書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

ソフィア・サマター『図書館島』書評

図書館島 (海外文学セレクション)

書いた人:鈴木隆詩  2018年3月度書評王
フリーライター。アニメや漫画がメインです。以下、最近の仕事。
https://bkmr.booklive.jp/complete-comic-in-1volume
https://akiba-souken.com/article/32832/

 

 幽霊と旅をする物語だ。

 舞台は架空の世界。オロンドリア帝国という広大な国があり、南の大海には七島からなる紅茶諸島が浮かんでいる。二十二歳の青年ジェヴィックはその一つ、ティニマヴェト島の生まれ。胡椒農園を営む父が死に、新たな家長としてオロンドリアの港町ベインに交易に出かける船の中で、ジサヴェトという名の少女と出会う。
 彼女はキトナという不治の病を患っていて余命幾ばくもなかったが、明るく知性に富み、奔放な言動が魅力的だった。

 しかし、次にベインでジェヴィックがジサヴェトと出会った時、彼女は“幽霊”になっていた。〈彼女はここで、オロンドリアで、北方で亡くなったに違いない。その後、紅茶諸島の慣習に反して、火葬されぬまま土に埋められた。“腐った死者”の一人となったのだ。彼女はそうした死者のだれもが望むことを望んでいるのだろう。焼かれること、解放されることを〉。
 ジェヴィックは、女神アヴァレイを崇拝するアヴァレイ教団の助けを得て、ジサヴェトの亡骸を探す、長い旅に出る。

 本作はソフィア・サマターのデビュー作。アメリカでの出版は二〇一三年で、執筆に二年、手直しに十年かかったという。一読すればその理由は瞭然。紅茶諸島とオロンドリアの地理、歴史、統治機構、宗教、文化が見事に構築されているからだ。特に言語、文学へのこだわりは相当で、紅茶諸島で使われるキデティ語と大陸のオロンドリア語に関しては、訳者が巻末に小辞典を付けているほど。
 作中には数々の架空の書物からの引用が頻出し、世界創世の神話や吟遊詩人が歌う叙事詩(二段組で五ページに及ぶ)など、様々な物語が登場人物によって語られる。

 幽霊についても、本作ならではの定義付けがされている。キデティ語では“ジェプトウ”。その意味は〈荒ぶる魂、幽霊、幽霊の国ジェプナトウ=ヘットの住人〉。しかし、〈オロンドリア語に“幽霊”に当たる単語は存在しない。“天使”を意味するネアという言葉があるだけ〉だ。
 オロンドリアの年鑑兼百科事典『明りを灯す者の手引き』によれば、天使とは幻覚。〈かつては死者の魂と信じられ〉ていたが、現在では〈バランスを欠いた精神の産物にすぎない〉とそれを否定。天使信仰は〈犯罪として登録〉されているという。

 これはアヴァレイ教団に代わって、テルカン(国王の意)の庇護を受けるようになった、新たな教団の教えによるもの。アヴァレイ教団にとっての“天使”は生者に希望を与える存在で、天使と交霊する力を持つ者は尊敬の対象だった。この新旧二つの教団の対立は、ジェヴィックの旅の全行程に大きな影響を及ぼし、『図書館島』というタイトルを象徴する最終章まで繋がっていく。宗教闘争によって損なわれるヴァロン(書物の意)を守るというのは、本作の大きなテーマだ。

 そして、書物は名もなき個人の想いを後世に残すものでもある。
「あたしにヴァロンを書いて。あたしの声をその中に入れて。あたしを生かして」というのが、ジサヴェトのもう一つの願い。ジェヴィックは、ある条件と引き換えにその役目を引き受けるのだった。

 最初は幽霊のジサヴェトを怖れ、精神的に追い詰められたジェヴィック。しかし何度も交霊するうちに、彼女の存在は文字通り(私達の世界のニュアンス通り)、天使へと変わっていく。もともとその知性と奔放さは大いなる魅力だったのだ。生い立ちを話して聞かせるジサヴェトの語りは詩的で美しく、貧しい暮らしの中でも輝きがあったことや、キトナに冒された後の家族や友人とのやり取りの切なさが、ジェヴィックの手で綴られていく。魂の触れ合いの深さ。二人の平穏。

 〈わたしは天使を理解していた──すぐそばで聞こえる、不安定で切羽詰まった、夜を呼吸する声を通じて〉。〈天使はわたしにささやきかけ、両腕をわたしの肩にもたせかけ、頬をわたしの頬に寄せた〉。本作は天使と恋をする物語だ。

図書館島 (海外文学セレクション)

図書館島 (海外文学セレクション)