書評王の島

トヨザキ社長こと豊﨑由美さんが池袋コミュニティカレッジで開講している「書評の愉悦ブックレビュー」。そこで書評王に選ばれた書評を紹介するブログです。

柞刈湯葉『横浜駅SF』書評

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

書いた人:たの 2017年12月度ゲスト賞
ジャム作りが趣味で講座ではジャムおじさんとして過ごしています。最近はボードゲームにはまって、ボドゲおじさんです。

 


 設定勝ちだ。
 本著のぶっとんだ設定に思わずニヤりとしてしまうに違いない。横浜駅は永遠に自己増殖を続ける巨大な構造物で、本州のほとんどがほぼ横浜駅に覆い尽くされている世界。大正4年から横浜駅の工事が途切れていない事に着想を得て、横浜駅は常に工事を続け成長していく存在として描かれる。傷を受ければある程度は自分で再生するし、外界から色々な物を取り込みもするし、物資を生産したりもする。
 この世界で生活する大多数の人々は横浜駅構内で生活していた。でも駅内に入れない人達もいて、その人達は横浜駅の浸食から逃れたわずかな土地で暮らしている。本作の主人公である三島ヒロトも駅外の一人だ。ヒロト達が生活する村に、横浜駅から追放された東山という男が現れる。東山は外の生活に慣れずに衰弱し、死の間際、ヒロトに自分たちの組織のリーダーを救い出して欲しいと頼んだ。横浜駅内に興味があったヒロトは、5日間限定で未知の横浜駅構内に侵入するのだった。
 JRで使われている用語を小説に落とし込むのが見事でつい笑ってしまう。例えば横浜駅構内は<エキナカ>と呼ばれ、体内にSuikaという認証端末を埋め込まないと中に入ることが出来ない。エキナカ内で使われるネットワーク<スイカネット>の位置情報を偽装するシステムは<ICoCar>。東山がヒロトに託した5日間限定で横浜駅に入れる箱状の端末は<18きっぷ>だし、組織の名前は横浜駅から人類の解放を目指す<キセル同盟>。読みながら思わずツッコミを入れずにはいられない。
 名付けの楽しさに加えて、自己増殖する横浜駅の世界観についての作り込みも面白い。<エキナカ>にエレベーターが突然生えたり、横浜駅の勢力が薄いところでは青空が望めたりする。横浜駅は水が苦手で海峡を越えらなかったりするので、北海道と九州は横浜駅の侵攻をまさしく水際で食い止めている。九州を防衛するJR九州は、どんな物体も弾丸としてしまう<電子ポンプ銃>で戦闘能力に長け、北海道を守護するJR北日本は幼い工作員アンドロイドを使って横浜駅の情報を集める。それぞれが独自のやり方で横浜駅と永遠にも思える戦いを続けていた。彼らと遭遇したり、横浜駅内の独自文化に振り回されながら、ヒロトは少しずつ大きな目的に向かって近づいていく。
 Suika不正使用者を取り締まる自動改札に対して、<しうまいパンチ! しうまいパンチ!>と子供に殴らせてみせたり、いつまでも工事の終わらない横浜駅をディスりながら、それをユーモアに仕上げている。ディストピアというよりもディスとユーモアに溢れた小説なのだ。

 

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

横浜駅SF (カドカワBOOKS)