書評王の島

トヨザキ社長こと豊崎由美さんが講師をつとめる書評講座で、書評王に選ばれた原稿を紹介するブログです。

テジュ・コール『オープン・シティ』小磯洋光訳

 

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)

書いた人:長瀬海(ながせ・かい)2017年9月書評王
ライター・書評家(これまでの仕事リスト → http://nagasekai.tumblr.com)。
ツイッターID: @LongSea 
メールアドレス:nagase0902アットマークgmail.com

 

 ナイジェリア系アメリカ移民作家テジュ・コールの『オープン・シティ』を読んでいて、ふと、思い出したのは近代日本の小説家・永井荷風だ。荷風は街を歩くのが好きだった。明治の東京に散見される江戸の残り香を嗅ぎながら、ひたすら歩き続けるのを趣味とした。

〈市街の美観は散々に破壊されてゐた東京中で、河を渡つて行く彼の場末の一角ばかりは、到る処の、淋しい悲しい裏町の眺望の中に、衰残と零落の、云尽くし得ぬ純粋、一致、調和の美が味はれた。〉

 これは荷風の短編「深川の唄」の一節だ。荷風は、歩くことで、じぶんの想念に入り込む。〈寂しい悲しい裏町の眺望の中〉に没入することで、いわば、想念の散歩に耽るのだ。

『オープン・シティ』の語り手〈私〉もまた、ニューヨークの市街を歩き回りながら、それがやがて想念の散歩へと移ろいで行く。〈黄昏の散歩は私の欲求を満たしてくれた。決め事が多く精神を締めつける職場から解き放ってくれた。(中略)嬉しいことに街は仕事と正反対だった。何かを決めるということ(中略)はさほど重要ではなく、自由の感覚を思い出させてくれたのだ。〉精神科で働く語り手は五感を研ぎ澄ませながら、ニューヨークじゅうのブロックを歩く。目にした光景が一つの思念を生み、それがまた新しい想念につながる。読者は〈私〉のそんな〈自由な感覚〉に翻弄されながらも、それも悪くないな、と思いつつページを繰る。例えば、地下鉄の駅のホームへと人々が駆け下りていくのを目にする場面。そこで〈私〉は次のように想う。

〈全人類が本能に逆行して死へと突き動かされ、移動式の地下墓地に突進している気がした。地上で私は、それぞれの孤独のうちに暮らす数えきれない他者と生きている。一方、地下鉄の車内では見知らぬ人間と密着しながら居場所と息をする空間を求め、人を押しやり、人に押しやられている。そこでは誰もが、気付いていないトラウマを再現し、孤独を深めているのだ。〉

 地下鉄に吸い込まれる人の群れが死と連関して想起される。〈移動式の地下墓地〉はそこに埋没されるサラリーマン、学生、ホームレスといった〈孤独のうちに暮らす数えきれない〉人々の〈孤独を深めている〉要塞なのだ。

 〈孤独〉というのは、本書のなかの最頻出ワードの一つだ。それは、〈私〉じしんが、深い〈孤独〉を抱え込んだ人間の一人であることに起因しているのだろう。ナイジェリアから移住してきた語り手は、父を失い、母と別れ、無意識の裡に祖母を探している。想念の散歩は、自己の歴史を掘り下げ、それは世界史的な虐殺の史実、戦争の記憶へとつながっていく。こうした暴力的な過去が、現在に呼び起こされると、〈私〉の孤立した生はより一層深まって読者の前に現れる。

 しかし、〈私〉が独りぼっちかというと決してそういうわけではない。大学時代の恩師、かつて恋人だった女性、広いニューヨークで偶然再会した旧友の姉。〈私〉の想念の散歩は、彼女・彼らの思い出と絡まりあい、物語を複層的に奏でていく。ナイジェリアからの移民として、マイノリティの立場に立つ語り手が紡ぐストーリーは、そうやって融和する過去と現実の中で、加害者の世界と被害者の世界が次々と表象されていくのだ。特に、20章で、とある人物が閉ざされた思い出の蓋を開ける時、読者は驚かずにはいられないのである。

 日本の近代における戯作小説家であり遊歩者でもあった永井荷風も、思えばまた、孤独の夢想者だった。それゆえに荷風は、例えば代表作『あめりか物語』の中で、渡米先のニューヨークを歩き回り、想念の散歩を繰り広げたのだった。テジュ・コールの物語には、似たような趣きがある。かつて悲劇的な経験をした街——本書ではそれはグラウンドゼロの跡ととして現れる——で深呼吸した瞬間に感じる、空気の重さが、そのまま物語の重さになること。それは孤独で自由な夢想者のなせる技なのだ。

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)

オープン・シティ (新潮クレスト・ブックス)