人公は<かれ>こと、クラスでは<ヒエラルキーの内側にすら入れない>存在の星崎。反抗期真っ只中の弟と母親の口論に悩まされ、毎夜公園で“テトロドトキサイザ2号踊ってみた”という動画を見てダンスの練習をしている。踊っているとき、踊りのことを考えているとき、かれは無敵だ。本気で<画面に映っている動画の、粒子よりこまかく、すべらかな動きを、ものにしたい>のだ。ちなみにこの動画は実在のもので、見ると想像以上にレベルの高いダンスとキレのあるダンサーたちの動きに目を奪われる。地味キャラ星崎、本当に踊れるのか?
 <実際に練習しているときより、あたまのなかで踊っているときのほうが、なんとなくうまくおどれているきがする>という星崎は、ダンスする時の身体感覚を自分の中で消化できず、衝動のまま踊っている。同じクラスで、女子のノリに馴染めないグループにいる樋口凛への淡い恋心は、自分の中で言語化できていない。言葉と身体、感情の結びつきがスムーズにいかない思春期の心情がそのままに、視点に揺らぎのあるユニークな三人称で語られていく。必要以上にひらがなを多用した抜け感のある文体に紛れて、彼らの言葉はときおり鋭く真実を突いてくる。
 学校では同じ中学出身の坂田、徳島から転校してきた草野と共にお昼を過ごす星崎だが、ダンスへの熱い思いは幼なじみにしか話さない。このワケありな幼なじみ、つくもの存在がいい。河原で暮らし、もちろん学校には行ってない彼は世間から見たらはみ出しものだが、そこらへんを星崎は深く追求しない。学校でも家庭でもない外部の人間関係だが、星崎を決定的に成長させるのは、つくもである。彼に子供ができた、という告白をきっかけに、へなちょこだけど本気の殴り合いをして絶交する二人。踊りに集中できなくなるほど思い悩んで、はじめて星崎は<いまのこの感情、感覚、わからなさこそをことばにしたい。表現したい>という強い意志を持つ。
 春には衝動のみで踊っていた<かれ>が、冬になる頃には自らの考えで動き、踊る。そしてまた春が巡ってくる頃、一年前とは違う景色が広がっている。伸び盛りな彼らの「しき」は、大人の目から見ると眩しくて懐かしい。
 作中には親の離婚や友達の鬱など、ままならない現実も多々出てくる。だが星崎を中心とした登場人物の、高二らしいどこか呑気な軽さによって、作品全体を取り巻く空気は明るい。悩みながらも、わからないことはわからない、と書けるような潔さがこの小説にはあるのだ。阿波踊りの名手である地元の友人、杉尾に憧れていた草野と踊ることになり、一人から二人へと踊りの同調が広がっていく経緯も青春小説らしい爽やかさに満ちている。そして一見ドライに見える若者たちの、行間に隠された素直な熱さが滲み出るようなラストも心地よい。
 『青が破れる』では三島賞候補、今作『しき』は芥川賞候補作となったことでも知られる町屋良平。かつて文藝賞受賞時のインタビューで「どういう文章をつかって物語をつくると一番小説として生きてくるのか」を考えている、と語っていたように、彼の描く物語は文体や語り口がバラエティに富んでいる。しかし作品の根底に共通する、特別な何かを持たない人々を適切な温度感で肯定する姿勢に救われる人は多いはずだ。世代を問わず全力でおすすめできる、今後も要注目の作家である。

しき

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